第13話 ババア! キンキンキンキン!
「決闘だってェ?」
「そうだ! 剣を抜け、バイル!」
女騎士グリセールはアタシをまっすぐにらみ付けている。
どうしたものかとあたりを見回すが、取り囲む騎士たちにとっては酒席の余興程度にしか見えていないようで、アタシが剣を抜くのをじっと見守っていた。
フリッツも穏やかな笑みを浮かべたまま肩をすくめるだけだ。
「よろしい、許可しよう」
フリッツは杯を持ったまま一歩下がった。
その言葉が合図になったようにアタシとグリセールの周りを柵のように直径10メートルぐらいで取り囲む赤い三角形が現れる。
誰かが結界を張ったらしい。おおかた、せっかくのメシが飛び散らないようにとの配慮だろうね。
隣に立っていたはずのチセも結界に押し出されてしまっていた。
アタシは逃げ場を失って剣を抜くしかなかったよ。
「行くぞ!」
グリセールが一歩踏み込む。
ガィン!
まだ目に見える程度の速度で横なぎに切りかかってきた。アタシはそれを剣で受け止める。
やれやれ、どうしてもやらなきゃいけないんだろうね、成り行き上は。
アタシが剣を押し返すとグリセールはニヤリと笑う。
「覚悟はできたか? では始めるぞ!」
グリセールの姿が消える。
アタシはとっさに剣を立てたまま、さっき切りかかってきた方と逆に動かす。
キン!
グリセールの剣筋が見えていたわけではない。
ただ何となく逆側から攻めてくるだろうなと思っただけだ。
「偶然、だな? いつまでもつと思う?」
グリセールはわざわざアタシの耳元に近づいて耳打ちしてきた。
そして姿が掻き消える。
早すぎて目が追いつかない。
キンキンキン!
がむしゃらに左右に振った剣がグリセールの斬撃を防ぐ。
偶然か、グリセールがアタシをからかってあえて斬撃をアタシの剣の方に合わせたのかもしれない。
アタシは身の危険を感じて、目の奥の方に意識を集中させる。
魔竜妃の肉を食って取り込んだ力がまだ黒いオーラになって体の内側にあるのを感じる。
そのオーラを目に集中させた。
目をうっすらと膜が覆った。
……見える。
グリセールの動きは見えないが、彼女がどこに向かって切り込もうとしているのかという殺気のようなものが目に浮かぶようだ。
キンキンキンキンキンキン!
今度はちゃんとグリセールの太刀筋に合わせて剣を立てて防げた。
「貴様、見えているな? それじゃあ本番だ。行くぞ!」
キキキキンキンキンキキンキンキン!
グリセールは跳んだり跳ねたり結界の柵を走ったりあらゆる攪乱を織り交ぜながら全方向から切りかかってくる。
キン! キン! キンキンキン! キンキキンキキキキンキンキン!
切り上げ、横なぎ、三連撃、がむしゃらな多段同時攻撃。
グリセールの姿はもう残像すら見えない。まるで剣が舞うつむじ風の中にいるようだった。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
右、下、上、右、右、下、右、右、上、上、下、下、左、右、左、右。
グリセールはあえて立ち止まって残像を見せる事でフェイントを入れてくる。
アタシは目に見える殺気の方向だけを信じて剣で防ぐしかない。
このままじゃやられちまうよ!
***
「バイル、貴様には何が見えている? 私の剣より先に防御しているな?」
風のように結界の中を走り回るグリセールの声が全方向からほぼ同時に聞こえる。
アタシの目のトリックに気付きつつあるみたいだね。
これは早く反撃しないといけないね。
でも、一瞬でも止まってくれないことには反撃のしようもない。
彼女を一瞬でも止めるにはどうすればいいのか。
アタシはグリセールの攻撃を見てある賭けに出ることにした。
さっきからグリセールはアタシが防御する事を前提にアタシの半歩前に向かって切りつけてきている。
アタシはタイミングを見計らって、1歩前に出た。
ちょうどグリセールの剣が薙ぎ払うように真横に向かっている所だったので、アタシは自分の首をその斬撃の通り道にあてがうように差し出す。
そして片手で自分の後頭部を掴みながら、防御するはずだった剣を下げた。
スパン!
