第13話 (夜もすがら)

「大丈夫だ。今は奴は何もしてこないはず」


 そう言われても、化け物が手を伸ばしてきたときに反応ができない距離まで近づくのは躊躇した。まったく動かないが、目だけはしっかりこちらを見ている。だらしなく伸ばされた腕は指先まで力が抜けているように見えるが動かないという保証はどこにもない。腕の片方は収納と思われる場所の取っ手に触れているのは何か意味があるのか。


 本当に動かないのか――さりげなくカズオに前を歩かせて、ナオキは細心の注意を払いながら壁に張り付いて進み奥の窓へ。カズオが血の付いたカーテンを指先だけでつまんで開きその先を指さした。


 雲がある。雲の隙間から見える青空の下にはアスファルトの道路に草や木。ベランダの向こう側に当たり前の外の景色がそこにはあった。しかし、端っこのほうは最初の部屋で見たように真っ黒で、世界の一部がハサミで切り取られたようになっている。


「あそこの扉が見えるか?あれが間違いなくこの空間の出口だろう」

 家の前にはため池と思われる池がありその向こう側にドアが場違いにポツンと置かれていた。目を凝らしてもよく見えない距離だがここに入ってきたものと同じ形同じ色のようだ。


「おい、そこを見てみろ。そこに穴がある。おそらくこの化け物が開けた穴だ」


 部屋の一番奥の隅にへこんでいる場所があった。覗いてみると黒色の布が見えた。下にいる時は気づかなかったが、天井の一部も黒色の布で塞がれていたらしい。そのまま壁を近くで見ると血に汚れてよく見えていなかったが壁の所々がへこんでいた。ちょうど化け物の手のサイズくらいに。


「もう一つ見せたいものがあるが隣の部屋からにするか」

 カズオは足早で逃げるように部屋から出て行った。ナオキは同じペースではついて行かずじっくりと化け物を睨んだ。こいつは昼の間中は全く動かないのか――。


 続いて隣の部屋に案内された。落ち着いた家具で揃えられていて大人の寝室に見える隣の部屋に入ると、カズオはまず溜め込んでいた緊張とともにため息を吐いていた。


 隣の部屋の壁の一部にも黒い布が貼られていて、カズオがめくるとそこに穴があった。化け物がいる部屋と繋がっていて、四つん這いになればナオキなら通れそうな大きさ。


「たぶん奴が開けた穴だ。俺がそれを少しづつ通れるように広げた。思い切り蹴ればもっと広くなりそうだから逃げる時に試してみな――」


 黒い空間に島のように家と大地の一部が浮いていて、ドアが1つ無造作に置かれている。また、この場所の奇妙さには驚かされた。そして化け物がいる部屋に別の部屋へ繋がる2つの穴…………カズオが言わんとしていることは分かる。


 だけど、ナオキは一つ腑に落ちない事があった。


 あの2つの穴を駆使して夜もすがら化け物と鬼ごっこをしているうちにカズオが脱出方法を調べるか――あとは調べる内容が聞きたい――。


「俺が調べることはこれだ」


 一回に降りて、玄関から見て左の部屋、リビングに入ると、最初入ってきたときにはなかったダンボールが窓際にあった。


「見ろ。中は水と食料。たぶん誰かが夜の間にそこの窓、あるいは玄関から入っているのかも知れないが、どこからか入ってきて置いて行ってるんだ。朝方、ここにくると毎日この位置に置かれている。あとは昼の間化け物がいる部屋にもきっと何か脱出に繋がる手掛かりがあるはず。腹くくって何度かあの部屋に入って色々調べる目星はつけてんだ」


 徹夜で迎えた気疎い朝、徐々に明るくなってきた平凡な部屋の中、長々と説明するカズオに対してなんだかムカムカした気持ちが溢れてきた。カズオの疲れているのと化け物の恐怖から余裕がなくて怒っているようにも聞こえる声も大体は理解しているがいまいち耳に入ってこない。毎日届けられる水と食料とは興味深いがもっと確実にここを出る方法があるだろう――。なんだか目を閉じてしまいそうだ、口を閉じるのもだるくてだらしなく口が開く。


「殺せばいいんじゃないですか。今の状態なら殺せるでしょ」


 言ってしまった。

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