第10話 ババアのせいじゃないよ!

 宴会を終え、チセはギルドでエルフの村の復興に向けた会合があるという事で別れた。

 アタシは酒気にあてられて足元がおぼつかないジルエットを連れて宿屋に帰った。

 そして翌朝。

 何だか外が騒がしい。

 物音に起こされたアタシが宿屋の部屋の窓を開けると、窓の外にはとんでもない光景が広がっていた。


「えっ……こんな町中に、なんだいこりゃあ!?」


 驚いたことに、町の中で広範囲に戦闘が始まっていた。

 戦っているのはギルドの冒険者たちと、モンスターだった。


「ジルエット、外の様子がおかしい。起きられるかい?」

「うーん……頭がいたい……」

「二日酔いだね、水を飲んで……すぐに装備を整えるんだよ」

「えぇ、どうしたのぉ」


 まだ寝ぼけているジルエットを叩き起こしたのは魔法の爆発音だった。


 ズドン!


「キャッ! こんな町中で爆裂魔法!? な、なにごと!?」


 空気が振動して窓ガラスが粉々に砕け散る。

 窓際から飛びのいたジルエットが服と革鎧を身に付けて廊下に飛び出る。

 アタシも周りを警戒しながら装備を整えてジルエットの後を追った。

 昨夜のうちに金属鎧と剣を新調しておいてよかったよ。


 宿屋の1階の食堂に降りると、店員たちがテーブルを扉や窓に立てかけてバリケードを作っていた。


「何があったんだい!?」

「モンスターが急に町中になだれ込んできたんです! 今、冒険者ギルドの人たちが総出で抗戦しています!」

「分かった! アタシたちも冒険者ギルドの一員だからね、ちょっくら行ってくるよ!」

「はい! 裏手の出入り口は封鎖していませんのでそちらからお願いします!」


 アタシたちがキッチンを通り抜けて裏口に回ると、料理長がでっかい包丁を持って出入り口を守っていた。


「おお、バイルさんにジルエットさん。どうかお気をつけて!」

「ありがとうよ、何とか片づけて戻ってくるさ」

「それじゃ、お二人が戻ってくるまでに美味い朝食を用意しておきますよ」

「ああ、料理長も気を付けてね」


 アタシたちが宿屋を出ると料理長はすぐに扉を閉めた。

 町にやってきたモンスターたちはどうやら冒険者ギルドの方に向かっているらしい。

 ジルエットと目線で合図して、激しい戦いの音がする方へ駆け付けた。



 ***


 冒険者ギルドへ向かう途中、チセの張る結界の光が見えたのでそちらへ向かう。


「バイルさん! ジルエットさん!」

「チセ! 状況は!?」

「モンスターの狙いは魔竜妃の頭です! 冒険者ギルドの倉庫で保管しているのですが、どうやらそれに引き付けられているようで……!」


 チセは結界を張って傷ついた冒険者たちを保護している。治癒魔法専門の冒険者が傷ついた人たちを治しているが、どうも人手が足りないようだ。

 早くモンスターを討伐してしまった方がいい。


「何てことだい、アタシが魔竜妃の頭なんて持ち込まなければ」

「何言ってるんですか。バイルさんのせいじゃないですよ! あれはこの町の冒険者ギルドで引き取ったんですから」

「それはそうだけど……」

「バイルさん、今それを気にしていても仕方ありません! はやく冒険者ギルドの皆さんと合流してください!」

「そうだね……行こう、ジルエット!」


 アタシたちは途中で襲いくるモンスターを薙ぎ払いながら冒険者ギルドの館にたどり着いた。

 冒険者ギルドは町のどこよりも戦いが激しく、既にモンスターたちは建物にびっしりと取りついていた。


「おう、若いの! じゃなかった、バイル! こっちだ!」

「ローレンス!」

「手を貸してくれ! こいつら弱いが数が多すぎる!」


 ローレンスは屈強な男たちとともに、ギルドの建物に張り付いた魔物を引きはがす様に切りかかっていた。

