陽の当たる人、そうでない人
凶夢
「これはアルバを守るために必要なことなのよ」
早朝――廃墟の外れ、森林と隣接する人気のない場所をリナリアとルピーは訪れていた。
珍しい組み合わせだと思う。アルバを介して同じ空間で話をすることはあっても、あえて二人きりで話すことはなかった。もしあったとしても早々に口げんかが始まる。
「……それで何の話よ?」
ルピーは眠そうな目でぼやいた。今の彼女にはアルバを前にしたときのような明るさはない。
普段ネコをかぶってるのは分かり切ってるのでそこを指摘したりはしないけど。
「お願いがある」
「お願い?」と目を丸くするルピーに、懐から取り出した小さな石を手渡す。
「この魔道具を人のいる土地へ運んでほしいの。あなたなら使い魔を使えばできるでしょ? なるべく、人が見つけにくい場所、高い建物尾屋根の上とかに置いてほしい」
簡潔に言うと、彼女は手に置かれた石を興味深げに眺めた。
「例えば、法陣を発動する際に、魔力が足りなかったらどうなる?」
「え?」急に問われたルピーは首を傾げる。「魔法が発動しないと思うけど?」
「だけど魔力は残ってる分だけ消費される。すると魔力がゼロになってしまう」
魔力枯渇と呼ばれる現象だ。魔力を枯らした術者は、自然と回復するまでしばらく身動きが取れなくなってしまう。
自分がそうなれば、誰かを――アルバを守ることもできなくなってしまう。
「これは魔力枯渇が起きた時、僅かな魔力を色々な生き物から徴収して、体内に取り込むの」
「……なにそのすごい効果……そこまでやる必要があるの?」
「言ったでしょ? 彼を守るためだよ。彼の特性を考えれば……」
脳裏に、何人かの同級生の顔が浮かんだ。
「フィサリスの時みたいに、他の魔女と敵対したときのことも考えないといけないのよ」
あの時は彼を死なせずに済んだが、次もそうなるとは限らない。
深刻そうなリナリアの表情に、ルピーは考え込むように俯いて、
「それならたぶん……シオンとカルミアって二人組が、一番ヤバい」
神妙そうに口にする。聞き覚えのある名前が出て、唇が震える。
「元々は私の――いや、それはいいか……とにかくその二人は呪いのせいで特に人格が変質してる。しかも未だに二人で行動してるみたい。私くらいの背丈のドレス姿の子がカルミア。背が高くて、長身で、無口だけどとっても綺麗な子がシオン」
「そう……」
情報提供は有難いが、生憎今のリナリアには外見から魔女を判断することはできない。もしも魔女らしき人間を見つけたらルピーの目を頼ることにはなりそうだ。
いずれにせよ、対策はまだもう一つある。それはこのあとすぐにアルバに与えるつもりだ。
白白明
その日は起床した瞬間、目をぱっちりと開けたリナリアの顔がすぐそばにあって、ぎょっとする。
「起きた?」
まだ瞼が開き切っていないアルバに、彼女が言う。朝の陽光と共に満面の笑みを浮かべている。
「起きた?」ともう一度繰り返す。
「寝起きです……」
「おはようアルバ、良い朝ね!」ぱっと晴れやかな表情で朝の挨拶をしてくる。
「いきなりなんなんですか……?」
寝ぼけ気味に尋ねると、彼女は顔をしかめた。
「まず最初に言うことがそれぇ? 起きるまで静かに待ってあげたのに、もっと言うことがあるでしょ?」
「おはようございます……てかずっと待ってたってなんで?」起こしてくれてもよかったのに。
「にゃはは」やたら可愛い笑い声。「いやぁ、寝顔が思いのほか可愛くてね、つい時間を忘れて眺めてしまったわっ」
起き抜けにこの人はなんて恥ずかしいことを言ってくるのだろう。
「はぁ、まあお師匠の可愛さには負けますよ……」
「……」
冗談に冗談を返したつもりだった。のだが、彼女は硬直した。それから目に見えて顔を朱に染める。
「と、とにかくすぐに起きなさい。惰眠を貪るなんて私の教育指針に反するもの!」
誰よりも貪ってる人に言われたくないっ。
「というか朝飯は?」
「ルピーがもう用意してるから、それを食べたらすぐに来て」話しながら、リナリアの身体は左右に揺れている。
「あ、でもその前に行かなきゃいけないところが……」
「じゃあ外で待ってるから、早くね!」
リナリアがせかせかしながら部屋を出ていってしまう。途端に室内に静寂が訪れる。あの様子だと、直ちにいかねば機嫌を損ねそうだ。
ポケット越しに懐中時計に触れる。
「……まあ、別に義務ってわけじゃないし……」
一回ぐらいは気にしないだろう、そう安易な気持ちで、アイビーの事は一旦頭の隅に追いやった。
乖離
カチ、カチ。
時計の針の鳴る音がする。予定なら彼が訪れるのは今日のはずだ。現実側で一、二分のずれはあるだろうが、必ず来てくれる。
彼が訪れるであろう時期が近づいてくるとちょっと緊張する。いや、本当はかなり。
「ほ、本でも読もうかな」
この空間に読んでない本なんてないけど。
白白明
