第1話 ババアが美少年に転生!?

 真っ暗な空間の中でアタシたちの周りだけがスポットライトのように光で照らされていた。


「このババアが異世界転生だって!?」


 アタシは死神ココに食ってかかる。


「おやおやおや、昭和生まれで88歳の老女でも異世界転生をご存じで?」

「ナメんじゃないよっ! アタシゃねえ、若い頃は指輪物語も読んだしナルニア国物語だって読んでるんだよっ!」

「んん~、微妙にジャンルが違いますが……まあ似たような物でしょう!」

「何だか煮え切らないねぇ。それで一体アタシゃどうすりゃいいんだい?」

「この世界には今、ある危機が迫っています。それが何かをあなた自身の手で探り当て、解決していただきたいのです」

「こんなババアに何ができるって言うんだい? だってアタシゃもう死んじまってるんだよ!」


 死神ココは胸ぐらを掴むアタシの手から煙のように消えて少し離れた所にまた現れた。

 便利な体だねぇ。


「では改めてご説明しましょう! まず体ですが……この世界の住民の一人で今ちょうど死産になった少年がいます」


 死神ココの言葉に応じるように闇の中に四角い枠が現れてテレビのように映像が流れた。

 これから新しく行く世界の住人らしい若い妊婦の腹から赤子の霊魂が抜け落ちる映像。妊婦はまだ気づかないが赤子が死ぬのは時間の問題のようだ。


「貴方にはこの少年の体を引き継いでこの世界の住人として生まれ落ちていただきます。これで肉体の問題は解決ですね」

「ちょ、ちょっと待ちな。少年だって!? アタシが男の子になるのかい!?」

「性別など些細な問題です。ワレワレも死産の少女を探したのですが今ちょうど空いていないものでして」

「そうかい……」


 アタシは空間に浮かぶ映像に目をやる。

 お腹の子どもが死んだとも気付かずに幸せそうにお腹をさするその母親を見てつい情に流されてしまったよ。

 アタシが代わりにその子どもの体を借りて、悲しみがひとつでも減るなら……男の子になってみるのも良いかと思ったんだ。


「しかーし、それだけではこのキビシイ世界を生きていけません。そこでワレワレからの転生ボーナスです!」


 ドン! ドン!


 2つのプレゼントボックスが煙とともに空中に現れた。

 茫然と見ているアタシの目の前で1つずつ開いていく。


「ひとつめ、選択的不老不死! いつでも好きな時に不老にも不死にもなれます。ただし、成長を巻き戻すことはできませんのでお気をつけて!」


 死神ココは手品師の真似でもしているのか大げさな手つきで次の箱を指さす。


「ふたつめ、自動治癒! 死ななくても体は傷つくもの。自動治癒があればチリになったって自動的に元の姿に元通り! 服は諦めてくださいね」


 箱から飛び出した光はアタシの体にまとわりついて吸収されていく。


「残念ながら、生死を司るワレワレが与えられるのはそれっぽっちです。どうか長旅お気をつけて」

「それっぽっち、って……ずいぶんと大それた力じゃないかい?」

「おや、気に入っていただけましたか。イヤハヤ、近頃のテンセイシャときたら『鑑定』を付けろだの『自動翻訳』を付けろだの『アイテムボックス』を付けろだの……もうっもうっ!」


 死神ココは珍しく感情を露わにして不満を訴える。


「アタシに言われた所で何もフォローできないンだけどねぇ」

「おっと失礼。それでは早速ですが転生の準備に入ります。そうそう、言い忘れていましたけれど……」


 死神のココがアタシに向かって指をぐるぐると回し始める。アタシの視界もそれにつられてぐるぐると回り始めた。


「なん……だい……? ああ、目が回ってきたよ」

「貴方の魂はこれから赤子の体に入ります。そこでちょっとしたトラブルなのですが、実は一時的に記憶を保っていられなくてですね」

「あんだって?」

「生まれ変わった貴方は物心がつくまで……子を成せる年齢になるまで、前世である伊東さつきさんとしての記憶がすべて封印されます。でもご安心を。その時が来たらすべてを思い出しますので」


 ぐわんぐわん。

 視界の揺れがもう限界。船酔いみたいな吐き気がこみ上がってくる。

 は、はきそうだよ。


「それではワレワレのサポートもここまで。試練を乗り越えたらまたお会いしましょう! 良い旅を!」

「オエ~~~~ッ」



 ***



「ハッ! 夢か!?」


 海鳥のさえずる声と窓から差し込む日の光に起こされた俺はベッドから出てカーテンと窓を一気に開ける。

 窓の外に広がるのは、奥半分が海、手前半分が俺の住む町。大きな階段状になっている俺の町はどの家の窓からも海の日の出が見えるってことが自慢だ。


「良い朝だなぁ!」


 俺は潮風を胸いっぱいに吸い込み、声を張り上げて気合を入れる。

 しかし冷汗は止まらなかった。

 夢の中で俺は88歳のババアだった。なんて悪夢だ。そんなはずはない。だって俺は……。


「俺の名はバイル・コーチュン。12歳。エアルトの冒険者……志望。そして、男だ」


 俺は鏡をじっと見つめる。


「俺は誰だ、お前は誰だ、俺は誰だ、お前は誰だ、俺は誰だ、お前は……」


 自分が何者なのかを深く考える。

 そしてふと、頭の中の靄が急に晴れてすっきりと理解できた。



「……たまげたァ。ホントに男の子になっているなんてネェ」


 アタシは鏡の中の自分の姿をじっくり眺める。

 気の強そうな小柄な男の子が鏡の中からアタシを睨み付けていた。

 きゃしゃな体は歳相応といったところ。寝巻がはだけて薄い胸板はなんとも頼りない。

 堅そうな茶色の髪は寝ぐせも跳ね除けて逆立っている。


「なんだい、コリャずいぶんと美少年に生まれたもんだね!」


 すらりと細い頬には十字の刀傷。意志の強そうな太い眉毛。

 鏡の横のショートソードは父親から譲ってもらった愛剣だ。


「思い出した、すべて思い出したよ。アタシは前世で88歳のババアだった。そして12年間、この異世界エアルトで男の子として生きてきたんだね」


 死産の予定だった赤子の体を借りたのがつい先ほどのことのように感じる。

 それから先の12年のこともビデオの早送りのようにすべて脳裏に流れ込んできた。


「なんだか、自分のことなのに急に微笑ましく思えてきたねぇ。前世の孫は女の子ばっかりだったから、なんだか愛着も湧いてきたよ」


 12年間見慣れたはずの自分の体を改めて眺める。こうして見ると冒険者を目指しているなんてことも頼りなく思えてしまう。


「んっ、これは……!」


 つい出来心でズボンの前も引っ張って確かめる。幼い無毛の男性器がちょこんと生えていたが、バリバリとズボンに貼り付いてしまっている。

 まるで糊でもこぼしたように……。


「あっ、ふぅん。……なるほどねぇ。バイルくんも一人前の男の子ってわけかい」


 アタシはバイル少年の性徴……もとい成長を実感した。

 これがあの死神ココが言っていた、『子を成せる年齢になるまで』ってことだね。

 肉体的には一人前の男になったからババアだった時のことも思い出せるようになった、と。

 急に頭に芽生えたババア人格にプライバシーを侵害されて頭の中の純粋な男の子だった部分が抗議しているような気もするけれど、あえて他人事のように無視する。

 これからはアタシもバイルなんだ。よろしく頼むよ。

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