第8話 ババア・エクスプロージョン!

 ババアが走る。

 全裸に魔物の毛皮を巻き付けて左手首に自爆装置を付けたババアが死にかけのドラゴンの胃袋めがけて突っ走る。

 はぁ、我ながらなんて光景だい。

 でもしかたないね。やるっきゃないんだから。


「どおおりゃあああああ!」


 魔竜妃の肉を食って強化された魔物たちを薙ぎ払い、少しずつだが近づいていく。

 それでも魔竜妃に近づけば近づくほど魔物の数も勢いも増していく。

 ずっと前から走り続けてスタミナも限界だ。


「くっ、あとすこしっ!」


 切っても切っても切っても切っても、魔物たちは魔竜妃の肉を食って強くなりながら襲ってくる。

 もう剣は刃こぼれしまくりで切れ味も落ちて余計に力がかかる。


 魔物来る。

 切る。

 魔物退く。

 魔竜妃の肉で回復。

 また魔物来る。

 また切る。

 また魔物退く。

 また魔竜妃の肉で回復。

 またまた魔物来る。

 またまた切る。

 またまた魔物退く。

 またまた魔竜妃の肉で回復。

 またまたまた魔物来る。

 ……。


「らちがあかない!」


 アタシは魔竜妃と並走しながら魔物を切り倒していく。

 魔物は魔竜妃の肉を食ってどんどん強くなる。

 一方こっちは体力も限界だ。

 一旦離れて大回りして魔竜妃の進路で待ち構えるか?

 いや、そんなものよりももっと効果的な方法があるじゃないか。


 邪悪な賭けがアタシの脳裏をよぎる。

 アタシの横で這いずる魔竜妃の足は堅牢な鱗もめくれて血の滴る新鮮な肉が垂れ下がっている。

 ちょうど、剣を振ればそぎ落とせそうな肉片が目の前にある。

 人間が食べて大丈夫なのか?