小気味のいい音を立ててアタシの首をグリセールの剣が切り抜けた。
「なっ!?」
斬首の感触に驚くグリセール。
だがグリセールの剣の速度とアタシの自動回復の速度のおかげで、傍目には剣がすり抜けたように見えただろう。
自分で後頭部を押さえていなかったら首が吹き飛んでいたところだよ。
アタシの首はつながったままだ。少なくとも遠くから見守るジルエットには何事もなかったように見えただろうね。
さて、グリセールの動きが止まった所でアタシは下げた剣を振り上げた。ちょうどグリセールの喉元に切っ先が行ったのは偶然だった。
ほんのちょっと脅かす程度のつもりだったけど、グリセールは青ざめた顔で冷や汗をかいている。
まぁ、グリセールほどの歴戦の騎士になら通じたかもしれないね。
アタシはちょっとやそっと切られたぐらいじゃ何ともないって事と、降参なんてしないってことがね。
「フ、フフフ……バイル! 私を本気にさせたな?」
後ろに跳んでアタシから距離をとったグリセール。彼女が震えているのは武者震いのせいだろう。
青ざめていた頬は紅潮し、目には狂気にも似た炎が燃えていた。
ダッ!
グリセールが軽くステップを踏む。
動作は軽いけれどものすごい衝撃が起きたようで、石畳の床がひび割れてへこんでいた。
急加速したグリセールの姿はもう残像すら見えない。
ただアタシのまわりの床がどんどんひび割れていくのだけがみえる。
砂埃が舞い、空気の流れが渦を巻いていく。
魔竜妃の力を宿したアタシの目には、グリセールの殺気を形にした斬撃予測がどんどん増えていくのが見える。
次の攻撃で全身が粉々に切り裂かれるほどの斬撃が来ることが分かった。
おいおいおい。
なんだいこりゃ。
本気でアタシを殺そうっているのかい!?
恐ろしいよぉ。
逃げ場も無いじゃないのさ。
絶体絶命って奴だねこりゃ。
文字通り、絶対に絶命しそうだよ。
斬撃予測の線が濃くなり、もう来ると身構えた瞬間。
「おや! これはいけない! そこまでだよグリセール!」
背後からフリッツの声がした。
次の瞬間。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
グリセールの百連撃が繰り出された。
思わず目をつぶる。
でも、体には衝撃が来ない。
恐る恐る目を開くと、目の前に剣を振りかぶったグリセールがいる。
その切っ先はゴツい指先に挟まれていた。
フリッツの手だ。
ごつい両腕がアタシの背後から伸びていた。
その腕を包んでいたはずの黄金の甲冑には無数の裂け目ができていた。
状況を理解する。
フリッツが仲裁に入り、その腕でグリセールの斬撃をすべて受け止めたうえで最後の一撃を指でつまんで止めたのだ。
振り返ると、珍しく目を開いていたフリッツの険しい顔があった。
フリッツはアタシに気付くとすぐに目を閉じていつもの優しげな張り付いた笑顔に戻す。
「団長……その……」
怯えた声のグリセール。彼女の渾身の攻撃が全て受け止められてしまったのだから無理もない。
だが、グリセールが剣を引こうにもフリッツの指から引き抜く事さえできないようだった。
「ハッハッハ! とんだ歓迎になってしまったね! この勝負、少し預からせてもらうよ!」
フリッツはそっとグリセールの剣をつまみとり、何事もなかったかのようにマントで両腕を隠しながら身をひるがえして元のテーブルに戻っていった。
アタシは見ちまったよ。
フリッツの開いた両目。アタシと同じように、真っ黒いオーラを奥底に秘めていた。
そして、黄金の鎧の下のフリッツの両腕。魔竜妃と同じ黒光りする鱗で覆われていたんだ。
……まさかね。
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