第15話 ババアは荒野を行く!


「伝承の通りだとすれば、間違いない。あれが巨竜星か」


 アタシの報告を受けたグリセールは遠くの星空を見上げる。

 満天の星空の北の一部分だけ、翼を広げた竜の形にぽっかりと黒く闇に染まっていた。

 そして、ここから北の山奥には火の手があがり闇夜を赤く照らしている。


「チセも見覚えはないか?」

「すみません、私は150年程しか生きていないので実物は見たことは無いのです。でも、母から聞いたことはあります」


 チセも寝起きで夜風に震えながら不安そうに北の山火事を見つめている。


「ここからだと早くて2日……いや、3日はかかるな。まずは王都に連絡する」


 グリセールは荷物から手のひらほどの水晶玉を取り出す。


「フリッツ! 聞こえるか!」


 グリセールが念じると水晶玉は青白く光り、空中に黄金鎧の大男の幻影が浮かび上がる。


「おお、グリセール! 報告は既に受けているよ! ……巨竜星だね?」

「そうだ。早速ヤツは魔竜妃を生み落したようだ」

「何!? でかしたぞグリセール! 場所は!?」

「ここから北へ馬車で2日ほど。我々は歩きで3日はかかる」

「君の任地は王都から南のジャンクヤードだったか……ふむ。我々は王都から馬で行く。現地で合流しよう! おそらく君たちの方が早いがね!」

「分かった。他の隊員には王都から知らせてくれ。こちらはすぐに出る」

「いや、夜の荒野は危険だ。そちらにはバイルやジルエットもいるだろう。夜が明けてから近くの町で馬を借りてくれ。その方が早い」

「承知した」

「いいかい、グリセール! くれぐれも慎重に頼むよ! 我々が到着するまで見張っておいてくれ! いいね?」

「……いいだろう。だが、危険だと判断したらその時には手を打つ」

「フム……それじゃあ急がないといけないね! 私の分も残しておいてくれよ、グリセール!」


 映像はそこで途切れる。

 その映像を後ろから見ていたけれど、騎士団長のフリッツは随分と興奮していたみたいだねぇ。

 声が上ずって、随分と早口だった。

 なにか焦る理由があるのかねぇ。

 やっぱり、あの歓迎会で見たフリッツの腕と目……魔竜妃と関係がありそうだね。

 こいつはなんだかキナ臭くなってきたよ。


 グリセールは通信を終えると身支度を整え始めた。


「お前たちは明日に備えて寝ていろ。明日は1日中馬で走るぞ」

「……了解」


 グリセールは興奮冷めやらぬ様子だったのでアタシたちは素直にそれに従ったよ。


 そして翌朝。

 日が昇る前にグリセールに叩き起こされ、近くの宿で馬を借りた。

 アタシとジルエット、グリセールとチセでそれぞれ一頭の馬に乗り、さっそく荒野を再び駆ける。

 その間もグリセールは多くは話さず、ずっと眉間にしわを寄せていた。


「グリセール、随分慌てているようだけど大丈夫かい?」


 慣れない馬を駆りながらグリセールと並走して訊ねてみる。

 グリセールは到着までの間がもたないと思ったのか、重かった口を開いた。


「王都の者たちが着く前に、私が魔竜妃を討ちたい。それだけだ」

「それだけって、何だか事情があるみたいだけど聞かせてくれないかい?」

「……ヤツは私の左目と家族を奪った。倒さねばならない理由はそれだけで充分だろう?」

「でも、落ちてきたヤツはアンタを襲ったヤツとは別物だろう?」

「そうだとも。私の仇はお前に倒されてしまったからな」

「そりゃまぁ、成り行きでね」

「別の個体であっても、そいつが成長すればまた魔竜子を産み町を襲うだろう。そうなる前に討つべきだ」

「なるほどね。それじゃあ八つ当たりとも言えない立派な理由だね」

「お前はどうなんだ、バイル。見過ごせばいずれお前の故郷を襲うかもしれない危険なモンスターを放っておくか?」

「そりゃ、見過ごせないねえ」

「ならば個人の事情はどうあれ、危険が及ぶ前に倒すことに異存はないな?」

「そうだね、悪かったよ」

「フン……」


 それからアタシも話すことがなくなって、ジルエットを背中にしがみ付かせながら馬を駆ることに集中する。

