第6話 ババアに任せな!

 血の道に飛び込んだジルエットを慌てて追うと、そこには肉塊を抱いて静かに泣く少女の姿があった。

 尖った耳、エメラルド色の巻き髪。エルフの少女だね。

 白いローブを肉塊の血で染めて泣いていたよ。かわいそうにねえ。

 見た所、少女自体は怪我をしていない。

 血だまりに足を踏み入れたアタシたちに気が付くと、ゆっくりと顔を上げるエルフの少女。

 その目つきは厳しく、悲しみよりも怒りがあふれ出ているようだったよ。


「……許さない」


 深い闇の中から絞り出したような声。

 その怒りはアタシたちになんて目もくれず、遠く平原の奥で歩みを止めない黒い塊に向けられていたよ。


「立てるかい、エルフのお嬢ちゃん」

「……」


 アタシが声をかけると、その子は抱いていた肉塊をそっと地面に下ろしてスッと立ち上がった。

 その足は自分のなすべき事をしっかりと分かっているように力強かったね。


「人間の町の冒険者……力を貸してください」


 エルフの少女はアタシたちの腕についた腕章を見てアタシたちが冒険者だとすぐに分かったみたいだね。

 見た目は幼いけれど、なんたってエルフだものね。アタシたちよりも何歳も年上で精神的には成熟しているんだろうねぇ。

 アタシがジルエットに目をやると、ジルエットもアタシの意図を察して小さく首を振る。


「すまないねえ、エルフのお嬢ちゃん。アタシたちは冒険者の中でもまだ駆け出し。この村をこんなにしちまうバケモノに立ち向かったって歯も立たずすぐに殺されちまうさ」

「……そう……ですか」


 エルフの少女はアタシたちの顔を見比べて、少しだけ目を伏せる。

 でも、まったく諦める気配は見えてこない。


「町のギルドに戻って報告すれば討伐隊も出てくれるかもしれないよ、それまで待てるかい?」


 アタシはジルエットにも聞こえるようにエルフの少女に告げる。

 それで納得する様子も無いけどね。


「ジルエット、先に町に戻ってギルドに報告しておいてくれるかい? アタシはこの子を連れていくからさ」

「……!」


 エルフの少女はそれを聞いて身構える。

 安全なところに連れて行ってやろうってのに、どうも嫌みたいだねぇ。

 まぁ、この子の気持ちはもう固まっているんだろうねえ。

 あのバケモノに一撃でも加えたい、命と引き換えにでも。そんなところだろうねぇ。

 困ったねぇ。


「……私は行きません。どうぞお二人とも帰ってください。ここはエルフの村、我々の災難は我々が始末します」

「でも、その村の人たちももうあいつには敵わないんだろう?」

「……そうです。あいつが来た時に地下の倉にいた私だけが生き残りました」

「じゃあアンタがいなくなったらこの村の事を語れる者がいなくなっちまうじゃないか」

「……構いません。もうどうせ、ここまで滅んでしまっては他の種族に侵略され消える運命です」

「本当にそれでいいのかい? アンタの親や村の仲間が生きていたって事を語り継ぐ者が誰もいなくなるんだよ? まるで最初からいなかったみたいに、なかったことにされちまっていいのかい? アンタが語り継がなかったらね」

