お題:トカゲ、見えない、キャベツ

ガットローディング

 それにしても、最近じゃいろんなペットを見るようになりましたね。


 この間なんてちょっと散歩をしていたら猫だかタヌキだかネズミだかよくわからないものを連れていて、訊いてみたらですなんて言うんです。

 なんですかね、フェレットって。アライグマだかネズミだか、プレーリードッグだか、そういう細長い生き物なんですよ。皆さんご存知ですかね。


 そもそも散歩するものなのかとかちょっと首は傾げましたけど。


 変わったペットといえばね、爬虫類フェチなんていう人がいまして、ちょっと彼の話をしようと思います。



 聞いた話ではありますけどね、私の友人の友人に爬虫類が好きだという人がいたんです。名前をたしか蜂谷はちやと言いまして、私の友人があるとき彼の家に行ってみたら、なんだか変な匂いがしたそうです。それでペットでも飼ったのかって尋ねたら、ニコニコしてガラスの水槽みたいなのを見せるんです。


 水槽って言っても水なんか張ってなくて、なんだか木屑だか何かがバラバラーっと撒き散らされて、中に紙の植木鉢みたいなのをひっくり返したのが、こう、置いてあるわけです。


 じーっと見てみるんですが、何がいるやらとんと判らない。


「なにもいないじゃないか」

「いや、その鉢の下にいる」

「何がいるんだ」


 蜂谷はへっへと笑って鼻を掻いて、こう言うんですわな。


「トカゲモドキだ」


 トカゲモドキですって。まぁモドキって言うからにはトカゲじゃないんでしょうね。でもすごくトカゲに似ているわけで、まぁつまり見かけはトカゲというわけでしょう。


「なんでまたトカゲを」

「これがかわいいんだよ。ちょっと待ってな」


 ひょいと足軽に脇の方にあった妙なケースに近寄るわけです。蓋をそーっと開けて、やおらピンセットを取り出して突っ込むわけですな。


「そっちはなんだ」

「コオロギだよ」


 コオロギも飼っているっていうんですね。コオロギって言ったら昆虫ですから、爬虫類じゃありません。だから爬虫類好きの蜂谷がコオロギを飼うというのは妙な話なんですよね。それにそのケースときたら曇ったプラスチックで、とても観賞用に飼われているなんて様子じゃない。


 すると今度はよく判らない白い粉を取り出すわけです。


 そしたらそーっとその粉を小鉢に広げて、ピンセットの先につまみ上げられたコオロギでトントンと叩くわけです。白くなってしまったコオロギがもぞもぞと動くんですが、まぁコオロギの方では何が起きてるのかなんてわからんのでしょうね。


 それでそのコオロギをようやく水槽に突っ込んで、裏返された鉢に近づけていきます。そしたらね、ついに顔を見せるんです。


 白に淡い黄色のまだら模様があって、丸々とした目がくりくりと輝いている生き物でね、首を伸ばしてじーっとコオロギを見つめます。ピンセットで捕まっているんだから、そりゃもう悩む必要なんてないんですけど、気持ちだけ狩の心地ですよ。首なんて左右に振っちゃって、じーっと狙い澄ますんです。


 それで心を決めてえいっと首を伸ばして噛みつくんですけど、これがどうにも下手で、一回外しちゃうんですよね。それもそのはずで、首を伸ばすときに目を閉じてるんですよ。


 あるじゃないですか、子供にバット持たせて、ブンと振ったら当たるところにボールを投げてあげたのに、ボールなんて全然見ないで目を瞑って思い切り振っちゃうようなやつ。まさにあれですね。


 食べやすいように出してやってるのに、目を瞑ってエイと首を伸ばすからてんで嚙み付けない。それでおかしいなと悩んでから、もう一回エイと首を伸ばす。それでようやく噛みつくと、満足した顔をして喉をうねうねとして飲み込むんです。


 そうしたらそうしたで、「あれ、食べ物が消えたぞ」とでも言うようなキョトンとした顔で元の場所を見つめる。


 まぁトカゲなんていうから、ちょっとは気味悪いのかななんて思ったところが、そういう振る舞いを見ているとなかなかどうして可愛らしいものなんですって。


 だいたいそのトカゲが手のひらくらいの大きさで、本当はヒョウモントカゲモドキっていうイモリの仲間だったそうです。調べたら愛好家たちはレオパ、レオパって呼ぶそうですよ。


 それでまぁその蜂谷くんによくよく聞いてみたら、爬虫類っていうのは本当に管理が大変で、生半可な気持ちで飼うのは大変なんですって。まあコオロギを飼っておかないといけないっていうのでもうお断りみたいな人もいるでしょうけど。


 たとえばそのコオロギにつけていた白い粉。あれはカルシウム粉らしくって、コオロギじゃ栄養バランスが悪いっていうんですね。それにずっと空調をつけていないと変温動物だから大変だとか、ヒーターでお腹だけあっためておかないと消化ができないとか……そりゃもう大変なんです。


