第2話 ワイルドストロベリー
絶対にあかりちゃんだ!
最寄り駅近くのA◯ON。
入り口の野菜売り場でブロッコリーをガン見していたわたしの目の端に映ったもの。
あかりちゃん。
遡ること15年前。
あかりちゃんはわたしの高校で、ちょっとした有名人だった。
深キョン似の可愛らしいルックスに、少しぽっちゃりとした色白肌、アニメ声、つやつやの黒髪ロング
と、漫画の王道ヒロインのようなあかりちゃんに
クラスの男子のみならず、高校中の男子が恋い焦がれていた。
あるとき授業中に、つんつん、と背中をさされた感触がした。
振りかえるとあかりちゃんが、すっとノートの切れ端を差し出してきた。
「みずきちゃんへ。初めてお手紙をかきます。恥ずかしいですが、良かったらあかりとお友だちになってくれませんか?」
丸っこい小さな字でハートマークいっぱいに書かれていた。
わたしはすぐさま振り返り、あかりちゃんに向け、親指を立てた。
あかりちゃんは、ぱぁっと笑顔になり、小さく「ありがとね」と言った。
あの笑顔には、一応メスのわたしも、やられた。
これが噂のあかりんスマイルか、と。
あかりちゃんがこんな頼みごとをわたしにしてくるのには、れっきとした理由があるのだ。
あかりちゃんはいじめられていた。
クラス中の女子からと言っても過言ではない。
あからさまな嫌がらせこそなかったものの、徹底的に無視され、孤立していた。
その日の放課後、親友のひろみから呼び出された。
「あんた。なにあかりと仲良くしてんの?うちらがあかりのこと嫌いなの知ってるよね?裏切るつもり?」
ひろみは苛立っていた。
わたしは静かに答えた。
「ひろみたち皆が、あかりちゃんのこと嫌ってるのは知ってるよ。でもね・・・でも、わたしは・・・」
少し息をのんだ。
「彼氏がほしいんだ!!ごめん!!」
そう。わたしは、あかりちゃんの男コネクションを信じ、友を捨て、恋に走ろうと決心したのだ。
そんなしょうもないことを思い出しながら
やはりわたしは目の前のあかりちゃんに、見惚れていた。
三十路すぎとは言え、まだくえる部類の女だな。
そんな本音が、つい頭をよぎった。
「えー!!!嘘でしょ!!みずきちゃん!!!みずきちゃんだよね!!」
大きな黒目がちの目をぱちくりさせて、ついでにまつげエクステも華麗にはばたかせながら、あかりちゃんは驚いていた。
「久しぶりだね!相変わらず綺麗だね、あかりちゃん。」
「えぇ~っ!そんなことないよぉ!みずきちゃんこそ」
素早くわたしの頭から爪先までを眺めた後
「変わんないねぇ!可愛い!」とあかりんスマイルを発動した。
その後たわいもない話をし、立ち話もなんなので、とA◯ON内のミスター◯ーナツでお茶することにした。
「みずきちゃんてぇ、今、な
にしてるのぉ?」
コーヒーカップを持ったあかりちゃんの爪は、先端にピンクのフレンチネイルと色とりどりのストーンが施されており
とても綺麗だった。
「わたしは専業主婦だよ。今妊娠中で、子供産まれたら遊べなくなっちゃうから、友達に会いに、地元に帰ってきちゃったんだ」
半年前にデキ婚をしたわたしは、主人の転勤で他県に引っ越した。
しかし、子供が産まれたら、そう簡単に地元に帰れなくなる不安があった。
そこで、主人にお願いし、1ヶ月間限定で地元に帰ってきていたのだった。
「専業主婦?!?!」
あかりちゃんは突然声を荒げた。
驚いてフリーズするわたしをよそにあかりちゃんは捲し立てた。
「専業主婦?!ダメ!そんなの!もし旦那が他に女つくって逃げたらどうするの?!?子供と二人っきりで、養育費もろくにもらえず、どうするつもり?!?」
「え・・・あ、いやぁそこまでは・・・」
戸惑うわたしをよそに、あかりちゃんは止まらない。
「今時!!女も自立しなきゃダメ!!なにがあるかわからないご時世でしょ?女だって、お金持っていなきゃ!!!」
あかりちゃんの豹変に言葉を失うわたしの前に、すっと1枚の名刺が置かれた。
「会員制クラブ灯-あかり- ・・・??」
あかりちゃんはリップをなおし始めた。
「わたしね、会員制クラブやってるの。今は2店舗だけど、今年中に3店舗目出すつもり。」
あかりちゃんが高校時代より一段と華やかになっていたのは、そうゆうことか。
「お金に困ったら、いつでも連絡して。うちは頭の良い、顔の良い、若い女が採用基準だけど。みずきちゃんは友達だし、特別に話とおしてあげる。」
さきほど、野菜売り場で出会ったあかりちゃんは、もういなかった。
「う、うん・・・ありがとう。」
依然として戸惑いを隠せないわたしの目の前に、福沢諭吉が現れる。
「え?」
その瞬間、あかりちゃんはふふんっと鼻を鳴らす。
今まで見えていなかったあごが、少しだけ重力に負けていた。
「専業主婦の方に、お金を払わせるわけに行かない。生活大変でしょう。少ないけど、お茶代。じゃあ、また」
あかりちゃんは赤茶の綺麗なロングヘアをなびかせて、颯爽と去っていった。
わたしは、しばらくテーブルの福沢諭吉と見つめあっていた。
そういえば、急に思い出したことがある。
あれはたぶん高2の冬
マフラーを教室に忘れたわたしは、急いでとりにもどった。
教室に入ろうとすると、誰かがいた。
あかりちゃんだ。
あかりちゃんはなにかを手に持っている。
写真・・・?
右手に持っているのはライター?
ぼっと赤い火がともり、机の上には灰が落ちている。
あかりちゃんは、なにかの写真を燃やしていた。
あれはなんの写真だったのだろう?
ちなみに、あかりちゃんから男を紹介されたことは1度もない。
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