一一一九日目
「時魔法について、教えてあげる」
正座するアルバを見下ろしながら告げた。
今日からはアルバに、より実用的な魔法を教えていくことになる。
彼は魔力量が乏しい。法陣は便利な特性を加えるほど複雑になり、対価である魔力が多く必要になる。アルバに使いこなせる陣でないと意味がない。
それに魔力量は、試行錯誤の要だ。それがないアルバが、魔法使いとして技術を育むには、別のプランが必要だった。
「……」
いつの間にか、彼の育成に熱を入れている気がする……。
いや、これは三年もの間わたしのスパルタ教育に耐えてきた彼への、ご褒美のようなものだ。
それにこれからだって、彼には厳しく接していく。
「急に頭振って、どうしたの……?」
「なんでもないわ」
「それにしても今日は、広い場所でやるんだな」
彼は意外そうにあたりを見回していた。
以前、剣の稽古の際に利用した『道場』に呼び出している。
まあ当時みたいに痛めつけるようなことをするつもりはないけど。
「無駄口はいいから、とにかく始めるよ。まずは基本の知識から教えてあげる」
コホン、と軽く喉の調子を整えてからわたしは話を始めた。
「この世界には時の魔素というものが存在するの」
これより先は、誰にも話して聞かせたことがない。わたしだけの秘密の話だ。
「時の魔素は火、水、風、土、闇、光の六大元素の魔素同様に、人の目には見えない小さな粒なの。そしてそれは他の魔素とは異なる性質を持ってる」
アルバは興味深そうに目を瞬かせた。
「魔素は魔力に反応して魔法を引き起こすけど、時の魔素は違う。魔素そのものを消費して奇跡を引き起こす」
その一言に、彼は顔をしかめる。これは、たぶんあんまりわかってないときの顔だ。
「ええと、ややこしいから順を追って説明するね。時の魔素は人の体の中に存在する。それは生来より人間が等しく持っているもので、常に人の体から流れ出て消費されているの。その有限的ななにかは、消費すると人の老化に作用していく。寿命みたいなものね。わたしはそれを観測することができる」
「観測……」
「つまりその有限的な何かが、時の魔素ってことなのよ」
実際はわたしがそう呼んでいるだけだが、そんな存在があるというのは過去のどの書物にも残ってはいない。
腕を組んで首をひねるアルバを余所に、わたしは話を続ける。
「人の老いっていうのは、時の魔素が体から流れ出ているから起きることだと、わたしは考える。そしてわたしは、その流れ出ているものを体に留める技術を編み出した。それがストップって技術」
「ストップ……」
「一種のチャージ魔法。時間をかけて、魔素を集めるための技術なの」
「魔素はチャージするものじゃないだろ? 空気中に存在するものだ。魔力を使って魔素に干渉すれば魔法が発生する」
「だから、時の魔素はそうじゃないの!」
彼の言っていることは間違ってはいない。でもその原理が必ずしもすべての魔素に適用されるかというと、そうとは限らないのだ。
彼はまだこのあたりの融通がきかないみたいだ。
「ストップを使うと、わたしの体感時間が完全に停止し、わたしだけが世界に置いていかれる。そうしてわたしが過ごすはずだった時間が、わたしの中に時の魔素として補充される」
アルバはそのとき初めて、合点がいったという顔になった。
「へぇ……それが、チャージするってことか」
わたしはうなずいた。
「まとめると、時魔法を使うためには、時の魔素が必要。それを得るにはさらにストップという技術を会得する必要があるってこと」
時魔法は、そうやってわたしが後天的に観測できるようになった「時の魔素」により発見に至った。六大元素に該当しない独自の魔素を操ることで扱えるかなり特殊な魔法だ。
「ちなみにこの魔法は、魔力を一切必要としない」
「まじで?」
魔力が乏しいアルバにはぴったりの技術ということだ。
「ストップという特殊な方法でないと得られない魔素を使えば、物体をその場に停止させたり、傷ついた体を無傷の状態に戻したりすることができる。他の魔素と同じように知識さえあればいくらでも応用ができる。あなたにとっては有用な技術でしょ?」
「もしかして、僕の傷を癒してたのも?」
「……」
アルバの言葉に、過去の体罰シーンが蘇った。
なぜか、胸のあたりが痛くなる。
「ええそう……あなたの負ったダメージを、時魔法でなかったことにした」
彼が痛みに泣き叫ぶ姿を頭の隅に追いやって、話を続けた。
「繰り返すけど、時魔法を扱うには、まず『時の魔素』を手に入れる必要があるの。ここまでわかったね?」
矢継ぎ早に話した内容を、彼は上手くくみ取れただろうか。
腑に落ちない表情だったが、うなずいてはいた。なら、とりあえず先に進もう。
「じゃあ今度はストップについてね」
授業っていうのは積み木を積み上げる作業に似てるなぁ、なんてことを思った。
順序や要約を誤ると、途端に説明が破綻してしまうのだ。
誰かにものを教えるってのはアルバで初めて経験したことだけど、いろいろと新しい発見が多い。
「ストップを使用している間、術者の時間が止まり、無防備になる。時間を止めることで、術者が本来過ごすはずだった時間を、体内に留めることができる。その留めたものが時の魔素になる」
「無防備って……危なくないか?」
「そう、危険なのよ。だから日常生活で時の魔素を集めるには周りに誰もいないか、ある程度の人の出入りがない場所を選ばないとダメなの。あとは――」
アルバにちらと視線を送る。たまたま目の合った彼が不思議そうに小首をかしげた。
「信頼できる人間の前とかじゃないと……ストップは使えないし、魔素は溜められない」
「? なんで?」
「だって無防備になるでしょ? その間にやりたい放題できちゃうもの。このあたりが時魔法を使う上での最大のデメリットになるのかな……」
「……なるほど」
今度こそ、飲み込んでくれただろうか。
彼は考えに耽るように目を細め、ふと何かに気づいたように見開いた。
「つまり、コールドスリープみたいなものか」
そう口にするアルバは、額を指でトントンと叩いていた。いずれにしても、釘を刺しておかないといけないことがある。
「言っておくけど、もしストップを上手く扱えるようになってもわたしと関わる時間をないがしろにするのは許さないからね」
「はあ……」
思ったことをそのまま口にしていた。
言ってから気づいた。ないがしろにされるのが嫌だなんて、わたしがアルバに放っておかれるのが嫌だ、と言っているようなものだ。
「ま、まあそんな日は来ないだろうけどね」
「……? なんか怒ってる?」
怒ってない。
「じゃあ、今度は実際にわたしがストップを使って見せるから」
そう告げて、わたしはその場で正座をする。
静かに息をして、体内に保有している陣の行使を促す。
ふと片目だけを開いて彼を見ると、すごく真剣な表情でこちらを見ていた。
「……言っておくけど、無防備になるからって変なことしないでよ」
「……しないよ」
「本当よ? 信じるからね……」
何かされても、本気で気づけなくなるので、他人の前でストップを使うのは生まれて初めてだったりする。
それでも、アルバならまあ、そんな暴挙には出ないという安心感はあった。
万一があっても、別にいいかという風に割り切ることにする。
あまり意識しすぎると、すごく恥ずかしいことを想像してしまいそうだし。
「でもそうか……コールドスリープか……」
アルバがぶつぶつと何か言っていたが、その瞬間ストップが発動して、わたしの思考は遮断された。
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