 グリセールが飛ばしすぎるせいで追いつくのがやっとだったよ。


 ***


 アタシたちの馬は夜明け前から出ていた事もあって、日が傾き始める頃には北の山林のふもとまでたどり着いた。

 魔竜妃が落ちた場所に近づくにつれ、モンスターたちが多く見られるようになった。


「……前の魔竜妃の子の生き残りがこんなにいるとはねぇ」

「奴ら、新しい魔竜妃に集まってきているようだな。また魔竜妃を食うつもりか?」


 山道も無い林に入って進みづらくなり、途中で馬を降りる。

 馬はジルエットとチセに任せて、アタシとグリセールでモンスターを倒しながら進んでいく。

 木々の隙間から見上げた夕焼け空には無数のモンスターがある方向に向かって一斉に飛んでいた。


「山火事の臭い……バイル、近いぞ!」

「あいよっ!」


 燃え広がる草木の炎をグリセールが剣圧で吹き飛ばし、アタシたちは山林を抜ける。

 黒い炭がところどころに立ち並ぶ焼け野原が目の前に広がった。

 その中心には、大きくえぐれた大地が長く伸びている。


「まるで隕石だな。空から落ちてきたのか……」


 長く伸びたくぼみの先には、黒く焼け焦げた球状の塊が半分ほど埋まっていた。

 空を飛ぶモンスターたちはそのまだ煙を立ち上らせる塊の上空を旋回している。


「あれが魔竜妃? 岩の塊にしか見えないけどねぇ」

「卵なのだろうな。竜とはいえトカゲの種族。あの形で生み落されて地上で孵化するのだろう」

「しかし……でかいねぇ。まだ卵なのにアタシが戦ったヤツよりでかいみたいだよ?」

「生まれる度に強くなっているようだからな」


 グリセールはあたりを見回し、ホッとため息をつく。


「どうやら我々が一番乗りのようだな」

「そうみたいだね、え?」


 アタシの応えを聞きもせずにまず一発、グリセールは魔法の火球を放った。

 火球はまっすぐに魔竜妃の卵に向かって飛び、表面にあたって掻き消えた。

 それを見たグリセールは表情を変えずに両手を広げ、空中に無数の魔法陣を浮かび上がらせる。


 ズドドドドドドド!


 雨のように大量の火球が魔竜妃の卵を襲う。

 それも卵の表面をわずかに赤熱させただけですぐ収まった。


「ふむ、ここからだと小細工では効かんか」

「……グリセール、何を!?」

「言っただろう、危険が及ぶ前に倒す。今なら誰にも邪魔はされん!」


 グリセールは剣を抜き、ゆっくりと慎重に魔竜妃の卵に向かって歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待ちなよ! フリッツが来るまで見張るんじゃなかったのかい?」

「ヤツは放っておくだけで危険だ。見ろ、あんなに魔竜子が群がっている。あの大群が町を襲ったら?」

「じゃあ、まわりの魔竜子から先に倒しておけばいいじゃないか」

「おっと、そうだった。だがすまない。さっきので魔力を使い果たしてしまったようだ」


 言いながらグリセールは飛びかかってきた魔竜子を火球で撃ち落としてみせる。

 ああもう、すぐにばれる嘘をつくんじゃないよ!

 アタシがグリセールを追いかけようとすると、周囲に異変が起きた。

 赤く光る三角形の模様が集まってきて魔竜妃の卵を包み込んだのだ。


「チッ」


 グリセールは舌打ちをして、その三角形の飛んできた先を見る。


「『防壁の赤銅』……早かったな」

「おいの任地はこのすぐ西ったい。わいどん、なんばしよるんか」


 恰幅のいい赤銅色の鎧を着た樽のような体型の男がのっそりと林の陰から現れた。

 彼は体型に似合わず、目つきは逆三角形の四白眼で威圧感がにじみ出ている。短く見える両手を腰に当ててふんぞり返っていた。

 にらみ合うグリセールと『防壁の赤銅』。


 やれやれ、内輪揉めかい?

 勘弁しておくれよ。

 アタシは一歩引いてジルエットとチセをかばいながらため息をついた。

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