第30話 叶わなかった
部屋全体に視線を預けたまま、後ずさりして閉まったドアに手を伸ばした。
鍵が閉まった音はしなかった。ドアノブを捻り開けようと試みる――。
開く……のか……。
良い方向に予想は外れて、ドアはすんなりと開いた。閉じ込められているわけではなかった。
ファイルが何段も並べられている棚がいくつもある。その内のいくつかは抜けていて、床に文字が印刷された紙とともに散らばっていた。モップや箒、ただの金属の棒が立ててしまわれている箱に、ノートパソコンが置かれているデスクが一つ、他にも中身が分からない木箱がいくつかある。
ナオキは前後左右を警戒しながらまずは部屋の全体を見て回った。確かに金色の髪の女の影はこの部屋の前で消えた。何もないわけがない。
床に落ちている紙を一枚手に取り光を当てる。「No.00111~No.00130」、上部にそう印刷されている紙には番号で管理される被検体の人間の情報が記載されていた。
年齢、性別、身長、体重、血液型……表にまとめられた個人情報、床に落ちている紙もざっと照らしてみるとほとんどは同じようにデータがまとめられているようだった。中にはグラフが載っているものもある。
――俺はなぜここに導かれた。金色の髪の女の狙いは何だ。
ついて行けば出口に直結する何かがきっとあると思っていたが、ここにある情報から紐解いていかなければいけないのだろうか。
落ち着いてじっくりと部屋にあるものを見たいが金色の髪の女がどこからともなく現れて襲ってくるかもしれない。その警戒心を常に持ちながら一枚づつ床に落ちている紙を照らしていく。
あの檻……おとなしく檻の中にいたクロビト……鐘の音が響けば姿を消した……金色の髪の女とクロビトの関係は……。
この場所……この無愛想なコンクリートに囲まれた施設がどういう場所なのかは推測出来てきた。たぶんあのクロビト達は管理されていた様で、どういう過程でああなってしまったのかは分からないが元々は人間だったのだろう。そうとしか思えない。
――大きな虫が飛ぶような低くて振動するような音、それが後ろから聞こえて、振り向くとノートパソコンがいつの間にか開いていた。電源が入っている画面は乱れていて、その狂う光の線の動きが音と連動していた。
「私、は」
画面にタイプされるように文字が浮かんでいく。ホラーというのはいつも突然だ。
ナオキはそれを見てまず、冷静に出入り口のドアを押し開けて逃げ道を確保した。なるべくドアに近く画面がギリギリ確認できる場所で成り行きを見た。
「ルナ」
私はルナ…あの写真の女の子か。
「あなた、を」
そこまで文字が出た時、今度は廊下から音が響いてきた――。上の階で聞いた鐘の音だった。上に音源があるのは認識できるが地下までその音は響いてきている。
それが何を意味するのかを考える暇もないまま答えがやってきた。
上の階から大量の足音が地響きのように聞こえてきて、この地下にもペタペタとコンクリートを裸足で走る音がする。
ナオキが廊下の様子を見ると、既に二匹のクロビトがこちらに向かって走ってきていた。
急いで開けているドアを引いて閉める。
クロビトが到着するまでにドアを閉めるのは叶わなかった。一匹にドアの間に体をねじ込まれる。
ドアに挟まれながら自分に手を伸ばして口を開く黒い化け物をどけないとドアが閉まり切りそうにないので一瞬だけドアを開きなおしてからその黒い肌に手を触れて突き飛ばす。
怯まず体をねじ込もうとするクロビトとの攻防を制し、どうにかドアを締め切ることには成功した。
しかし……。状況は絶望的だ。
狭い部屋に閉じ込められて、ドアの向こうでは次々とクロビトが到着しているのが分かる。
しかも、クロビトに直接触れた時になんだか嫌な感触がした。シロビトと老人が呼んでいた奴らに触れた時とは違う、何かが走り抜けたのではなく何かが抜け落ちていくような感触。両手が寒さでかじかんでいるように感触が無くて震えていた。
怖い。
なんだか急に忘れていた感覚が襲ってきた。クロビトが持つ特性なのだろうか。
震える手でドアノブを引っ張り続ける。
どうする。どうすればいい。怖い――怖い――
何か助けを求めて部屋の中を見ると、金色の髪の女がすぐ後ろに立っていた。
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