04:魔法の合言葉と魔法の夜にランプは不在。

 さくさくと泡を切るような手ごたえが指に伝う、まるでスナック菓子でも切っている手軽さにヒナは一周回ってくすぐったくなってしまった。指先が細かくぞわぞわする感覚に、もっと強い衝撃が欲しいと大振りのナイフを振り回す。泡のようなお菓子のような今宵の化け物はさっぱり吹き飛んで、ちらちらと花びらのように残骸を散らす。

 桜のようだと一枚手に取れば、手の元にやってきたそれはどろりと溶けて見る影もない。そうだったそうだった、見た目が何であれこれは中身はずいぶんと目も当てられないものに違いないのだ。夢見がちな少女は残骸の雨の中微笑む、真実にさえ気が付かなければそれはそれで美しいといえただろうか。


「おーい、戻ってこーい」


 はっとヒナは意識を呼び戻す、声に方向に視線を向ければいつも通り草臥れた姿をしている青年高見ヒロが手を振っていた。少女は親鳥を見つけた小鳥のように、たったたったと軽い足音を落としながら駆け寄っていく。


「ただいまぁ……っと、とと」

「おっと、大丈夫か? いや頭大丈夫じゃないのはよく知ってるけどさ」


 勢い余ったヒナをハイタッチするように高見ヒロが両の手でやんわり受け止めながら、そんな風に肩を竦めては目を細める。頭がぶっとんでると平然と言い放った彼に、ヒナは笑いながら「きみが言えた話かな」と言葉をさっくり投げ返す。予想はしていただろうにわざとらしく、高見ヒロは参った参ったと苦笑してみせた。


「お、来たみたいだな」


 そんな車も通らない大通りのど真ん中、自由奔放にあーだこーだ掛け合いを続ける少年少女に声をかける人間が現れるのを機敏に察知した高見ヒロは、それが分からない顔をするヒナに顎で方角を示す。

 寒そうに厚着をしている、高身長の男性だった。街灯の光に影を落としながら、ゆらゆらとマフラーを泳がせては「やぁやぁ」と手を挙げる。その顔はきのこ傘のような髪型のせいか目を見ることが出来ない。


「相変わらず仲が良いようで、いいことです」

「そっちも相変わらずみたいだな、佐々木のおっさん。いや、ギルドマスターって呼んだ方がいいかい?」

「どちらでもお好きなように。挨拶が遅れましたね、こんばんは。お嬢さん」


 会話を振られてヒナは「どうも」と会釈をする。少女の性格を知っている高見ヒロはその様子に深くつっこまず、そして察しの良い男性はにこやかな顔をして「とりあえず場所を変えましょうか」と案内を始める。

 男性の名は佐々木トウヤというのだと、移動しながら思い出していない様子のヒナを見かねて高見ヒロが教えてくれる。街はずれの教会で神父のような牧師のようなことを営んでいるようで、そして彼も白夜病罹患者であり比較的マシなほうだと。マシなほう、といってそれがどういった意味でのマシなのか。ヒナにはよく分からなかったが、そこまで考える話でもないか思考を放り投げる。

 

「にしても、わざわざ会いに来るとは驚いたな。アナログ人間ってわけじゃないだろ?」

「大した理由ではありませんよ。たまには仕事しないとギルマスさん蹴られてしまう気がしまして……それにこの頃物騒ですから」


 物騒? と問いかけてみれば曰くここのところこの街で怪死事件が多発しているらしい。鳩や烏、池の鯉が突然大量死なんて序の口で自殺未遂や殺人、強盗、暴走も起きているのだとか。しばらくニュースを意識していなかったヒナは条件反射でスマホを開く、久しく開いた情報検索アプリの大見出しは「謎の大量死・続く怪事件」と表示されていた。

 

「これは噂なんですが、どうにもプレイヤー側も死人が出たそうで」


 深夜の駐車場のゲートを飛び越えるその身軽さのわりに、声色はどうにも深刻で一周して楽しんでいそうな声だとヒナは思い首を傾げる。この人ほんと相変わらずだなと高見ヒロが笑う。そんな二人を見てか知らずか、佐々木という男はにこにこ穏やかなままである。

 

「ここらでいいでしょう。今回の動きを確認しましょうか、小日向さんは今回初めての試練ですね」

「何かしなきゃいけないことはある?」

「プレイヤー戦の応援に出向いてもらう以外は普段と特に変わりないですね。ただ、変わりがないとはいえイベント中は出来る限り誰かと行動するほうが賢明でしょう」

 

 縁石に腰を下ろして談笑する不良のように戦略ともいえないイベント進行の話を淡々と進める。情報は高見ヒロが常に見ているので、ヒナにとってはちょっとやることが多いだけの普段の火遊びと変わりない。そのことが少しばかり肩透かしだとも、安堵したとも、なんともいえない気分に胸の奥がふわふわしている。

 まるで遠足に向かう前のこどものようだと気が付いて心なしか恥ずかしくなるヒナだったが、そんな様子にまるで気が付かない高見ヒロは首を傾げては何か納得する憶測を立てたらしく特に何も言うことはなかった。

 

「始まりますよ」


 促されスマホをみやれば、また勝手に開いたアプリの画面にカウントダウンが表示されている。10あったカウントがカチリかちりと形を変えていく。長い10秒、重い1秒がずりずりと過ぎ去っていく。


「……っ、来るぞ!」


 劫。雄たけびと幕開けの叫びが聞こえる。とっさに取った武器を持つ手がふるふる震えている、空気を裂く音、見上げれば大きな影がこちらに落ちてきているではないか。

 衝撃が走る前に空中に跳んで逃げれば、足元だったはずの地面は黄金の砂に飲み込まれちらちらと目に刺すような輝きを見せている。ざり、砂を踏む音。殺気の塊に意識を向ければそこにはライオン頭の大きな怪物が大口を開けて吼えているところだった。

 視線でとっさに高見ヒロを見る、頷く、そうかなら遠慮はいらないなと少女は舞台に足を乗せることにした。


「さて、お手並み拝見と行きましょうか」

「背中蹴るぞギルマス」

「ほっとくと僕が全部貰うよ」

「そりゃ困るな、俺にも報酬くれ!」


 あっはっは笑いながら、刃を振るって白夜病の罹患者は踊る。

 

「寄生宣言もここまでくると清々しいね、でもいいや。今夜は一緒にいてよ、ヒロ」

「しかたねーなー!」


 魔法の夜は、開いたばかりなのだ。

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