第32話 ノンフィクション
ナオキは戸惑った。助けてもらえるという文字を見て一瞬だけ喜びの感情が湧いたが全く信用できない。
ルナと名乗った金色の髪の女は文字を打ち終わるとナオキのほうへ振り返り、ナオキがパソコンの画面を見ているのを確認すると再びパソコンに向かった。
「出口を」
「教えてあげる」
続けてキーボードでパソコンに文字を打ち込んでいく。この位置からでは女の表情が読み取れない。パソコンを使った経験がほとんど無いのか、無言で人差し指だけをキーボードの上で走らせる不慣れな入力も謎めいた恐怖に拍車をかける。
「8階に」
「扉はある」
明朝体の文字は既にある文字を消しながら続いた。時折、画面の光が乱れ消えそうになりながら。
「8階まで」
「来て」
こいつは一体どういうつもりなんだろうか。初めのエレベーターで後ろから囁いてきてエレベーターをクロビトが待つ階へ操作したのはお前じゃないのか。この地下へ導いたのも起こった出来事を素直に受け止めて罠だと仮定すると、出口を教えるというのもまた罠。
ナオキは金色の髪の女、目の前にいる霊が大方この空間の主であると確信していた。
床に重なるホコリを被った紙をくしゃりとしてから拳を握る。
やるか。
今までの霊の中では一番シンプルに死人が魂だけになったような姿。頼りないがチョッキに入ったお札でも使えば何とかなるか。
ナオキが沈んでいる心を奮い立たせて立ち上がると、不安定だったパソコンの画面が苦しむように乱れ始めた。ブツンブツンと音を立てて途切れ途切れになり――やがて消えた。
暗闇に変わり薄っすら見える金色の髪と白い肌色の顔は消えたパソコンの画面を数秒見つめ――その後、今度はナオキのほうをまっすぐに見つめた。
「お願い。信じて」
その声は透き通っていて高く、鈴の音のようで、見つめる目はなぜだか泣き出しそうだった。
ナオキに言葉を発した女は、出口に向かって歩き出す――
「おい……待てよ……信じれるかよ……」
確かに聞こえた声に動揺しながらもナオキの意志は変わっていなかった。女の後ろ姿を睨みつけ、小声で呟いた――
「あなた……私のことが見えているの?」
聞こえないような声量だったが女が振り返り、また思いがけない言葉をナオキにぶつけた。
「見えてるのね……?」
言っている意味が分からなかった。ずっと見えていたが見えていないと思っていたのか。
「お願い。私のことを信じて。一緒にここから出ましょう」
畳みかけるように女はナオキに歩み寄りながら話した。
「信用できない。お前は幽霊だろう」
ナオキは後ずさりして一定の距離を保ちながら言った。
若い女の姿をしているからと油断してはいけない。フィクションのホラー話ではそういうときこそ危ないのだ。一緒にここから出るというのも引っかかる。
「まずは話を聞いて。あなたにとって悪い話じゃないことを証明する。あの黒い奴らの正体も、ここであったことも、たぶんあなたが探しているものの場所も教えられる」
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