五つ目・気まずいドライカレー
平日の昼下がりに外を出歩く場合、注意しなければいけないことが一つある。
それは当然『補導員』の存在である。
夜なら暗いから、制服さえ着ていなければほぼバレないし、バレたとしても「コンビニから帰るところ」って言えば、お小言もらうだけで解放されるのだが……。いかんせん、日中に堂々と歩けば、学校すっぽかしてサボっていると断定し、捕まえられて学校に連絡、そして保護者を呼ばれる可能性が高いのだ!
――――ふん、しかし俺は知っている。やつらは学生が行きそうな場所だと思っているところしか、巡回していないということを!
例えばショッピングモール。あとはカラオケ、ゲーセン、安いファミレス。たまにバッティングセンター。そして、そういうお店が立ち並ぶ通り。
水島みずきも、今まで見つかっていないくらいだし、それくらい分かってて上手く隠れてると思いきや…………
「君、葉泉の子だよね?」
「すみません、本当に学校と家にだけは……勘弁して下さい!」
緑の蛍光色のベストを身に着けた、中年男性二人の前で、地べたに這いつくばって土下座する、一人の少女。
葉泉高校の制服着てるし、金髪ロングパーマに、塗りたくったかのようなド派手な化粧。
最初はどこの馬鹿なギャルだと思ったが、補導員であろう二人の男に慌てて立たされた少女の顔に、誰かの面影を感じた。いや、声でなんとなく分かった。分かってしまった。
「あのねぇ、僕たちはね。君たちが危ない事に巻き込まれていないか、これから巻き込まれないために、こうして巡回しているんだよ。謝られても、今まさに怪しい男に連れていかれそうになってた君を、このまま放っておくことは出来ないよ」
「今から学校に連絡するから、土下座しないで、ちゃんと立ったまま、待っていなさい」
二人の補導員にそう注意され、言われたとおり待っているが、どうしようどうしようと視線が彷徨っている。
「………」
考える。
このまま放っておけば、水島は家に連行されるだろう。そうすれば、きっと今まで通りの水島に戻るだろう。“水島瑞希”としての人生に。
生きたいのに、死にたいと言った、彼女に。
「………問題ねえよな」
そう、戻ったところで、問題はない。俺に関係ない。
なのに、
――――「――垣根君。あなたは水島瑞希にとって、無関係ではない」
――――「別人になってみる。―――ねぇ、かきくん。そうしたら、もう一度会って、話とか聞いてくれる?」
なんで俺、あの二人の言葉とか表情とか思い出しちゃうかなぁ~~~っ!
「こんなの! 俺の! キャラじゃ! ねぇーっつの!」
地団駄踏みながら叫べば、通行人が驚いた顔して振り返り、すぐに見なかったことにして颯爽と去って行く。
俺は羞恥で顔を赤くしながら肩で息をしつつ、それから一つ、大きく溜め息を吐いた。
決めた。
今からすることは、俺じゃない。
これは俺じゃない。
今この瞬間だけ、俺は俺じゃない。
よし、暗示はオーケー。
水島みずきがいる通りは、車道を挟んだ向こう側。タイミング良く信号機が変わり、青いランプが点いたのを確認し、少しずつ近づく。
あいつの腕を掴んで、逃げる?
