第3話 ババアとラブホテルかい!?

 アタシとジルエットを乗せた馬車は予定通り日の出とともに町を出た。

 赤い朝日が海面を照らして、空まで赤色に染めてまぶしい。

 ジルエットは名残惜しそうに海を見続けていたよ。

 海辺の町に生まれてそこを離れたことが無かったジルエットには、海が見えない山奥に行くなんて初めての経験だろうね。

 アタシもそのはずなんだけど、前世では山育ちだったからねぇ。

 余計な記憶が多いと感動も水を差されてしまうんだねぇ。


 これからアタシたちが向かう予定なのは、生まれ育った海辺の町から馬車で3日の山奥。

 聞いたところではエルフの森が近くにあって山奥でも発展しているらしい。

 森の守り人と言われるエルフがいるならモンスターも近寄れないだろうけど、どういうわけかエルフはモンスターだけじゃなくて人間も嫌っているらしいねぇ。

 不用意に森にはいると毒矢で追い回されるらしいねぇ。

 恐ろしいねぇ。

 やだよォ、争い事は。

 このババアが手土産にオハギでも持って行ったら許しちゃくれないかねぇ。

 いちげんさんはお断りって奴なのかねぇ。

 恐ろしいねぇ……。


「ねえバイル! 見て見て、野ウサギだよ」

「あら~、可愛らしいねぇ」

「バイル! 空見て、鳥がきれいに列になって飛んでるよ!」

「まぁ~、素晴らしいねぇ」

「キャッ! 馬人の群れよ! 私、見るの初めて!」

「アタシも初めてだよ、恐ろしいねぇ」


 昨晩の不安もどこへやら、ジルエットは馬車のホロの隙間から周りの景色を見ては珍しいものに歓声を上げているよ。

 前世でサファリパークに観光旅行に行った時の孫娘を見るようで、微笑ましいねぇ。


「ねえ、バイル」

「今度は何を見つけたんだい? 逆立ちしているカバでも見たのかい?」

「私をあの町から連れ出してくれてありがとう」

「ンまぁ! どうしたんだい急に。しおらしいじゃないのさ」

「べ、別に! ただ、お礼が言いたくなっただけ」

「そうかい。楽しそうなジルエットを見ているとアタシも嬉しいよ」

「……えへへ。ゴメンね、これから危険な旅だっていうのに」

「いいってことさ。クエストを受注するまではずっと馬車で移動するだけだからね。四六時中ずっと気を張り詰めていたら疲れちまうよ」

「そうだね。はぁ~、安心するなぁ。バイルのそういう悠長なところ」


 ジルエットはアタシと二人っきりになってすっかり気が緩んだみたいで、ますます恋する乙女みたいに甘い空気を出しているね。

 まぁ、それもそのはず。アタシだって前世のババアの記憶があるってこと以外は年頃の男の子なんだからね。

 アタシの中の男の子の部分も、美しく成長したジルエットに見惚れているよ。

 この身体の持ち主、バイルだって前世の記憶が無けりゃ今ごろ浮かれてのぼせ上っている事だろうさ。

 そう考えると申し訳ないねぇ。

 ジルエットがときめいているお相手の中身がこんなババアだなんてネェ。

 とはいえアタシがこのバイルの体に入っていなかったらそもそも生きて産まれてこなかったんだから……気持ちは複雑だねぇ。


 馬車は2泊3日がかりで山奥の隣町を目指す。途中で2回、道中の馬宿に寄ることになっている。

 この辺りの往来の道はすっかり整備されているようで、ちょうど日が沈む前にたどり着くような位置に馬宿が建てられいるんだね。

 このババアも今は若い身体とはいえ、日中ずっと馬車に揺られているのはそれだけで疲れちまう。

 最初の馬宿についたころにはアタシもジルエットもクタクタになっていたよ。


「御者さん、世話になったねえ、ありがとうねぇ」

「おう、若いの。明日も日の出に出発だから遅れるなよ」

「あいあい、世話になるよ」

「泊まるんなら奥の部屋を使ってくんな。新婚さんなら夫婦水入らずで過ごしてぇだろ」

「そうだねぇ、そうさせてもらうよ。ご丁寧にありがとうねぇ」


 アタシは御者に少しの駄賃を渡して荷物を運んでもらって、教えてもらった通り馬宿の奥の部屋でジルエットと休むことにした。


「はぁー、くたびれたくたびれた!」


 部屋に入るなりアタシは窓際のベッドに飛び込む。前世で乗った夜行バスよりは気が楽だけど馬車は揺れが激しくて好かないねぇ。

