第12話 ババアは耳が遠くてね!
「うんうん、なるほど! 興味深いね!」
エアルト連合国の王都オルパスに向かう馬車の中、フリッツは小さく身をかがめながらアタシとジルエットとチセの話を聞いていた。
フリッツのガタイには馬車は小さすぎたようで、大きな肩が天井に付いてしまっている。
フリッツは首を正面に出す様に縮こまったまま首だけをうんうんと振って興味深そうにアタシたちのこれまでのいきさつを聞いている。
「まさか魔竜妃を体の中から爆破するとは! 奇想天外な発想だよ! 普通ならヤツに食われたら命は無いだろうからね!」
「それは、まぁ、アイツが死にかけだったからアタシを噛み砕く余裕もなかったって事さ」
「しかし……魔竜妃の巨体を吹き飛ばすほどの魔法か。よく無事だったねぇ、バイルくん!」
「えーと、運が良かったのかもしれないねぇ。その時は必死だったもんで、どうやって助かったのかアタシにも見当が……つかないねぇ」
「ふーーーむ、実に興味深い!」
フリッツは優しげな表情を浮かべながら相槌を打っているだけのようでありながら、その薄く開かれた目はアタシの全身をくまなく探る様に見ていたよ。
まさかアタシの秘密にカンづいているのか……恐ろしいねぇ。
アタシたちを乗せた馬車は魔竜討伐隊の一行の最後尾を走っている。
そのひとつ前の荷馬車はボロ布で覆われた魔竜妃の頭を乗せていた。
道中で何度もモンスターが荷馬車を目がけて襲い掛かってきていたが、魔竜討伐隊は馬を走らせながら難なくそれらを払いのけていた。
「気になるのかい、バイルくん!」
「そりゃまぁね。アタシゃ田舎の港町の出身だから、魔竜なんてものに詳しくなくてね」
「なるほど、知らずに倒してしまったというわけか! それは残念だ、魔竜妃の討伐は我々魔竜討伐隊の悲願だったというのに!」
「そいつは済まなかったね……」
「いやいや! 謝らないでくれたまえ! 我々の力が及ばなかったというだけのことさ!」
「それで、なんでアンタらは魔竜妃を追っていたんだい?」
「フム! それにはいくつも理由があるね! たとえば魔竜討伐隊の者たちは皆、ヤツに大切な人を奪われているのさ! チセさんのように村ごと滅ぼされたりね!」
フリッツは魔竜妃の事となると鼻息荒く熱の入った話し方をする。彼にも何か事情はありそうだね。
アタシは馬車が王都につくまでの間、彼の話を聞くことにした。
「魔竜妃というのはこの星のすべてのモンスターを産みだした、いわばモンスターの母なる存在さ。
ヤツは千年に一度このエアルトに現れてはモンスターを産み続け、人々を生活を、安全を、平和を脅かしてきた。
バイルくんが倒したヤツも今からおよそ千年前に現れたヤツさ。
そう、もうすぐヤツが現れてからちょうど千年だ。
我々はどうしても今のうちにヤツを倒さなければならなかった。
理由はわかるだろう?
あと少しで、また魔竜妃が現れるからさ。
モンスターを産み続けるようなヤツが同時に2体もこの星に現れたとしたら……もうこの星の人類はおしまいさ。
古い伝承だと、ヤツは空から降ってくるらしい。
我々ヒューマンでは直接的なことは何もわからないが……長く生きたエルフなら実際に見た者もいるんだろう。
『千年に一度、空に巨竜星が輝くとき。魔竜妃は地上に舞い降りて、この星に魔竜子をばら撒く。彼らにとって住みよい星に作り替え、いつの日か魔竜星を地上に迎え入れるために』
……ってね。
古い知り合いのエルフから聞いた話さ。
人類はこれまでに何度も、千年に一度現れる魔竜妃を倒してきた。
しかし、魔竜妃は現れる度に強くなっている。魔竜妃1匹を倒すのに千年もかかる様になってきた。
次はもう、危ないかもしれない。
新しい手を考えないといけない段階に来ているんだ。
空から降りてくる魔竜妃を討つだけではない、新しい手段をね。
そう例えば、巨竜星を撃ち落とすとか……。
とにかくこれからもっと忙しくなる。
今の魔竜子の残党を討ち取って、次の魔竜妃をすぐに迎え撃たないといけないんだからね!
