ババア転生 Brave Beyond Anthem

雪下淡花

プロローグ ババア死す!

 ファーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



 長い長い長い長い長い長い長いクラクションが朝靄の残る街に響く。

 火葬場を備えた斎場だったので、アタシの遺体を乗せた霊柩車は軽く町内を回って戻ってくるはずだ。

 車を見送る人々は目頭にハンカチを当てていた。

 惜しまれて死ねたのは悪い気はしない。米寿まで生きてこられたのも支えてくれた家族のおかげ。

 だけど。

 遺された皆には悪いけどね、アタシはずっとこの時を待っていたんだよ。

 夫に先立たれて50年、死を選ぶこともできずに必死に生きてきたんだ。


「伊東さつきさん、お別れは済みましたか?」


 細い吊り目に短い黒髪で薄ら笑いを浮かべた黒ずくめのコイツのせいでね。

 気が付くと後ろに立っていたソイツはアタシに話しかけてきた。


「ご逝去、おめでとうございます!」

「フン、そんな言い方があるかい」


 道路の真ん中で突っ立っているアタシたちを気に留める人はいない。

 2人めがけて突っ込んできた車もスッとすり抜けてしまう。

 自分の死体を見送ったアタシは今や霊魂のようなものなのだろう。

 目の前のコイツも50年前からずっと変わらない姿で半透明なまま。


「ココ。約束通り、あの人に会えるんだろうねぇ?」

「もちろんです! 貴方は孤独な50年を耐え、試練に挑戦する権利を得たのですから!」


 キツネ顔の黒ずくめ、自称死神のココはわざとらしく手をすり合わせながら声を張り上げる。

 あくまで今までの50年は前座にすぎないという事を言外に強調していた。

 そんなこと、50年間言われ続けて聞き飽きてきたんだけどね。


「ワレワレ死神といえど、死んだ者を生き返らせることはできません! ですが、死んでしまった者に会いたいというならばその者の魂の導かれた場所と同じ所へ貴方を送ることならできるのです! その資格を得るためにこれから受けていただく試練を乗り越えたのならば、ですがね!」

「回りくどいねェ」

「貴方がこれからの試練に耐えうる魂を持っているかを見定める必要があったのですよ。試練を課すにもいろいろと手間がかかるものでして、ハイ」

「それで、試練ってやつは何をすればいいんだい」

「オヤ、せっかちですねぇ。気長にいかないとこの先もたないですよ、クッフッフ」


 この性悪な死神ココにそそのかされてアタシは50年間待ち続けた。

 死んだ夫に一目会いたいと願ったばっかりに。

 やれやれ、これから先どんなことをさせられるのやら。


「詳しい説明は次の場所でしましょう。実際、見てもらいながらの方が早いですので」

「次の場所だって? あの世にでも連れて行ってくれるのかい?」

「この世と異なる世界、という意味ではあの世と言っても差し支えないでしょう。ただし地獄でも天国でも、ましてや極楽でもありませんよ」


 死神ココは帰ってきた霊柩車に手を振り意地の悪い笑顔を浮かべている。

 何を言っているのかアタシにはサッパリ理解できなかったけどね。

 やがて立ち上った火葬場の煙に乗って、アタシたちは空へと昇っていった。


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