第9話 ババアはもうダメかと思ったよ!
アタシとチセが魔竜妃の亡骸の前でどうしたものかと時間を持て余していると、町のギルドに助けを求めに行っていたジルエットがいかつい男たちを引き連れてエルフの村の平原にやってきた。
「バイル! 無事……? さっきのモンスターは?」
ジルエットはアタシの姿を見るなり駆けつけてくる。
それもそのはず、チセの血まみれのローブを着ていたのだから。
「大丈夫、これは返り血さ。さっきのモンスターなら、ほら後ろに」
アタシが魔竜妃を指さすと、ギルドの冒険者集団からどよめきが起こる。
アタシたちを馬車で送ってくれたあの御者のおじさんも棍棒やら鎧やらで装備を固めてついてきたみたいだ。
「オイオイ、若いの。こいつぁアンタがやったのか?」
「ん、まあね。それなりに命がけだったけど、このエルフのチセちゃんの魔法のおかげで何とかね」
もろとも自爆したとは言えないけれど、嘘は言っていない。
「なるほどな……こいつは驚いた。間違いねえ、こいつは魔竜妃じゃねえか」
「魔竜妃? なあにそれ」
御者のおじさんは、頭と鱗と骨だけになった魔竜妃を注意深く観察して言った。
ジルエットは魔竜妃の説明を聞いていなかったので、ただ巨大なモンスターがエルフの村を襲ったとだけ伝えていたようだった。
「魔竜妃ってのは、ここらのモンスターを生み出したヤバいボスだよ。知らねえのかいお嬢ちゃん」
「ご、ごめんなさい世間知らずで」
「いいさ。でもなあ、魔竜妃って分かってたらもっと人も集めて警戒していただろうが……若いのが倒しちまったんだったら今更だな! ガッハッハ!」
御者のおじさんはギルドから連れてきた男たちの中でもリーダー格のようで、魔物の残骸を集めるようにテキパキと指示していく。
「お手柄だな、若いの! そういえば名前を聞いてなかったな。オレはローレンス。この辺りの自警団もやってるんだ」
「そうかい、世話になったね。アタシはバイル。連れはジルエット、こっちはエルフの村の生き残りのチセ」
「生き残り……そうか、大変だったなエルフのお嬢ちゃん。この村の復興にはオレたちニタイ町の冒険者ギルドも手を貸すからよ。まずはニタイ町まで来てくれるか。いきさつも聞いておかないといけないからな」
「わかりました、人間。世話になります」
チセはアタシの後ろに隠れて急に尊大な態度をとる。
うーん、エルフと人間の間にはいろいろと事情もあるんだろうけど、仕方ないのかねぇ。
だけどローレンスはチセの態度にも悪く思っていないようだった。少しホッとしたよ。
「へっへっ、いつも通りの態度で安心したぜ。でもよ、バイルだって人間なのに、そいつはいいのかい?」
「いいんです! バイルは特別なんですから!」
フンッと胸を張って言うチセにローレンスはますます気を良くしたようだ。ゲラゲラと笑っている。
一方ジルエットはその言葉を聞いて唖然としていたけれど。
後で誤解を解かないといけないねえ。
***
それから。ギルドに戻るとそれはもう大騒ぎだったよ。
なんでも魔竜妃ってのは千年に一度この世界に現れて魔物を産み続けるっている災害の象徴みたいなもんだったらしくてね。
チセの証言もあってアタシが倒したことになったけれど……。
ギルドからは冒険者ランクを一気に30アップに加えて英雄認定の申し出があった。
町の商会からは魔竜妃の死骸の買取り希望が殺到して、目玉が飛び出そうなほどの高値でほんのわずかな鱗や骨やらをみんな喜んで買っていった。
金に困らないのはいいんだけどねぇ。
結局、何だか気も引けるからエルフの村の復興のために、ある程度しばらく困らない程度の冒険資金だけ手元に残してあとは寄付することにしたよ。
金がありすぎて身動き取れないのも困るからねぇ。
町を挙げてのお祭り騒ぎみたいな祝賀会でしこたま酒を注がれて悪い気はしなかったけど、家族も故郷も失ったばかりのチセに申し訳なくて宴会は途中で抜け出したよ。
「お手柄だったわね、バイル」
「ジルエット……ようやく落ち着いて話せるねぇ」
宴会はアタシがいなくてもドンチャン続いている。気付けばもう夜になっていた。
山の夜風が厳しいので自然とジルエットと身を寄せて、宴会場のすぐ外のベランダの手すりに並ぶ。
「あーあ、すごいなあバイルは。ちょっと前まで私の方が先輩だったのに」
「若いうちは女の子の方が成長が早いからねぇ」
「何よ。バイルだって若いし、ちょっと前に大人になったばっかりでしょ」
「もう3年も前の話さ」
「それが今ではあんな大物を倒しちゃうなんて」
「アタシだって、もうダメかと思ったよ」
「嘘」
「えっ?」
「バイルは、私を巻き込みたくないから先に町に帰らせたんでしょう?」
「……そりゃそうさ。ジルエットはご両親から預かった大切な女の子だからね」
「ふぅん。そりゃまあ、うれしいけど、ありがと」
ジルエットはふてくされた顔のまま顔を赤らめている。
うんうん、ジルエットはバイルの事が好きなんだねぇ。
我が事のように嬉しいよ。
おっと、本当に我が事だったね。
「でも! だったら、もしバイルに何かあったら、私を一人きりにするつもりだったの!?」
ジルエットは目に涙を浮かべて怒ってくれている。
これは、真剣に応えないといけないねぇ。
「ジルエット、アタシはアンタを一人っきりになんてしないよ」
「……嘘」
ジルエットはじっとアタシの目を見つめてくる。バイルの、その奥のアタシの事を見つめるように。
「あんたのそういうオトナぶって余裕なところ、すっごく気に食わないんですけど!」
「うーん、それはすまないねぇ。ジルエットはアタシの事が嫌いになったかい?」
「ハァ!? そうは言ってないでしょ! ず、ずるいわよ、そういうの!」
ああ、なんだろうねえ。
微笑ましいなんて言っちゃいけないんだろうけど。
アタシにもあったねえ、こういう男と女の関係の始まりのもどかしい時期が。
もう何十年前の事だか。
まぁ、その時はアタシもジルエットみたいにあの人に散々自分の気持ちをぶつけたものだったねぇ。
こういう時、どうすればいいのかババアには分からないけど……。
あの頃のアタシならどうされたいのか、そして本来のこの身体の持ち主のバイルならどうするのか、アタシは自分の気持ちに従って自然と動いた。
「えっ、バ、バイル!? やだ、こんなところで」
アタシは優しくジルエットを抱きしめた。
ジルエットは身悶えするけれど逃げ出そうとはしない。
アタシの背はジルエットよりも高くなっていて、ジルエットの小さな体がアタシの腕の中にすっぽりと収まっていた。
火照った頬に山風が心地いい。
しばらく抱きしめているとジルエットの体からこわばりがほどけていくのを感じたよ。
「バイル……約束して。私を一人っきりにしないなんて言わなくていい。私がずっと貴方の事を想っている事、忘れないで」
「もちろんだよ、ジルエット」
「うん、じゃあわかった。誤魔化されてあげる。だからしばらく、抱きしめていて……」
ああ、ジルエットもしたたかな女の子なんだねぇ。
アタシが隠し事をしていることも見透かして、それごと受け入れてくれるんだね。
危険な冒険に付き合わせているのに、アタシだけが実は不死だなんて言えなくてねぇ。
アタシとジルエットの秘密の逢瀬は、探しに来たチセに見つかるまで続いた。
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