ホラー
お題:苗、1ヶ月、物語
引っ越し 表面
その苗はオブラートのような樹脂で包まれていた。
「生分解性プラスチックのコーティングです。そのまま植えられますよ」
「ええ、そうでしょうね」
口をついて出た言い訳じみた返事にも苛立たされる。なにも庭いじりに慣れていたからって偉いわけでもなし、驚いて見せても良かったはずだ。くだらない
「おっと、根が出てる」
店主は
「何も切らなくても」
「こうしておくと暴れないんです」
「……暴れる?」
「いえ、こっちの話で」
店主は切ったところにぐいと目を近づける。鼻を一つ鳴らすと、苗を持ったままバックヤードへ向かう。
「ちょっ、どこに……」
「ああ、すみませんちょっと水を差してあげます」
苗を指差しながら眉を上げる。汚れたエプロンといい、荒れた肌といい、砂をまぶしたようなゴワゴワした頭髪といい、あまり好印象は抱けなかった。
バックヤードから一つ二つ物音がしたかと思うと、苗に注射針を差して戻ってくる。親指が少しずつ水を押し出した。
「上から掛けてやるのじゃダメなんですか」
「この品種は難しいんですよ。水にもひどく弱くて、かけすぎるとすぐに腐るんです」
「育てるのが難しいんですか」
「いや、植えてしまえばどうということはありませんよ。ただ、すぐに植えてやってください。こっちにとってはほんの2、3日でも、苗の方では1ヶ月も宙に放られたようなストレスになる」
「そりゃたまりませんね」
手打ち式のレジをカチャカチャとやって、店主は数字を示す。たった一枚のコインと交換で、苗を受け取った。
苗。
受け取ってみて、その思わぬ軽さに口を曲げる。
「苗と芽の違いってわかりますか」
いたずらな目をして店主が問いかける。
「さあ。ちょっと大きいとかですか」
店主の満足げな笑みもやはり不愉快だった。
「植え替えられる前提の芽を苗って呼ぶんですよ。だから苗っていうのは自然界には存在しないんです」
「へぇ」
会話はそれきりだった。なにか大切なことを知ったような気もしたが、それが気のせいだと気づくまでにはほんの5歩ほどしか必要ではなかった。
自宅の庭はまだ質素なものだ。見渡しても花壇と芝生を分かつブロックすら用意されていない。
ひとまずその広い庭の只中に苗を置く。それがどう育つのかはよく知らないが、ただ一つだけ置いてみても寂しいものだということはわかる。
「植えてしまえば大丈夫、か」
ひとまず水をかける。この日のために用意した口の長いジョウロから、水はサラサラとこぼれ落ちた。
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