 なんて思っているとジルエットが入口に突っ立ったまま顔を真っ赤にしているのに気付いた。


「ふ、ふふふ」

「何を笑っているんだい? 早くジルエットも休みなよ。体力がもたないよ?」

「ふふふふふふ、夫婦ですって!?」


 ジルエットは耳まで赤くして口元も笑みをこらえている様子だったのに、なぜか口調は怒っている。

 そういえばこの部屋はやたら大きいベッドが一つあるだけで、ここで寝るとなると二人並んで寝ないといけないねえ。


「いいじゃないのさ。アタシたち二人とも子供が作れる歳なんだし、夫婦だと思われたならそのまま通した方が面倒も無いよ」

「こここ、子供ォ!?」


 ボフン、と見るからに湯気が立ちそうなほどジルエットは一層顔を赤くして……。

 あれまぁ! それじゃまるで茹でダコみたいだねぇ。

 おそろしいねぇ。


「ジルエット、寝ないなら先にシャワー浴びて来なよ」

「~~~~っ! ~っ! ~っ!」


 ジルエットは口をパクパクさせて両手を振り回し地団太を踏む。

 いつまでもそうしているみたいだからアタシは先に寝やすいように装備を脱ぎ始めたんだけど、ジルエットは慌てて浴室に駆けて行ってしまったよ。

 なんなのさ、一体。

 それから、風呂場から出てすぐ裸で布団に入ろうとしたジルエットを叱りつけて寝かせた後、アタシもようやく眠りについたってわけさ。


 ***


「ジルエット、何を怒っているのさ」

「……フンッ!」


 次の日の馬車ではジルエットは拗ねてずっとそっぽを向いていたよ。

 2日目の旅は何事もなく順調……と言いたかったんだけど、アタシはジルエットご機嫌を取るのに精いっぱいだったさ。

 途中で御者さんが気を利かせて一面の花畑に寄ってくれてねえ。

 摘んだ花を冠に編んでプレゼントしたらようやくジルエットは機嫌を直してくれたよ。

 やっぱり女の子はお花が好きなんだねぇ。


 次の馬宿に着く頃にはすっかり上機嫌で花冠をつけたままのジルエットが我先にと奥の部屋に行ってしまってね。

 妙に甘えるジルエットを撫でて甘えさせているうちに2人とも眠ってしまったよ。


 だけど次の日の朝も順調、というわけにはいかなかったね。

 アタシとジルエットは仲良く日の出ごろに馬車に乗り込もうとしたんだけど、御者さんが何だか焦っていたんだ。


「もしもし、どうかなすったのかい?」

「おう、若いの……。すまねえ、馬の調子が悪くてよ。出発が少し遅れるぜ」

「あらまあ、それはそれはお大事に。どうしたのかねえ、昨日まで元気だったのに。怪我でもしちまったのかい?」

「いや、オレにもわからねえが……こいつら妙に怯えてやがるんだ。この先に何かやべえモンスターでもいるんだか」

「マァ~、恐ろしいねぇ。そういう事なら仕方ないね。いいよいいよ、気長にいこうじゃないか」

「もう少し明るくなったらこいつらも落ち着くと思うんだ。朝飯でもゆっくり食っててくれ」

「そうさせてもらうよ、それじゃあまた来るからね」


 結局それから昼頃まで馬宿で時間をつぶして、まだ怯えた様子の馬たちに引かれながら馬車に乗ったよ。

 案の定、次の町に着いたのはすっかり日も落ちた頃になっていたね。


「ついたぜ、若いの。遅くなっちまって済まなかったな」

「あら! いいんだよぉ。この町のギルドに寄るのはまた明日にするからさ」

「そうか、あんたら冒険者なんだな。じゃあ気を付けな、この辺りのモンスターは妙に騒がしい」

「忠告感謝するよ。御者さんも気を付けるんだよ」


 アタシたちは御者さんに礼を言って別れ、まずは宿をとることにした。

 馬宿同様に新婚夫婦ってことにして部屋を取ったら、何だか妙に色っぽい部屋に案内されてしまってね。

 ジルエットはもう部屋の中を見たとたんに顔を真っ赤にしてうつむいて動かなくなっちまったよ。

 ガラス張りの浴室に、鏡張りの寝室。


 なるほどね。

 ババアは前世でも行ったことないけどピンときたよ。

 これが噂のラブホテルかい!?


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