05:空箱と夜食。

 イベント期間に入ったところで特に何があるわけでもなく、小日向ヒナはちょっとだけ戦いに傾いた夜の日々を謳歌していた。慣れてしまえばなんてことはない、単なる消化作業のようなものになってしまうのだろうが、今の小日向ヒナにとっては何だって新鮮で何だって楽しめた。

 例えばこの目の前に広がる迷宮も、思っていたよりは悪くはないと感じている。今立つこの場所は昼間であれば多くの学生が行き交う校舎のはずで、小日向ヒナにとってはあまり好ましくない場所でもあったが、夜の間はガラリと空気を捩じらせて石畳と白銀の迷宮に変貌しているのだから面白い。


「白銀の宮……ってことは、結構ラッキーだな。最奥まで潜るぞ、美味いのが埋まってるぞ」


 イベント的にはたまに出てくるボーナスシナリオだそうで、最後まで踏破するといいものがもらえるのだそうだ。

 かんかんと馴染みのない足音と残響のように聞こえてくる敵と思しき足音に耳をすませながら、相手が気が付かない瞬間に頭を刈り取っていく。高見ヒロ曰くスニークというものらしいが、細かい用語を理解するほど容量が良いわけではないヒナはとりあえずそういうものらしいと頷くに留める。


「あ、宝箱」


 小部屋の敵を一掃すると宝箱が現れるのがなんだかチープでゲーム的なのだが、何となくで宝箱に手を付けようとしたヒナの手を高見ヒロが止める。


「止めときな、罠だ」

「そうなのか」

「アラジンの魔法の洞窟の話、知らないか?」


 名前は知っているが最後まで完走した覚えがないヒナは首を振る、高見ヒロは「まぁ最近はもっぱらモチーフキャラばっかだもんな」と肩を竦めては魔法の洞窟についてざっくり説明する。簡単に言ってしまえば、道中に現れる宝箱や財宝には一切手を触れてはいけないらしい。触れてしまうと魔法の洞窟自体の逆鱗に触れ、やってきた盗人たちに制裁を与えるのだという。

 

「イベントシナリオ的には、魔法の洞窟は先に侵入したマモノを追い出したいが方法がない。だから後からやってきた俺たちに代わりにマモノを追い出してもらおうって算段なわけだ」


 だからこそ魔法の洞窟から敵対視されてないからこうやって殴り合っても怒られないし、敵を殺すだけなら洞窟から歓迎される。


「それで、モノを取ったら僕たちが泥棒になるから洞窟が怒る……と」

「そうそう」

「なんだか意地悪な洞窟だなぁ」

「試練ってのはそんなもんさ」


 次なる小部屋へと歩みを進めながらそんなささやかな話をする。こうして話をするときだけは、高見ヒロが一歩前を進んで歩いていく。その一歩後ろでヒナは背を追いかけてついていく。戦闘の時前面に出るのはヒナだったが、こうやって誰かの後ろについていくのも悪くないと思った。

 ただまぁ。


「やべえ大物だ、おひなさま頼んだ」

「もうちょっと頑張ろうって欠片でもいいから思わないのかい」


 ちょっと強いマモノが出た瞬間ヒナの背中に秒で逃げる高見ヒロは、やはりお前はこういう男だよなと安堵と呆れが入り混じる。悪い人ではないが、かっこ良くはない。そう悪い人では。


「流石だおひなさま! 今日は絶好調だな!」

「……まぁね」


 ないのだが。

 とまぁやんややんや二人で進んでいく。ふと端末を確認すれば、結構なspが振り込まれていた。いくつか新しい武器も拾っていたらしかったが、それが良いものなのかどうなのかは分からないヒナは深く考えずにそれらをアイテムバッグに放り込んだ。

 そんなものよりも、今はこうして見知ったはずの知らない風景を歩いていくほうがわくわくする。睡眠薬をしばらく使っていないせいか、ヒナのテンションは珍しくふわふわしていた。

 

「行き止まりだね」

「ってことはここが最奥だな、おつかれさん」


 そうこうしているうちに一番奥の部屋に辿り着いてしまったらしく、シナリオはここまでらしいと少しばかり残念に名残惜しく思う。そんなヒナの気分も知らずか、高見ヒロは「そろそろ戻るか」と生あくびをして見せた。


「ここまで潜っても何もないんだね」

 

 帰り際にもう一度振り返る、宝箱らしいものはなく財宝らしいものもなく。ただそこにはそれらしく透明な石碑だけが置かれているだけだった。


「"手を伸ばせば財を得るだろう、ただしその手を汚すほどの価値を財は持つだろうか”」

「……なにそれ」

「そこの碑石の文章。思えば変な話だよな。ここの宝物はダメで、spと武器はくれるって」


 まるで自分たちが夜中駆けまわって集めているspや武器には価値がないのだと、そんな風に言われている気がしてちょっと気分が悪くなると高見ヒロは苦笑する。

 帰り道の階段を下る、変だなと思えばいつの間にか夜の校舎の景色に戻っていた。不審者で通報されないだろうかと窓ガラスの先の月を見る、ガラスに反射するはずの自分たちの姿は見えなかった。

 何事もなく外に出てしまえば、仕事をし続けている誘蛾灯がじりじりと鳴った。しんとした静寂に戻ってくると、その反動でか聞こえるあらゆる音が大きく聞こえてくる。

 

「今回の、楽しかったよ」

「そうか?」

「うん」

「そうか」


 冷めていく熱をゆるゆる蹴飛ばしながら、いつも通りの道を行く。もう日付を跨いだだろうか、もう少し夜のままでいてくれても構わないのだが。


「なんか食う? 奢るぞ」

「いいの?」

「八割戦闘任せたしな」

「じゃあたかっていいね、自販機のラーメンがいいな」

「きみって理由あるとわりと容赦ねえよな、俺も食べたいから奢るけどよ」


 夜が白む前に早く行こう、並んで二人は歩いていく。

 シェヘラザードの試練はまだ続く、試練の夜はまだ続く。

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