第4話 苺100%【後編】

昨日のあいれんとの電話を、わたしはずっと思い出していた。


「彼は別れるつもりなんかないの」


その一言が、何回も何回も脳内リフレインする。


「だよねぇ・・・」

職場の喫煙所で、アメスピをふかす。


斎藤との出会いは、婚活アプリだった。


写真をみて、正直不細工だなと思ったけど、誠実そう・・・

とも思った。

おまけに仕事の欄には【医療・福祉系】とあった。

医者かなぁ。頭良さそうな見た目してるし、医者までいかなくとも、看護師とか。


「こいつにメッセージしてみるか」

斎藤にたわいもないメッセージを送り、やりとりするようになった。


初めてデートした場所は、最寄り駅に併設されたビル内の、大◯コーヒー。


予想よりずいぶん不細工で、青のチェックシャツに、ベージュのズボン、という出で立ちが

更に彼を冴えなく見せていた。

斎藤の職業を聞いたときは、心底残念だった。年収300万か・・・。


心の中うんざりしながらも、彼とまた会おうと決めたのは、会計時の対応だった。


さっと伝票をもち、わたしが支払おうとするのを全力で拒否していた。


「あ、いーな」そう思った。

初デートで割り勘だったり、わたしに払わせようとした男とは、2度と会わないと決めている。


その男は初デートの時点で、金を払うほどの女でもない、とこちらを査定したわけだ。


一度でもそう査定された場合、それは覆らない。

それならば、こちらも、2度と会わなければ、余計な出費などしなくてすむ。


そんなこんなで斎藤と頻繁に会うようになり

気がつけば、付き合っていた。


斎藤は付き合い初めのころ

毎月のようにプレゼントをくれた。


ディズ◯ーのタンブラーだとか、ブランドのバックだとか、花束だとか(要らないけど)


それはそれは、マメにいろいろしてくれた。


最近になって、斎藤は少しずつ変わってきた。


毎日していたLINEが2日に1回になり、デートにも頻繁に遅刻するようになった。


会っていても、しんどそうな顔をしているときがあり

何度か「体調悪い?」などと気を使わなければならない場面が出てきた。


わたしは女の勘で、斎藤に好きな女ができたのだろうと思った。


で、あればだ。

他に好きな女がいつつ、彼女と別れる勇気もないような男に、使ってやる金などないのだ。

わたしは斎藤をキープはしつつ、婚活パーティーなどに頻繁に出向き、良い異性がいないかと探していた。


そんな矢先。


「君が成長するまで距離を置きたい。」


はぁ?まさに寝耳に水だ。

斎藤のくせになに言ってやがる。

年収300万の不細工男に、なぜこのわたしが、そんなことを言われなくてはならないのだ。


「わたしは・・・斎藤くんのことが好きだよ。だから・・・頑張るね。じゃあまた」


涙をこらえるような素振りを見せ、車をおりた。

しかし、内心ははらわたが煮えくり返っていた。


なんで。なんで。なんでわたしが。このわたしが。

キッチンの壁にグーパンをお見舞いした。


しかし、昨日のあいれんの言葉が本当だとすれば、斎藤には別れる気はないのか。


わたしに成長しろ、とは。


職場に戻ると、所長とは名ばかりのいつも暇そうにしているじじいに呼び出された。


「花森くん・・・君さ」


所長はスマホの画面をこちらに向けた。


「これって花森くんかな?」

スマホを覗きこむと、そこにはわたしのTwitterのアカウントが表示されていた。


え・・・なんで・・・

わたしは凍りついた。なんで所長がわたしのTwitterアカウントを知ってるの・・・・


「君の同僚の葉山くんがさ、偶然見つけたらしいんだけど。これ、ダメだよねぇ」


所長が指さして更に拡大までした写真には

会社の決起集会のさいの写真がうつっていた。


ピースする葉山くんや、その他の同僚や先輩がジョッキを手に所長を囲んでいる写真だ。


しかしその写真は、全員の顔が真っ黒に塗りつぶされていた。


「この写真のせられるのは、花森さんかなぁと思うんだけど。あと、ほらこれ。」


所長はわたしのTwitter画面をスクロールしてみせた。


「◯山まじ使えねー、独身のお局ばばあ◯崎うるせーよまじ消えろ、仕事もろくにしねーくせに、いいご身分だなぁハゲ所長さんよ、彼氏彼氏うるせーんだよ、モテない喪女◯田って。

これ、完全にうちの会社のことだしね。」


頭の中が真っ白になった。会社では、きちんとうまくやっていた。理不尽な仕事をふられても、笑顔で対応したし、生産性のない同僚とのランチにも、毎回付き合った。

飲み会にも、頻繁に顔をだした。

そのおかげもあってわたしは「優しくて、気が使える、いつでも感じのいい花森さん」

という評価だったはずだ。


「きみは・・・本当によくやってくれてる社員さんだと思ってたよ。葉山くんは、ショックで会社に来られないと言っている」


所長は、大きなため息をついた。


「なにか、言うことは?」


試すように、わたしを見据えてきた。


「・・・ありません」

所長はぽんっとわたしの右肩を叩き、「仕事に戻って」と呟いた。


衝撃で頭が真っ白だった。

アカウント名だって、ぜんぜん関連性のない名前にしてたのに。

あの写真さえのせなければ。くそ。くそ。


デスクに戻ろうとすると、同僚の本田がわたしを睨み付けていた。

「葉山くんから見せてもらったよ。あれ。会社中の噂だよ、あんたの性悪っぷり。」


本田は声をあらげた。

「あんたが前に紹介してくれた彼氏さんのことも、ぼろくそに書いてたね?キープだとか、底辺だとか。結婚には向かないとか。すっごい優しい人なのに」


まさか、と思った。


本田はさらに声をあらげる。

「あんたの本性、ぜんぶ教えてあげたから。彼氏さんも、会社の人間も、皆あんたの本性知ってるよ?いい人ぶって、うちらのこと見下して、楽しかった?」


本田は椅子から立ち上がって言った。


「あんた、最低だね」


ふふんっと鼻をならし、カツカツとヒールの音をさせ、オフィスを出ていく。


わたしは本田の後ろ姿を見ながら

新しいTwitterアカウントを作りはじめた。




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