 ためらう余裕はアタシには無かった。


「だあっ!」


 剣を横なぎに魔竜妃の足に突き立てる。

 切り飛ばされた肉片が宙を舞う。


「もらったぁ!」


 跳躍し、口を開け、赤子のこぶしぐらいの肉片を一気に頬張った。

 黒いオーラが唇の隙間から漏れる。

 噛みしめるとえぐい鮮血の味が広がる。


「んグゥ~~ッ! んがっぐ!」


 急いで噛み砕きすり潰して飲み込む。

 その瞬間、黒いオーラが胃からあふれて全身を蝕んだ。

 激痛が血管をとおして全身に広がる。

 すべての血が沸騰しそうなほど熱い。

 体が内側から焼かれる。

 自動治癒のスキルが無かったら全身が焼け爛れて煮崩れていただろう。


 でもその激痛と引き換えに、アタシの目論見通りだったことがわかった。

 痛みが治まる頃にはこれまでと比べ物にならないほど体が軽く、力が奥底から湧いてあふれ出ていた。

 手足の先が魔竜妃と同じ黒い鱗で覆われ始める。

 目も薄い膜に覆われて、魔力の流れを目で読み取れるようになっていた。


「これなら……いける!」


 魔物が魔竜妃の肉を食って強化されたように、アタシも魔竜妃の肉を食って強化された。

 全身から立ち上る黒いオーラのおかげで、やっちゃいけないことをやっちまったんだってことを感じさせられる。

 でもまぁ、仕方ないね。やっちまったモンはさ。

 アタシは足に力を込めて再び走り出す。

 これまでの疲れも嘘のように吹き飛んでいる。

 そして、速い。

 魔物がどこから襲ってくるか、どう避ければいいかも目で見ればすぐにわかる。

 勢い余って魔竜妃の頭を通り過ぎてしまったので、身をひるがえして正面から魔竜妃と対峙する。

 チセの魔力がこもったブレスレットが青白い輝きを増す。


「……アンタに恨みはないけど、村を潰されたチセの代わりにかたきをとらせてもらうよ」


 もう魔竜妃は目も魔物に食い荒らされてアタシの方を見ちゃいない。

 ただまっすぐに口を開けて這い進むだけだった。

 その開いた口の奥の暗闇めがけて、アタシは飛び込んだ。


「だりゃあ!」


 臭くてぬめる食道を通り抜けて、酸の臭いで満たされた胃袋に到達。

 呼吸もできない。

 左腕のブレスレットのおかげで胃袋の中が照らされる。

 強烈な胃液に溶かされたエルフの村人の残骸がチラリと見えてしまう。

 やり遂げねば。


「あぁ~、怖いよォ。恐ろしいねぇ。自爆かぁ……」


 不死と自動治癒のスキルのおかげで死にはしないんだろうけど、粉々に砕け散ってしまうんだろうねぇ。

 他の死体と混ざって復活したら嫌だなぁ。

 なんてことを思いながら、アタシは左手首のブレスレットを勢いよく引きちぎった。


 プツン


 膨大な魔力が溢れ出し、爆発する。

 激しい真っ白な光に包まれ、魔竜妃の体は内側からアタシごと吹き飛ぶ。


『……アリガトウ』


 ……?

 消えゆく意識の中で何かがアタシに告げた。

 魔竜妃に殺されたエルフたちの思念かな? とその時のアタシは思ったんだ。



 ***


 ふよふよ

 にゅるにゅる

 ずぞぞぞぞ


 砕け散ったアタシの肉片が宙を舞い地を這い寄り集まっていく。

 今度から自爆するときは全身で行かずに体の一部を誰かに預けてから行こう。じゃないと再生も一苦労だ。

 アタシは心に決めた。


「んぐぐぐ、復活!!」


 ある程度の塊まで寄り集まったところでアタシは新しい身体で再生した。

 怯えながら見守っていたチセはまたアタシの全裸に驚き戸惑う。


「バイルさん……無事? で何よりです」


 そっと、顔を真っ赤にして背けたまま自分のローブを差し出すチセ。

 アタシはそれを受け取って体に巻き付ける。


「まぁ、アタシは死ななかったし魔竜妃は倒せたし結果オーライだね」


 新品の体には魔竜妃の鱗は生えていなかったけれど、食べてしまったことは取り消せないようで体の奥底にあの黒いオーラを感じられた。

 ところであの魔竜妃は、と振り返ると魔竜妃の亡骸は黒い煙を上げながら燃えくすぶっているのが見えた。

 さすがに頑丈な鱗はチセの魔力にも耐えたようで、頭と鱗と骨は残っていたけれど内側の肉ははじけ飛んでしまっていた。

 もちろん魔竜妃は動きをやめて死んでいる。

 まわりに集まっていた魔物たちも爆発に驚いて散り散りに逃げていったようだった。

 エルフの森の平原には魔竜妃の残骸とアタシとチセだけが取り残されていた。


「バイルさん、ありがとうございます。私の力だけでは魔竜妃を倒せませんでした」

「まぁ、乗り掛かった舟だし。あいつも死にかけだったし。あの爆発だってアンタの力なんだし、止めを刺す手伝いをしただけだよアタシは」

「それでも、感謝してもし足りません。本当に、ありがとうございます!」


 チセはすっかり平身低頭している。


「良かったじゃないか、アンタは生き残れたんだ」

「はい! バイルさんのおかげです。私、これからも生き残ってこの村の事をずっと語り継ぎます!」


 アタシにローブを差し出してしまったせいで、下着姿のまま頭を下げ続けるチセ。

 チセはアタシがたしなめる時に言った言葉を真に受けているようだった。

 あれはただ死に急ぐアンタを言いくるめるための方便だったんだけどねぇ。

 まぁいいか。エルフだしどこかで生き延びていくんだろうね。


 ……まさかチセがこれから先もついてくるなんて思いもしなかったアタシは、また軽口を叩いちまうんだ。


「そうかい。じゃあ、アタシの事もずっと語り継いでおくれよ」


 ってね。


 その時のチセの顔、やる気と使命感に満ち溢れていたね。

 いいんだか、わるいんだか……。

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