第11話 ババアびっくり、魔竜討伐隊!

 アタシの喉元に剣の切っ先を突きつけた女騎士グリセールはニヤリと笑みを浮かべた。


「ほう、避けたか」

「何なんだい、いきなり急に!」


 アタシは急な出来事にたじろぐ。

 もしアタシが一歩後ろに下がっていなかったらこの首が今頃吹っ飛んでるよ。

 まぁ、そうなってもアタシは死にはしないんだけど、不死だってことが町の人々やジルエットにバレちまうじゃないか。

 アタシの抗議に耳を貸さずに、グリセールは剣を構えたまま町の入口の方を振り向く。


「来たか。仕方ない、キミへの尋問はお預けだな」


 そういうが早いか、町の外から真っ黒い風が吹いた。

 いや、風じゃない。黒く見えるのはバッタの大群だった。


「これはっ! 『審判の黒鉄』の飛蝗だ!」


 冒険者たちが歓声を上げる。

 黒いバッタの大群は雲のように町全体をあっという間に包み込み、グリセールが討ちそこねたモンスターだけを食い荒らしていく。

 さらに、今度は巨大な女神の幻影が町を見下ろす様に現れて息吹を吹きかける。

 その風は町の人々の傷ついた体を瞬く間に癒した。


「やったっ! 『癒しの石英』の全体回復魔法だ!」


 さらに、魔物がいなくなり住人が癒された町をドーム状に取り囲むように赤く光る大きな三角形の模様がパタパタと展開しいていった。

 次々と空から襲い掛かってきていたモンスターたちは町を覆う無数の三角形の頂点から放たれる赤い光線によって自動迎撃されていく。


「『防壁の赤銅』の結界か! ありがてえ、これで町は10年は安泰だぜ!」


 冒険者たちはすっかり安堵の表情で武器を収める。

 どうやら、先ほど言っていた魔竜討伐隊という者たちがこの町にたどり着いたようだった。

 町の入口にマント姿の集団が現れたことでグリセールはアタシに興味を失ったようにあっさりと剣を収めてその集団のもとへ去って行った。


「バイル! だ、大丈夫?」

「ああ、なんとかね……」


 ジルエットが慌てて駆け寄ってくる。

 アタシはようやく緊張の糸が切れて腰を抜かしちまったよ。

 なんなんだいあのグリセールとかいう女騎士は。

 いきなりアタシの首を本気で落とそうとしてくるなんて。

 びっくりしたよぉ。

 おそろしいねぇ。


 ***


 町にやってきた魔竜討伐隊というのは、このエアルトのあらゆる魔物とその生みの親である魔竜妃を討伐することを目的に結成された部隊らしいね。

 構成メンバーは文字通りの一騎当千。一人いるだけで戦況がひっくり返るほどの実力者ぞろいで、冒険者たちのあこがれの的だって話だよ。

 総勢10名ほどの魔竜討伐隊はそれぞれが個性的な容姿、装備をしていて統一感は全く無い。

 魔竜討伐隊の中でも特に目立つ全身金色の鎧をまとった男がニタイ町の冒険者ギルドの長と何やら話していた。

 角刈りの金髪頭がガタイのいい金色の塊に乗っているようでアンバランスだった。


「あれは……竜兵騎士団の団長『鬼神の黄金』フリッツじゃねえか。初めて見たぜ……」

「竜兵騎士団?」


 珍しくローレンスが黄金鎧の男を見て冷や汗をかいていたのでアタシは事情を探ってみる事にする。


「バイルは駆け出し冒険者だからあいつの恐ろしさを知らねえか。竜兵騎士団ってのはこの国の最強兵力さ。魔竜討伐隊はその中でもエリートなんだが、『鬼神の黄金』フリッツはその中でもケタ違いでな。騎士団長と討伐隊長を兼ねてもまだ戦い足りないって程の戦闘狂さ」

「ふぅん。そんなふうには見えないけどねえ」


 ギルド長と話すフリッツは礼儀正しく、恐れられる戦闘狂にはとても見えない。

 たしかにガタイは良いし、薄く開かれた目には優しささえ感じる。


「ま、敵に回すことはないだろうけどな。でもよ、たとえ味方であっても戦場であいつを見かけたらすぐにでも逃げろよ? あいつはひと薙ぎで山を平地に変えちまうって話だ。巻き込まれんようにな」

