第4話 ババア、出るよ!

 チュン、チュン


 小鳥がさえずる朝の町をジルエットと並んで歩く。

 この山奥の町に来てまず向かうのは、この辺りを仕切る冒険者ギルドだね。

 見聞を広める旅に出ているんだからこの辺りの情報を仕入れるためにも冒険者ギルドは重要な拠点になるだろうよ。

 クエストをこなして旅の資金を蓄える必要もあるし、ギルドにはいろんな冒険者も訪ねてくるだろうから情報も集まりやすい。一石二鳥ってやつだね。

 町の中でもひときわ目立つ、酒場を兼ねた集会場が冒険者ギルドさ。


 冒険者ギルドには早朝から上半身裸の屈強な男たちが酒を飲んでいた。

 その横を通ってアタシたちは受付にたどり着く。


「ようこそ~、旅の方。ギルド証はお持ちですか~?」


 出迎えてくれたのは胸が大きくておっとりと優しそうな大人の受付嬢だった。

 あまり胸を見つめるとジルエットが怒りそうだと思ったけれど、むしろジルエットの方が目を見開いてじっと受付嬢の胸を見つめていたよ。自分の胸と見比べて青ざめているようだったから、何も言わないでおくね。

 アタシは地元の町のギルドに作ってもらった推薦状を2通差し出す。


「はい、港の町トマリの冒険者ギルドの推薦状です。よろしくお願いします」

「確認しますね~。……はい~、問題ありません~。ランク2のバイルさんと~、ランク5のジルエットさん~。森の町ニタイにようこそ~」


 受付嬢は簡単な鑑定魔法で推薦状を確認して、すぐにこの町のギルド証を発行してくれた。


「クエストは横の掲示板に貼り出されますので~、受注したいものがあったら張り紙を持ってきてください~。ランク要件に満たないものは受付できませんので注意してくださいね~」

