第14話 ババアのお料理教室!

 魔竜討伐隊への歓迎会から数週間。

 アタシはジルエット、チセと共に魔竜討伐隊に加わって魔竜子の残党狩りに明け暮れていた。

 結局、ジルエットも一緒なら魔竜討伐隊に入るということで落ち着いたよ。

 あの隻眼の女騎士グリセールには目を付けられてしまったけれどね。


 魔竜討伐隊の仕事は、次の魔竜妃が現れるまでにできる限り魔竜子と呼ばれるモンスターを倒す事だった。

 竜兵騎士団長であり魔竜討伐隊の隊長であるフリッツは普段は王都に陣を構えて、魔竜妃を生み落すという巨竜星を警戒しているらしい。


 魔竜討伐隊は一人いればかなりの範囲のモンスターを制圧できる。

 だから普段はそれぞれが世界の各地に散っているらしい。

 アタシたち3人は入ったばかりということもあって、グリセールの監視もとい指導の下、チームで残党狩りをこなしていた。


「よし、今日はこの辺りでいいだろう。バイル、野営の準備だ」


 今日は王都からはるか南の荒野でモンスターを50体は狩った。

 3人がかりでモンスターを追い回してへとへとになっているのに、グリセールはアタシたちを指導しながら片手間に遠くに見えるモンスターを魔法で200体は倒したんじゃないだろうか。