 彼の言う通り、ギルドを取り囲むモンスターたちは昨日の魔竜妃の取り巻きよりも断然弱い。

 やっぱり魔竜妃の肉を食べていないからか。

 それならモンスターの狙いはやっぱり魔竜妃の頭を食べて自らを強化する事か……。


「ローレンス、あの魔竜妃の頭をこの町からどこかに捨てる事はできないのか?」


 アタシはローレンスに語り掛けながらモンスターを切り倒す。

 モンスターも弱いとはいえ、気を付けないと反撃を食らってしまうから慎重に。


「そいつはダメだ。王都の竜兵騎士団が引き取りに来ることになってる!」

「騎士団? そいつらがここまで来るのかい?」

「そうだ、だから騎士団が来るまで持ちこたえりゃオレたちの勝ちってわけよ」

「そんな……町がこんなことになっているのに? いつ来てくれるんだい、そいつらは」

「へっへっ、慌てるなって。……そら、お見えになったぜ」


 ローレンスが視線でチラリを後ろを指すと、空を何かがはじけ飛ぶのが見えた。

 粉々になったモンスターの破片だ。


「うおおおおおおおお! 魔竜討伐隊が来てくれたぞおおおお!」


 湧き上がる冒険者たち。

 町の入口の方から、モンスターの破片がすごい勢いで空に舞い上がっていく。

 さらにそれを追うように火球が飛び交い、空中でモンスターが消し炭になっていく。

 アタシも町の入口の方に目を向けると、すさまじい速さで白銀の何かが右に左に飛び交い、そこにいたモンスターを切り飛ばしていく。

 さらにその白銀の何かからいくつもの火球が飛び、モンスターの死体を燃やし尽くしていく。

 民家の屋根、路地の隙間まで白銀の何かは素早く走りまわり、文字通り片っ端からモンスターを切り飛ばしていった。


「やった! 『剣戟の白銀』グリセールだ! オレ初めて見たよ!」


 勝利を確信した冒険者が歓声を上げる。

 ギルドの建物は未だにモンスターに取り囲まれているというのに、そこにいる人々の目には一切の絶望が見えない。

 白銀の何かはモンスターを切り飛ばしながら冒険者ギルドにたどり着く。もちろん立ち止まることはない。

 時間にしてほんの数秒の事だった。疾風のように舞う白銀の何かが冒険者ギルドの壁を螺旋を描くように駆け上がり、ほとんどすべてのモンスターを真上に切り上げた。

 冒険者ギルドの館の屋根の上でようやく立ち止まる白銀の鎧の戦士。黒く長い髪をなびかせて、手を広げ天を仰ぐ。


 ドドドドドドドドッ!


 それだけの動作で無数の赤い魔法陣が宙に並び、火球が放たれる。

 優雅なしぐさに見合わぬ圧倒的な火力。ギルドを覆い尽くしていたモンスターはすべて炭のかけらとなってその場に降り注いだ。

 勝利の余韻も見せずに、残るわずかなモンスターを通り過ぎるだけでみじん切りにして振り払った。


 冒険者たちが絶大な信頼を寄せるだけの事はある、とんでもない戦闘力だった。

 はぁー、すごい。

 たまげたねぇ。

 アタシが茫然としていると、その女騎士はまっすぐにアタシの方を見て近づいてきた。


「キミが魔竜妃を倒したという少年か?」


 凛と透き通る声。つややかな黒髪。そして額から左頬にかけた大きな切り裂き傷。左目は潰れて瞼が縫われていた。『剣戟の白銀』グリセールという女騎士に、その場の誰もが目を奪われていた。

 冒険者たちの視線が集まる中、グリセールがさらに一歩踏み出した。

 無意識に、アタシの中の何かがわずかにアタシの首を仰け反らせた。


 チャキッ


 わずかな風がアタシの首を撫でた。

 数瞬前までアタシの首があった場所に、グリセールの抜き放った剣の切っ先があった。


 な、なんなんだい、一体!?

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