「……私が、語り継ぐ?」


 エルフの少女がアタシの言葉に少しは耳を傾けてくれてる。あと一押しかねぇ。


「ジルエット! ここは任せて、町に!」

「はいはい、わかったわ」


 ジルエットはアタシの意図を汲んで、来た森の通路に駆けていく。

 すまないねえ、ジルエット。

 アンタを巻き込みたくなかったもんでね。

 ……どこまで意図が伝わってるかは分からないけど、これで少しは無茶もやれそうだよ。


「アタシはバイル。アンタは?」


 アタシは握手を求めて手を差し出す。

 エルフの少女は急な展開に戸惑いながら恐る恐る応えてくれたよ。


「……チセ」


 ゆっくり差し出されたチセの手をこちらから掴むように強く握りしめた。



 ***


 アタシとチセはエルフの村を縦断する巨大モンスターの後を追って走る。

 通り道の脇に倒れるエルフたちの死体も見当たらなくなっていった。

 それでも巨大モンスターの通ったあとは血だまりになっている。

 あのモンスターが血を流し続けているってことなのかねぇ。


「ハァ、ハァ……何なんだい、あのでっかいバケモノは」


 かれこれ10分は走っているというのに、遠くに見える黒い塊には一向に近づいているように思えない。

 巨大すぎて遠くから見える分、もっと小さくて近くにあるもんだと思っていたけれど……。

 改めて見直すと4~5階建ての家よりもでかいんじゃないかってぐらいのモンスターが、無数の小さいモンスターを引き連れているってことが分かったよ。


「あれは……魔竜妃です。エアルトの国じゅうのモンスター……魔竜子はアレから生まれたと言われています」

「つまり、モンスターたちの親玉ってわけかい」

「そのようなものです。近頃は力が弱まったのかどこかに身を潜めていたはずなのですが」

「そいつが出て来て大暴れしてるってことかい。恐ろしいねえ」

「いえ……私も140年しか生きていないのですが、全盛期の魔竜妃はこんなものの比では無かったはずです。炎の息ひとつで国が滅んだそうですから」

「あらまぁ。もっとおそろしいねえ」


 さらっと、チセが140歳という事を打ち明けられて驚いたよ。

 それよりも、息ひとつで国が滅ぶなんて大したバケモンだねえ。

 魔竜妃というのかい?

 魔物を産んで大暴れして。たまげたねぇ。

 母は強しというやつかねぇ。


「もう力も残っていないのかもしれません。ほら、見てください。この距離ならわかるでしょう」


 チセに言われて、あと数百メートル先というほどまで近づいた魔竜妃の姿を見る。

 その魔竜妃が引き連れている魔物たちは、魔竜妃の周りを飛び回って時折近づき、なんと魔竜妃に噛みついていたんだ。


「えぇー、なんだいありゃ。いじめられてるのかい?」

「いえ、あれは自分の肉を食べさせているんです。千年間かけて溜め込んだ魔力ごと自分の肉を食べさせて、あたりの魔竜子を強化しているんです」

「ひええ、おそろしいね!」

「おそらくあの魔竜妃もう死にかけ。こうやって出てきたのもあたりの魔竜子に自分を食べさせるためでしょう」

「死を悟っての行動ってわけかい」

「私の村は……ただ魔竜妃の通り道にあったというだけ。私たちの必死の抵抗も意に介さずに……死に場所を求めて歩くあいつの下敷きになって……お母さんは……」


 チセは涙を流しながらも走って魔竜妃を睨み付けている。

 やがて、魔竜妃までの距離も50メートルといったところまで近づいた。

 異様な全容が明らかになる。

 無数の魔物たちについばまれながら、歩みをやめない巨大な竜。

 背中に生えていただろう翼は飛膜を食い尽くされて根元の骨だけぶら下がっている。

 垂れ下がった尻尾は地面に引きずられたせいか、それとも噛みつき続けている魔物のせいか、根元の方で途切れていた。

 足は地面を這う魔物たちに食べられてしまったのか、骨がむき出しの膝のあたりで歩いているみたいだった。

 自分の体も支えられなくて腹で這っている姿でも胴の厚さだけで15メートル以上の高さがある。立ち上がったら本来はどれだけの大きさになるのやら。

 魔竜妃の周りを走り、飛び交う魔物たちは魔竜妃の肉を食べるたびに体が膨れ上がり怪しい黒い炎をまとっていく。


「なんだいこりゃ、たまげたねえ」

「バイルさん……構えてください。……来ます!」


 アタシの横でチセが詠唱を始める。空中に魔法陣が浮かび上がり光る。

 魔竜妃に食いついていた魔物たちがアタシたちの接近に気付いて飛びかかってくる。

 まるで、餌を横取りするなと言っているみたいだねぇ。


「やれやれ、露払いはこのババアに任せな!」


 アタシは剣を抜き、身構えた。



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