 日も落ちてきたので大きな岩の陰にテントを張って火を焚いた。

 湯を沸かしてお茶を入れたり保存食の豆を煮てスープを作ったりして簡単な夕食にする。

 とそこへ小さなウサギのような毛むくじゃらの動物が寄ってきた。


「まぁ、こんなところに野ウサギ? かわいい~!」


 ジルエットが手を伸ばそうとした所、グリセールのレイピアが飛んできてその動物を串刺しにした。


「キャッ!?」

「おい、そいつは魔竜子だ。見た目で騙されてうかつなことをするなよ?」

「ちょっと、ひどいじゃない! まだこの子何もしていないのに……」


 グリセールはジルエットの抗議に耳も貸さず、毛むくじゃらの動物のそばにしゃがみこんだ。

 体を貫かれただけなのでまだ生きてはいるようだ。


「見ろ、私のブレスレットは魔竜妃の角を削って作ったものだが……」


 グリセールが白い輪が付いた片手を差し出すと、ウサギのようなその動物は目を赤く光らせて牙を剥いた。

 まるでその魔竜妃のブレスレットに噛みつこうとするように。

 先ほどの可愛らしさはどこへやら、ガチガチと歯を鳴らして暴れている。


「こいつら魔竜子は生みの親である魔竜妃の力を取り込んで強くなりたいという習性があるんだ。お前たちも見ただろう?」


 グリセールは言いながらウサギのようなモンスターに突き立てた剣を握り、裁断するように傾けてモンスターの頭を真っ二つに叩き割った。

 その様子を茫然と見守るジルエットに、グリセールは動かなくなった小さなモンスターを差し出す。


「ジルエット、お前はこの中でも一番弱い。先に食っていいぞ」

「えっ?」

「この魔竜子が溜め込んだ魔力を食って取り込むんだ。我々魔竜討伐隊はそうやって力をつけている」

「そ、そんな……」

「いまさら驚く事か? お前は確か港町の名家の出身だったな。なぜ町の他の者たちより魔力が高かったと思う?」

「え……」

「蓄えた魔力が強い食材は名家に優先的に供される。それを幼い頃から食ってきたからさ」


 ジルエットが口元をおさえて考え込む。

 グリセールはそれに対して意地悪く追い打ちをかける。


「目の前で自分の手で殺すか、見えないところで殺されているものをただ食うかの違いだ。強くなりたければ食え。そうじゃないとこの先バイルについていくことはできないぞ」


 あーあ。ずるいやり方だねぇ、グリセールは。

 アタシをダシにするなんてさ。


「その辺にしときなよ、グリセール。あんまり若い子をイジメるもんじゃないよ」

「いいの、バイル。グリセールさんの言う通りよ」


 アタシが助け舟を出そうとしたところで、逆にジルエットは意固地になってしまったみたいだった。


「ねぇ、バイル。捌き方を教えてくれる? 今日は私が料理をするわ」

「そ、そうかい……」


 結局ジルエットはアタシに教えられながら、ウサギを捌いてスープにした。

 チセはエルフの事情で肉を食べないから豆のスープだけ先に食べている。

 ジルエットが捌いたウサギは食べられるところもだいぶ削って小さくなってしまったけれど、まぁ仕方ないね。

 たくましくなったもんだよ、ジルエットも。



 ***


「星が綺麗ね」


 夕食後、夜の見張りの交代の時にジルエットはアタシを岩の上に誘った。

 人里から離れた荒野は闇に包まれ、空は満天の星が見えた。


「そうだねぇ。アタシは町の光も好きだけどね」

「港町では灯台がまぶしくて、こんなに星は見えなかったわ」


 ジルエットは故郷の事を思い出しているらしい。

 まだほんの1か月程度の旅なんだけど、それでもずいぶん遠いところに来ちまったからね。


「帰りたいかい?」

「いいえ。私はバイルについていくって決めたから。でも、もし私がバイルの足手まといになっているのなら……」

「そんなこと言うもんじゃないよ。もしあの町に帰るならその時はアタシも一緒さ」

「ありがとう……」


 ジルエットが寒そうに手に息を吹きかけているので、アタシは肩にかけた毛布をジルエットにも半分かけてやる。


「あったかい」

「フフッ。殿、それがしが懐で温めておいたものでございます」

「なにそれ。バイルって時々変な事を言うのね」

「あぁ、このネタは通じないんだったね」

「なんだかなぁ、バイルってどこか知らない遠いところから来たんじゃないかって時々思うわ」

「な、何言ってるんだい。アタシたちは子供のころから一緒に育ってきたじゃないか」

「そうね。でも、子供の事は自分の事アタシなんて言ってなかったわよ」

「そうだったかねぇ」

「喋り方もいつからか急におばあちゃんみたいになったし」

「それは……この年頃の病気みたいなもんさ」

「ふうん、男の子ってみんなそうなの?」

「……たぶんね」


 星を眺めて肩を寄せ合いながら、他愛のない話をして二人だけの時間が過ぎていく。

 アタシの中身がババアじゃなくて元のバイルのままだったら、きっともっとドキドキしていたんだろうね。

 まぁ、元のバイルっていうのも体だけのことで、魂は生まれる前に死んじまっていたらしいんだけど。

 今のアタシは、なんていうか。生まれてくるはずだったバイルが大切にしたいだろうことを代わりに守ってやる必要があると思っているよ。

 この世界の事も、ジルエットの事もね。

 可愛くて、優しくて、いい子じゃないか。ジルエットは。

 ずっと守ってやりたい、そう思うよ。


「ねぇ、バイル……バイルは、私の知らないどこかに行っ」

「シッ……ジルエット、アレは何だい?」


 ごめんよジルエット。何か言うとしていたみたいだけど。

 アタシの視線を追ってジルエットも星空を見上げる。


 星空にぽっかりと、黒い影が浮かんでいた。

 その形はまるで、巨大な竜のような……。

 満天の星の中で竜が翼を広げた形の影が光を遮っていた。


 その影の中から、一筋の光が流れた。

 流れ星のように輝く光は、そのまま地上に落ちた。

 落ちた先、ここから北の山奥から火の手が上がる。


 空に浮かぶ巨大な竜、そこから落ちた光。

 これって、まさか!?


「グリセール!! 起きてくれ!」


 アタシは慌てて岩を降りグリセールのもとへ向かった。

 ジルエットの視線が背中にじっとりと刺さるのを感じながら。


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