そのためにも、キミの力が必要なんだ!
おっと、ようやく王都についたみたいだ!
長話をしてしまったね!
さあ、祝賀会だ!
もちろん君たちにも参加してもらうよ!
なんたって主役なんだからね!
魔竜妃討伐と、バイルくんチセさんの魔竜討伐隊への入隊を盛大に祝おうじゃないか!」
***
はて、アタシは耳が遠くなっちまったのかね。
フリッツがなんて言ったのか……うまく理解できなかったんだけど。
なンだって?
魔竜討伐隊への入隊?
アタシが!?
アタシたちが茫然としている間にも周りの状況はどんどん流れていった。
いつの間にかアタシは、魔竜妃討伐の功績を認められて魔竜討伐隊に入隊することになっていた。
気が付けば王都の豪勢な館の広間で黄金の杯を持って突っ立っていたよ。
アタシの隣には同じくチセが緊張した面持ちで杯を持っている。
恐ろしいねぇ。
「紹介しよう! 魔竜妃を打ち倒した英雄、バイルとチセだ!」
「「オオーーーッッ!!」」
「さあみんな! 盛大に祝おう! 魔竜討伐隊の新たな仲間の誕生を!」
「「オオオーーーーッッ!!!」」
フリッツの音頭に応えて竜兵騎士団たちが一斉に杯を掲げる。
皆は酒を一気にあおり、拍手の輪が広がっていく。
「さあ! バイルくんも飲みたまえ! 我々竜兵騎士団は、そして魔竜討伐隊は君を歓迎するよ!」
フリッツに促され、アタシも杯を口元まで掲げる。
でもその時、アタシの隣にはジルエットがいなかった。
ジルエットは竜兵騎士団の集団から離れた広間の隅で小さく杯を掲げている。
それを見てアタシは杯をテーブルの脇に置いた。
驚くフリッツ。固まる竜兵騎士団たち。
「……どうしたんだい、バイルくん?」
「悪いね、団長。アタシは魔竜討伐隊には入らないよ」
「なんだって? キミも冒険者なんだろう? 誰もが憧れる最高の栄誉だと思うんだがね?」
「でもね、アタシは栄誉のために冒険者になったわけじゃないのさ」
「なら、人々を守るためかい? それとも、世界の見聞を広めるためかい? どちらにしても魔竜討伐隊は最高の環境を用意するよ! キミが必要なんだ!」
「そうかい。でも、ダメなんだ。アタシはジルエットと一緒じゃないと、どこへも行かないよ」
アタシの言葉に口を閉ざすフリッツ。張り付いたような穏やかな表情を浮かべているが、困惑が見て取れた。
「なんれすって~? わたひもバイルしゃんといっひょじゃにゃいと……いきましぇんよ~?」
乾杯の一口で顔を真っ赤に酔いどれてしまったチセが絡んでくる。
酒で気を強くしたのかアタシに隠れずにフリッツを下から据わった眼でジッとにらんでいる。
フリッツはどう答えようか思案している様子だったが、竜兵騎士団が見守る中で先に動いた者がいた。
ガシャァーーーン!
酒瓶や料理が乗ったテーブルを跳ね除けて剣を抜いたのは、『剣戟の白銀』グリセールだった。
「バイル! 貴様ッ、我らの誘いをそんな事で断るとは! 団長を、騎士団を愚弄するつもりか!」
その目には激しい怒りの炎が灯っていた。
アタシが躊躇しているとグリセールはさらに牙をむくように吼えた。
「竜兵騎士団、魔竜討伐隊の名誉にかけて、貴様に決闘を申し入れる!」
……あんだって?
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