二七五五日目

「どういうつもりよ」

そうやって彼を威圧するのは何度目だろう。

授業中でならできの悪いアルバを叱責するくらいはよくある。

でも今は授業中ではない。

いつもならわたしが用意した料理が食卓に並ぶ朝食時、なぜかリビングには彼が準備した卵料理とブレッドが置かれていた。

「……なにが?」

彼はとぼけた。

「なにがじゃないよ。なんで朝食なんて用意してるのよ!」

今までの八年間、食事は欠かさずわたしが準備してきた。彼だって今まで文句なく用意したものを食べてきたはずだ。

「なんだよ。何が不満なんだ? これは自分の仕事だとでも言うつもりか?」

「はぁ? ちがうわよ」

よく考えたら面倒ごとをアルバがやるという意味なら、むしろ感謝すべきなのだろうか?

いやでも、なにか不快な感じがするのは確かだった。

「そ、そう。わたしの料理にケチつける気かと言いたいのよ!」

とっさに思いついたにしてはそれらしい理由。

「普通に美味しいって前に話しただろ」

「普通って何よ!」

「ちょっと待て、今お前の料理の良し悪しの話はしてないだろ……」

アルバはうんざりしたようにため息を吐いた。

最近になって、こんなくだらない口論が増えてきた気がする……。

「こっちは居候みたいなものだし、たまにはこれぐらいしとくべきかなって思ったんだよ」

「それが本心なら、いい心がけね。本気で思ってるならねー」

「ひねくれたやつだなー」

文句ばっかり。生徒なら生徒らしく、先生に聞き分けよくするもんじゃないのか。

「まあ座りなよ。毒なんて入ってないから食べてみろって」

アルバはそう言って朝食がのった大皿をわたしの方に寄せた。

「毒なんて入ってたら、その場でおまえの顔に皿ごとぶち当ててやる」

「入ってないって……」

わたしはぶつぶつ言いながら皿を手に取り、臭いを嗅ぐ。

卵以外に、ほのかに果実のような香りがした。わたしは鼻で笑ってやった。

「どうせ大した味じゃないでしょ。男の料理なんておおざっぱでいい加減って相場が決まってるもの」

「別にお前に何を言われようが構いやしないが、お前それ食ったら腰抜かすからな」

いやに自信満々だった。

たかが料理で、腰を抜かすなんて、大げさだ。

その自信、ぽっきりへし折りたくなる。

改めて彼の作った朝食に顔を近づける。

見た目は、特になんの変哲もないスクランブルエッグでしかない。

「ほれ、食べてみろよ」

そう言って彼はわたしにフォークを差し出した。

自分でハードルをあげるなんて馬鹿な奴だと思った。

椅子に座って、フォークを奪うように受け取る。

小さく切り取った卵を掬って、ゆっくり口に運ぶ。

たかが卵でなにを――

「……!」

そのたかが卵が、口の中で《一瞬で消えて》なくなる。なんらかの層が舌に触れた瞬間破けて、芳醇な香りが口いっぱいに広がったと思ったら、蕩けて消えた。

「……」

「どうだ? めっちゃうまいだろ? 隠し味にブランデーとか肉の出汁とかを足して――」

「ふぅっ!? ぐぉふぉおおおおおおお!!」

わたしは叫んだ。

お腹を抱えて、その場で何度ものたうち回る。

「え? ええ? うそ!?」

アルバは慌てふためいていた。

「まあ、普通に美味しいわね」

なにごともなかったように二口目を口に運ぶ。うん、まあまあ普通。普通に美味しいレベルだ。これぐらいならわたしも本気を出せば作れるだろう。

「おい……なんだよ今の……」

彼がジト目でこちらを睨んでいた。

ちょっとした冗談なのに、何をそんなに驚いている。

「これぐらいのことで調子に乗らないで。このレベルならわたしが作っても変わらないんだから、あなたは大人しくしてればいいの」

「今おまえが発した、女とは思えない叫び声について聞いてるんだが……」

本当に細かいことを気にする。

口にアルバの作った料理を詰め込みながら、わたしは次回彼に食べさせる献立を考えている。

絶対にこれよりも美味しいものを作ってやろうと思った。

これも、まだ飽きていないわたしの数少ない楽しみの一つだ。

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