「忠告ありがとうよ、ローレンス。一介の冒険者のアタシには縁の遠い話だろうけどね」


 なんて雑談をしていると、会話が一区切りついたようでフリッツがこちらに顔を向けた。


「やべっ、聞かれたか!?」


 ローレンスは柄にもなくビシッと背筋を伸ばして緊張する。

 フリッツは明らかにこちらに用があるようで、穏やかな笑みを浮かべ両手を広げながらアタシたちの方に近づいてきた。


「やあ、初めまして。私は竜兵騎士団長のフリードリヒ・ジェローム。皆にはフリッツと呼ばれている」


 フリッツはアタシの前に立って深くお辞儀をして、腰をかがめたまま顔だけこちらに向けてニコリと白い歯を見せた。

 近くで見るとフリッツはとても大柄で、その姿勢でちょうどアタシと顔の高さが合うぐらいだった。


「ど、どうも。アタシはバイル・コーチュン」

「バイル君! 話は聞いているよ! 魔竜妃を倒したんだって? 大手柄じゃないか!」


 名乗りついでにそっと差し出された手をアタシが握り返すと、フリッツはアタシの体が浮いちまうんじゃないかって勢いで上下に振った。

 あいたたた、肩が外れそうだよ……。

 それにしてもフリッツは不気味だ。笑顔を浮かべているくせに薄く開かれた優しげな瞳の奥からはアタシを突き刺しそうなほど鋭い眼光が見え隠れしている。


「ええ、でもまあアタシはエルフのかたき討ちを手伝っただけで」

「なんと! 詳しく話を聞かせてくれないか!? 一体どうやってあの魔竜妃に止めを刺したのか!」


 フリッツはもう感極まったという感じでアタシを引き寄せて抱き上げる。

 その腕はがっちりと固く、アタシが少し暴れただけではびくともしなかった。

 足元ではジルエットがどうしたものかと困惑して右往左往している。

 それを見兼ねたのか、ひとしきりフリッツに頬ずりをされた頃に例の女騎士がやってきた。


「フリッツ団長、魔竜妃の頭の輸送準備が整いました。続きは王都で」

「おお! グリセール。それでは馬車をひとつ増やしてくれ。彼らも連れていく」

「ン……かしこまりました。」


 ようやくフリッツの腕から解放されたアタシをグリセールはやはり厳しい目で睨み付け、渋々といった様子で馬宿へ向かっていった。


 王都?

 連れていく?


 なんだか妙なことに巻き込まれそうな予感しかしないねぇ。

 おそろしいねぇ。

 ジルエットも状況が分からず顔にハテナが浮かんでいたよ。


「あ、いたいた。バイルさーん! ジルエットさーん!」


 そんなところに駆け寄ってきたのは、エルフのチセだった。

 チセはアタシの横に立っているフリッツに気付いて


「ピャッ!」


 と子猫のような悲鳴を上げてアタシの後ろに隠れる。


「その子が例のエルフだね? 魔竜討伐隊というものがありながら斯様な被害に見舞われた事、我々も慙愧に堪えない。王国としてもエルフの村の復興には可能な限り援助させてほしい。どうか君も王都に来て詳しく話を聞かせてくれないだろうか」


 フリッツは俺の後ろで子猫のように震えるチセにひざまずき、深々と頭を下げた。

 薄く開かれた目からは熱い涙がこぼれている。

 その様子に気を許したようで、チセはおずおずと応じた。


「はい、私にはもう帰る場所も無いので……バイルさんと一緒ならついていきます」

「おぉ! 甚大な御心に深く感謝する! では行こうか!」


 フリッツはアタシとジルエットとチセをまとめて肩に軽々と乗せて、意気揚々と馬宿の方へ歩んでいったのだった。

 やれやれ、これはもう流されるしかないねえ。

 アタシは振り落とされないようにフリッツの頭にしがみ付きながら深くため息をついた。


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