……いや、追いかけられたり、拉致されたと思われて警察呼ばれるのだけは嫌だ。
なら、あの補導員を説得するしかないか。
補導員にかける言葉を考えつつ、俺は制服のシャツを隠すために着ていたジャージを脱ぎ、腰に巻く。ポケットから普段はつけないネクタイを取り出して装備し、シャツの左胸元に縫い付けられた校章を確認する。
これで、俺は立派に水島同様、葉泉高校のサボってる生徒の一人である。
「――――」
喉に何か突っかかっているような、息苦しさを感じる。
泣きそう。
気持ち悪い。
ああ、そうだ。俺ってコミュ障だった。
気付いたときにはもう遅い。
突然現れた俺の存在に、報道員の男二人も、水島も、視線が釘付けだ。
あ、駄目だ。
さっきまで考えていた、言おうとした言葉が思い出せない。
頭の中、真っ白。
口がパクパクしてるだけで、音にならない。
やばい。これ、俺ただの不審者じゃん。どうしよう。
「かきくん、だ」
不意に、水島が俺を見て、言った。
「かきくんがいる。かきくんが制服着てる。かきくんが昼間に外にいる」
呆然と、そして淡々と、俺の現状を口にする。
「わ、わるい、かよ」
不覚にも声が震えてしまった。でも水島はそんなこと気付いた様子もなく、首を横に振って突然にんまりと笑顔を浮かべた。
「ううん!――ただ、かきくんって、やっぱり放っておけない人だよなって再認識しただけ!」
「は?」
「すみません、あたしが迷子になってただけなんです。迎えが来てくれたので、もう大丈夫ですので」
彼女の言葉の真意が分からず戸惑っていると、水島はさきほどの態度とは打って変わり、補導員二人に深々と頭を下げ、それから俺の腕を掴んだ。
「じゃあ、かきくん。帰ろうか、あたしたちのホームへ!」
「え、は? ホーム……?」
ホームってどこだよと内心ツッコミ、思いのほか力強い水島の腕に引かれ、駆け出す。
………うわぁ、なんか青春っぽいなぁと思いながら。
「―――って、なにがホームだよ! ファミレスじゃねーか!」
しかも俺の行きつけであり、水島瑞希と初めて会った、あの店である。……まぁ、まだ昼飯食べてないから、ちょうど良かったけど。
ちなみに、一度俺の部屋に寄り、現在俺は私服姿で、水島にはジャージの上着を貸してやった。
「知らないのー? ホームって拠点って意味なんだよー?」
「どや顔で言うな。そもそも、いつからここが拠点になったんだよ」
無意識に、いつもの窓際隅の4人掛けテーブルに座れば、いつかのように向かい側に座る水島。
……家に寄ったついでに、化粧も落とさせれば良かった。濃い化粧は凄みを感じる。
「ねえねえ、なに食べる? あたし、フレンチトーストにしよっかなー!」
俺の質問に答えないどころか、自分だけ注文を決めて、呼び出しブザーを押している。しかし、店内に音が響いていない。だけど、彼女はそれに気付いていない様子で、「あ、ドリンクバーも頼まないとね」とやけに機嫌が良さそうだ。
俺はゆっくりメニュー表を開き、じっくりと考えて呼び出しブザーを少し強めに押す。
昼過ぎだというのに、やはりそれほど混んでいないため、ウエイトレスはすぐにやってきた。
「な、なんでかきくんが押したときだけ……!」
「ドライカレーとドリンクバー」
さっきまでご機嫌だったのに、不服そうな彼女を無視して注文すれば、以上ですかとやる気のないウエイトレスの言葉にハッとして、慌てて水島も自分の注文を口にする。それから復唱して去って行くウエイトレスの後ろ姿をぼんやり見送りながら、「そういえば、あのとき俺の分、お前払ったの?」と聞いてみた。
「あのとき?」
「初めて会った日以外、ねーだろ」
「ああ! かきくんが逃亡したときね!」
あのときお金あったから良かったけど、と口を尖らせるのを見ると、払ってくれたのだろう。
「悪かったよ。だから、今日は驕ってやる」
「おー、太っ腹だねかきくん! さっきも頑張ってくれてたし。偉い偉い!」
どうやら馬鹿にされているようだ。むかつく。
呼び出しブザーもまともに押せないくせに。
それからドリンクを取りに行き、料理が来るまで他愛無い世間話をし、目の前にドライカレーとフレンチトーストが置かれて、それぞれ貪るように食った。
けっこうお腹空いてたみたいだ。
ここのファミレスのドライカレーは、まぁレトルトの味って感じで、不味くないけどすごく美味しいわけでもない。強いて言うなら、なんか脂っこい。あと、辛い。まぁ、そこがうみゃい。
「―――阿達先生でしょ、かきくんがあたしを探してた原因」
「ンぐっ!」米が喉に詰まり、慌ててアイスティーを流し込む。なんか前回も噎せた記憶があるんだが……………
「連れ戻して来いって、言われたの?」
ちらりと水島の顔色を窺うが、普通にフレンチトースト食べてた。
「い、いや、話して来いって言われた、だけ」
「先生にあたしのこと、話したでしょ」
「い、いや、まぁ……その、ちょっと、だけ」
ふうん。と水島が返事し、俺は小さく溜め息。
あれ、なんで俺、気まずい感じなんだろ。悪いことしたわけじゃあるまいし。
つーか、水島の問いただすような言い方がいけないんだと思う。うん、きっと、そのせいだ。
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