第12話 野に咲く花

 あいつを自分に引き付けて鬼ごっこか……。


「俺があいつと鬼ごっこしてもいいんだが、お前はここへ来たばかりで家を出る手がかりを何も知らない。お前もさっさとここを出たいだろ?狭い空間で逃げ回る策も考えてあるから怖いかもしれんが引き受けてくれ」


 ナオキにとって問題はそこではなかった。そりゃ怖いが覚悟のうえでここに来ているし今すぐと言われても動ける。カズオはもう同じ目的でここに来ていて協力できるものとして信じていいだろうが、他の3人は――こいつらは何だ。ずっと気になっている。隣で家を出る方法を話しているのに、話に入ってくる様子もないし、カズオが話を振ることもない。


 ここが別世界なのだとしたらこの人たちは――それに体を張ってこの男に託すならもっと家の状況を詳しく知りたい。


「この方たちは?同じ挑戦者じゃないんですか?」


 子どもたち2人に関してはまだ顔を見ていない。物言わぬ人形が置かれているみたいだ。


「その人たちは俺たちとは違う。元からこの空間にいた人間らしい。俺も最初は驚いたがどうやらここは別世界なんだろうな。しかもこの家から出るつもりはないんだと。何度か説得したがダメだった。人助けに来たんじゃねえし、放っておけ」


 カズオは少しイラついていた。早口で声が大きくなっている。


 ここが別世界の可能性が高いことは分かっていたか。どうしてこうなったか知らないがこの3人はすごく哀れに見える。


 しかし、ナオキは放っておいてカズオと2人だけで逃げるのには賛成だった。別世界に干渉しないという綺麗な理由ではなく、自分が助かりたいため。得体のしれない足手まといになりそうなものと協力しなくてよさそうで喜んでいる自分もいた。


「僕が時間を稼げば元の場所に戻れる確率はどれくらいあるんですか?あと、昼間は家の中を歩き回れるならちゃんと自分で見ておきたいしやるのは明日以降がいいです」


「もちろんだ。お前の準備ができてからでいい。実はもう出口は見つけてる――


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ


 階段から緊張感を届けるものすごい音が響いたと思ったらすぐに巨大な顔がドアから現れた。いったいどんな動きで階段を下りてきたのかを想像するとゾッとする。


 すぐにナオキとカズオは話をやめて、何事もなかったように振舞った。かなりのスピードで来たものだからナオキは企みがバレて何かしに来たのだと思い体が固まり親指が掌に食い込むほど拳を握ったが化け物はまたさっきと同じように部屋をウロウロするだけだった。


 遅い時間に何もすることがなく座っているだけなので眠気が襲ってきたが、眠りに逃れることもできない。前を通る化け物の血管が浮き出る細い腕が見える度に眠りから遠ざかった。


 こいつから逃げるなら狭いところへ逃げ込むのが良いだろうか。小回りは見た目よりも利きそうだ。逃げ回ると仮定して見える範囲の一挙一動を確認する。回り続けられる細長い廊下が二階にあれば簡単そうだが。


 出口を見つけているという男の最後の言葉の意味はそのままなんだろうか。こいつを殺す方法の話か。



「一番きつい部屋を見るのは最初がいい?最後がいい?」

「……最初で」


 途方もなく長く、地獄にいるかのように感じた時間が終わり、朝になったらカズオに連れ出され部屋を出た。


 きつい部屋を最初にしたのはそういう性格だからだ。どうせ見るなら先に済ませたい。


 二階へ案内されて一つのドアの前で止まる。

「覚悟して自分で開け。吐かないようにな」

 開く前から嗅いだことのない異臭が漏れていた。外から見ている感じ特におかしなところもないドアだが何かありそうなのは分かる。ここはさっきの部屋のちょうど真上――。


 ゆっくり開けて数センチ床が見えた。床は赤黒くどんどん見える面積が増えても全部そうだった。壁にも続いていて投げつけられたように赤黒い跡がある。野に咲く花の絵、子供用の木馬、かわいらしい花柄のカーテン。すべてに血がついている。そして真ん中で寝転び顔を逆さにした状態で迎える化け物。


 そこへカズオに促され踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る