第31話 意地

 情けなく腰を下げながらドアを引っ張るナオキを見下ろして金髪の髪の女、写真に映っていた女が立っていた。まさに写真に写っていたのと同一人物だが、爬虫類のように感情のない目をしている。


 ドアノブから手を離せばクロビトは中に入って来られるだろうか。その知能がこいつらにはあるだろうか――。


 頭だけを後ろに捻り相手の出方を伺う。外からドアを叩く振動が手から体に伝わる中、どこからともなく現れた金色の髪の女の指先の動きまで見逃さぬよう目を見開いた。それと連動して恐怖で顔がひきつる。


 金色の髪の女は予備動作なしで動き出した。不動の状態からナオキに向かって走り出す。


 ナオキはそれに反応できなかった。反応できるスピードではなかった。瞬きを一回するほどの間にナオキと重なるほどの距離に接近された。


 心臓が止まるような感覚と呼吸の急停止、ナオキが固まる。


「ぅあああああああああああ」


 静止の後、ナオキは目を閉じて恐怖により声をあげてしまった――しかし、再び目を開けると金色の髪の女の姿はなかった。一瞬で口づけを交わすほどの距離に女の顔があって、そのまま女はナオキをすり抜けたかのように消えていった。


 な……なんなんだよ……まったくっ。


 やっと近くで姿を見せたかと思えば、驚かせただけで消えていった。苦しむ自分を見て楽しんでいるのか。

 呆然と立ち尽くすナオキの視界が薄くなっていく――。


 ドンッドンッ


――激しく金属のドアを強く叩く音がナオキを我に返らせた。


 そうだ、まだ外からクロビトが押し寄せているのだ。いつのまにかドアノブから手を離し、楽になろうとしていた。


 もう一度ドアノブを引っ張り、クロビトを中に入れさせないために体重のすべてを後ろへ持っていく。


 このままずっとこのドアが開くのを止めていればこいつらはあきらめてどこかへ行ってくれるだろうか。


 鳴り止まぬ怒りを感じる音の中、ナオキは打開策を頭の中から探した。一応部屋の中には武器になりそうなものはある。他の場所に逃げられる所はあるか、どこかに通気口があってそこを通る――そんな映画のようなことはできないか。


 その棚の後ろにどこかへ繋がる扉があったり――


 部屋中を見渡して考えるナオキは突然ドアノブに引っ張られた。


 後ろに倒れていた体が前に倒れて転びそうになり、顔を上げると廊下一杯に軍勢をなしているクロビトが目に映る――。


 すぐに思い切りドアノブを引っ張り返し、クロビトがなだれ込むのを防いだ。


 開けれるのかっ――


 痛いほどにドアノブを握りしめ、より強い力でドアが開かぬよう引っ張る。


 クロビトが引っ張って開けたのか、何か別の力が働いてドアが開いたのか……それを考えているとまたドアが向こう側から引っ張られた。


 どうにか力負けせずにドアを閉まったままにしておくことはできている……しかし、このままの力を維持すればすぐに限界がやって来ると体感していた。


 このまま手の力が尽きても終わり――体力を消費した状態で何の策もないまま戦っても終わり――


 ドアノブをどうにかどこかと括り付ける――箱の中に隠れてやり過ごす――やはり戦うしか――どうしてこのドアには鍵がついてないんだ。


 ただ焦るだけで時間が過ぎていくと急に視界に天井が映り、尻に鈍痛が走った。手汗でドアノブを握った手が滑り尻もちをついてしまった。


 侵入を遮る力が無くなり無情にもドアを開けるクロビト、一匹のクロビトがしっかりドアノブを握っていた。


 終わりを覚悟して動けなかったナオキ。けれどクロビト達が侵入し、襲い掛かってくることはなかった。


 また鐘の音が鳴ったのだ。


 クロビト達が廊下の奥へ、暗闇に向かって消えていく。


 ゆっくりと鐘の音が体に染みわたっていく。三度、耳に響く鐘の音は救ってくれた存在だが怖い音に聞こえた。なぜ狙いすましたようなタイミングで鐘の音が鳴る。不定期になっているものがたまたまこうなっているとは思えない。そして、もう一度この音が聞こえる時にはまた……。


 ナオキは座った状態からいっそ寝転がった。脱力した腕は筋肉を使いすぎて細かく震えていた。床のコンクリートが背中に冷たい。


 部屋の唯一の灯りノートパソコンの画面から漏れる光が小さなホコリを照らしている。――その光が大きく揺れた。


 寝ころんだまま頭上を見ると、そこには先ほど消えた金色の髪の女の姿があった。女はノートパソコンに向かい、キーボードに手を置いている。


 ナオキは体を起こし女のほうを向いてすぐに立ち上がれる態勢を取った。


「助けてあげる」


 「私はルナあなたを」の下に思いがけない言葉が浮かび上がった。

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