 そんな大変なことの中にガットローディングっていうのがありまして。


 聞いたことのない言葉ですよね。私も初めて聞きました。


 つまりね、さっき食べさせたコオロギに、栄養剤を食べさせるわけですよ。そうすると、栄養満点のコオロギができる。今度はそれをトカゲに食わせてしまうわけです。


 これが食物連鎖の神秘で、こうすれば栄養満点の食事になって、トカゲは元気にすくすく育つというわけです。だからトカゲの栄養を気にしていたら、自然コオロギの方の栄養を気にすることになるわけですな。


「いやいや、だって蜂谷ったら、自分の栄養すらロクに気にしていないだろう」


「それが不思議とトカゲのことならやれるもんでさ」


「何を食わせるんだ、そのキャベツ頭か」


 あ、蜂谷くんというのがアフロ頭にしている変わり者で、そりゃもうだらしない小太りだったんです。酒に塩分に油に糖分に節制なんて何一つ知らないわけで、家に野菜なんてありもしないだろうと思ったわけです。


「いやまさか、キャットフードと栄養剤の砕いたやつだ」


「蜂谷もときにそれを食った方がいいんじゃないか」


 なんて笑っていたら、あるとき蜂谷の調子がひどく悪くなりまして。なんでも立てないくらいのひどい目眩で、なんとか這いずって携帯電話を手にとってみて、今度はパスコードなんてのに苦戦するわけです。


 そしたら今時の電話は便利で、左下に緊急通話なんてボタンがある。これだ! と勇んで押してみて、119番、へぇへぇぜぇぜぇ言いながら、倒れ伏して言うわけです。


「世界が回ってるみたいで、お願いします、救急車を」


「住所はわかりますか」


「どこそこ何丁目の自宅で……」


 しかしみなさん、家といったら玄関の鍵が閉めっぱなしですよ。鍵は開けられるかと尋ねられて、蜂谷は必死でリビングを這い進むわけです。


「ええ、なんとか……這って開けます……ああ、トカゲが……」


「トカゲ?」


「いえ、ペットで……」


 トカゲモドキが心配そうに見てくれるんです、かわいいもんでしょう。


 でも蜂谷の世界はぐるんぐるん回っていて、這って進んだらなんだか頭も痛くなってきて、これはいよいよ命が危ないと、なんとか急いで玄関に行かないとと思ってね、ドアに手を伸ばしても届かない。


 これがしかしちょうどドアの近くに掴まれそうなプラスチックケースがあって、それを掴んでドアノブに手をかける。そしたら体重をかけすぎたものだから、それがガタンとひっくり返ってしまう始末。


 でも蜂谷くん一所懸命に進みます。何が倒れたかなんて知ったこっちゃない、こっちは命がかかってる。廊下を這い進んでようやく冷たい玄関にたどり着いて、エイと目を瞑ってね、必死に手を伸ばすんです。そりゃあ何度か外してしまって、それでようやくガチャリと錠が動く。


 ああ助かったと廊下に倒れたら、そこでひどい目に遭うわけです。


 ぴょこんと小さな黒い影。それがいくつも廊下の向こうからやってくる。

 ついに幻覚が見え始めたと思ったら、その黒い影たちが倒れた蜂谷くんに飛び乗ってくる。


 もう具合が悪すぎて目を閉じたままだったけれども、ようやくこれは幻覚じゃないと気づいて目を開けると、コオロギが触覚を動かして蜂谷くんを見ているんです。


「ぎゃぁぁぁあっ!」


 と大声あげて、自分の大声に頭がぶん殴られたみたいに痛くなって、あんまり気持ち悪くてゲボッとひとつ吐いちゃった。


 そしたらコオロギが嬉しそうにそれに飛びついた。


 コオロギってのは雑食ですから、そりゃもうなんでも食うらしんです。そのうち今度は倒れた蜂谷くんに飛び乗ってくる。キャベツ頭をキャベツと思って潜り込んでくるわけです。

 まぁまさか本当に齧りはしなかったでしょうけど、蜂谷くんも気が気じゃない。


 でも扉を開けた救急隊が一番驚いたって話ですよ。そりゃあもう、目の前にはコオロギにたかられた太った男がいたわけですから。


 それでも仕事ですから、救急隊の方はすぐに状態を確かめるわけです。


「大丈夫ですか? 意識は?」


「大丈夫です……ただ……コオロギが……」


「はい」


「このコオロギを……トカゲが食べないように……お願いします」


 もうまったくどうしたものやら。自分が食ってるものはトカゲに食べさせるわけにはいかんと言うんですから、どっちが主人でどっちがペットだかしれたものではありません。


 まぁしかし幸いに蜂谷くんは大した病気ではなくて、すぐに元気になったそうで、私の友人が見舞いに行くと、こんなことを言っていたそうで。


「今度から体に気をつけないといけないなぁ」

「そうだな、もう酒もやめたらどうだ」

「いや、俺はいい健康食品を知ってるんだ」

「なんだいそれは」


「コオロギを食えば問題ない」


……今日はこんなところで。

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