「ご丁寧にありがとうねえ」

「この辺りは比較的平和なので~、お二人のランクでも受けられるものが多いですよ~。高ランクの冒険者さんには退屈かもしれませんが~」

「あらぁ、平和なのは良いことだねぇ」

「はい~。近くにエルフの森がありますので~。凶暴なモンスターはすぐにエルフさんに狩られてしまうんですね~」

「なるほどねえ。ご親切に教えてくれてありがとうねえ」

「お役に立てれば何よりです~」


 親切な受付嬢に教えてもらった通り、掲示板を見るとランク10以下のクエストがほとんどだった。

 アタシたちが受けられるランク5程度だと冒険者じゃなくても対処できそうな弱いモンスターの駆除だから、ほとんど日雇いの雑用のような仕事ばかりだね。


「う~ん……。畑の収穫ランク2、倒木の撤去ランク5、卵の運搬ランク4……。こんなものかしらね」


 ジルエットは掲示板の下の方をじっくりと眺めて、1日で終わりそうなクエストに目星をつけているようだった。

 アタシが掲示板の上の方を見ると、それなりに高ランクのクエストも出ていることに気付いた。


『凶暴化した食人鳥の駆除 ランク35』

『凶暴化した毒蜘蛛の駆除 ランク45』

『モンスター凶暴化の調査 ランク60』


 アタシは貼り出されているクエストから色々と察する。

 どうやらこの辺りではモンスターが凶暴化しているらしいね。

 この町に来るときに馬車の馬が怯えていたのに何か関係があるのかねぇ。


「バイル、何を見ているの?」

「いや、危険なクエストも出ているみたいだからアタシたちも気を付けないといけないねと思ったのさ」

「ふぅん……凶暴化かぁ。まあ私たちはできる事だけやっていきましょ」

「それもそうだねぇ」


 結局アタシたちはジルエットが選んだ『薬草の収穫 ランク5』のクエストを受注することにした。

 クエストの張り紙を受付に持っていくと、さっきのおっとりした受付嬢が丁寧に受注処理をしてくれたよ。


「町から東の森ですね~。薬草が生えているのはエルフの森の入口近くですので~、くれぐれも注意してください~」

「注意って言うと、やっぱりエルフの事で?」

「はい~。エルフの森の入口は松明つきのアーチがありますのですぐわかると思います~。ちょっとでも入口より先に入ったら……ギルドとしても命の保証はできません~」

「手厳しいね……まあ、仕方ないんだろうね」

「森のエルフとは不可侵協定を結んでいますますから~。人間の冒険者が立ち入った場合の賠償はその冒険者の装備や所持品で賄われるそうです~」

「なんだって、恐ろしいねぇ!」

「冒険者ギルドの紋章付きの腕章を貸し出しますので、しっかりと見える位置につけておいてくださいね~」

「ありがたく拝借させてもらうよ」

「それでは冒険者さま2名ご出立~。いってらっしゃ~い」


 それでアタシたちは山奥の町で初めてのクエストに出たってわけさ。

 何事も無いといいんだけどねえ。



 ***


 ギィーッ! ギィーッ!


 恐ろしいモンスターの鳴き声が飛び交う森の中をアタシたちはかごを背負って歩いていく。

 薬草の収穫だなんて簡単なクエストでランクが5もあるからどうしたもんかと思ったけれど、要するに薬草が生えている場所が危険だから冒険者に行かせるって事だったんだねぇ。

 アタシたちは強そうなモンスターに怯えながら森の中を慎重に進んでいったよ。


「あぁー、恐ろしいねぇ! なんだいここは? アタシたち魔界に入りこんじまったのかい」

「大声出さないの! とっとと薬草を取って帰りましょ」

「世も末だよホント。勘弁しておくれよ」


 ジルエットは事も無げに進んでいくけど、アタシはもうガクガクのブルブルだったんだよ。

 アタシは魔法を使えるわけでもなし、転生ボーナスってヤツだって死なないってだけでモンスターをバッサバサ倒せるわけじゃないからね。

 地道に鍛えた剣の技だけがアタシの頼りなんだ。そりゃ怯えもするさ。


「と、止まって! バイル!」

「くわばらくわばら……えっ?」


 ぐいっ!


 ジルエットは急にアタシの手を掴んで強引に引っ張った。バランスを崩したアタシは頭から地面に突っ伏したよ。


「ぐえっ!」

「そのまま伏せてて!」


 頭をジルエットの胸でおさえられて身動きも取れないんで仕方なく倒れたまま視線だけであたりを探る。


 ズズ……ズズズ……


「揺れてる……」

「バイルも感じる? 今、なにかものすごく大きなものが動いた気がするの……なにかしら。怖いわ」


 ジルエットの声が震えている。

 魔力を感じ取るセンスがあるジルエットには大きなモンスターの気配も濃く感じるんだろうね。


「……大丈夫だよ、ジルエット。デカブツは遠ざかってるみたいだね。揺れが小さくなってきたよ」

「そう……あっ、ご、ごめんなさい私ったら!」


 ジルエットはアタシの頭に胸を押し付けているのにようやく気付いたみたいで、慌てて飛び起きた。


「と、とにかく早くクエストを終わらせちゃいましょう!」

「そうだねぇ、おっかないもんね」

「確か薬草は……エルフの森の入口に……あっ!」


 歩き出したと思ったらジルエットは声を上げてこわばった。

 アタシもジルエットの視線の先を見ると……。

 確かにあったよ、エルフの森の入口がね。

 木の枝につるを巻き付けて作ったアーチに松明が立てかけてある。教えてもらった通りの目印だね。

 でも予想と違ったのは、そのアーチがたぶん左半分しかないってこと。

 右半分は?


 アーチの右半分は何か巨大なものが通った跡のように地面ごとえぐれてしまっていたよ。


 アタシたちはしばし茫然とその様子を眺めるしかできなかったねえ。

 薬草採集のクエストどころじゃない、とんでもない事が起きていると理解したのは、しばらく後になってからだったよ。


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