庭に出ると、リナリアがルピーと向かい合って話していた。
リナリアがアルバを見つけると腕を腰に添えて「おそいわよ」と強い口調で言った。
「寝起きです」
「それはもういいわよ」
眠い目をこすりながら「それで、一体何が始まるんです?」と問うと、彼女はとても難しい顔でアルバをじっと見る。
「まだなんか眠そうね」
「寝れてないんです」
「良くないわよアルバ。夜はちゃんと眠って身体を休める時間なんだから」
心配してくれるのは嬉しいが、夜寝れないのは主に同じベッドに入り込んでくる誰かさん二人が原因なのだ。元凶に言われても一切心に響かないのが辛いところだった。
「そうよアルちゃん。寝る子は育つって」そばに立つルピーが言う。元凶に言われても――以下略。
「それでなんです?」
「今日はアルバにとてもいいものをプレゼントします」
「プレゼント?」
「アルバは魔力もしょぼいし、物覚えもよくない」
のっけから、厳しい正論を叩きつけられ、身体が強張る。
「だから今日はアルバ、あなたにも簡単に使える魔法を教えてあげる」
「教える? 法陣を僕がお師匠に習って描くのとは違うので?」
それなら普段やってることと全く変わりない気がするが。
「いいえ、法陣はすでに出来上がっています。特に覚書のために練習する必要もありません」
丁寧口調だが、得意げに口元が緩んでいるのは隠せていない。
「だけど単にお師匠の描いた法陣を扱うなら、あまり勉強にもならない気がしますけど……。法陣って、覚えて描いて、それで使えて初めて習得したと言えるんですし」
「これからやる手法はそういう知識があまり重要ではないの。ただちょっとしたことに耐えるだけ」
「耐えるって、何をする気なんです?」痛いのはちょっと勘弁してほしいが。
「体内法陣を使います」
……なんだっけそれ。
乖離
バチンと、アイビーは自身の読んでいた本を、力いっぱいに閉じた。
無言のままに、虚空を見つめる。怒りが、ふつふつと、静かに、深く、浸透していった。
ギッ、と彼女の睨んだ視線の先には、一向に開く気配のない扉がある。
嫌悪
体内法陣とは、文字通り人の体内に直接法陣を埋め込む技術だ。体内法陣によって埋め込まれた陣は外部から読み取ることはできなくなり、通常魔力を練り、陣に魔力を込めるという過程を飛ばして魔法を即座に発動させることも可能になる。一方で、一度埋め込んだ陣は術者の命が消えるまで取り出すことができないという側面もある。
アルバの魔力量は平均以下だ。生まれながら決まっているその総量を増やすことは鍛錬を続けても不可能。
そんな彼に一体どんな法陣を植え付けるつもりなのか、ルピーは不思議に思っていた。
体内法陣を与えられたアルバは今、廃墟の外れにある巨大な岩石の前に立っていた。彼は手を掲げ、いつになく真剣な表情で巨石を睨んでいる。その様子をルピーはリナリアと一緒に背後から見守っていた。
すると、アルバの手から漆黒の弾が迸った。それは岩を穿つと、その周辺を砕いて、瓦礫を飛び散らせる。
「!!?」
予想外の威力だった。とても平均以下の彼が使いこなせるような魔法ではない。
「す、すっげ……っ!」彼は、目を輝かせてその光景を眺めていた。
「上出来ね」リナリアはうんうんと頷く。いや、うんうんではない。
「いや……でもすごすぎません? とても僕が使いこなせる魔法には――」
アルバの疑問はもっともだ。あんな強力な魔法、彼の魔力量では一発で打ち止めになりそうなものだ。下手すると魔力切れで倒れてしまう可能性だってある。身の丈に合わない魔法は、逆に彼を危険な状況に陥れることだってある。
「そんなことないよ。アルバの魔力を極力使わないように『対価分配』の特殊効果を付与してるの。周囲の人間から魔力を徴収して魔法を発動させるのよ」
さらっと何言ってるんだ?
「……簡単に言ってますけど、それって凄い効果じゃないですか……?」
「そーでもないよー? 主となる攻撃効果を決めてからあとは適当にもちゃもちゃとカスタマイズしただけだし」
「もちゃもちゃって……そんな粘土みたいに……」
いやいやいや、と横で二人の会話を聞いていたルピーは激しくかぶりを振った。
簡単なものか。他人の魔力を徴収して魔法を打ち出すなど、もはや魔法の前提を無視している。
「とりあえず今回は『右手を強く念じる』をトリガーにしたから暴発には気を付けてね。無駄撃ちも控えること! 自分の魔力を全く消費しないわけじゃないから。あなたの魔力量だと十回くらいが限界かな?」
「ふうん、そんなもんですか」
破格の回数だよ!
心の中で何度も叫んでしまった。
ただここまで聞いてよく分かった。リナリアはフィサリスの『魔法を盗む魔法』や、ルピーの『魔法生物を作る』のような秀でた特性の魔法を持ってるわけじゃないけど、魔力操作に特化した魔法使いなのだ。
普通の魔法使いは、まさか戦闘中に自分の魔力が吸われてるなんて夢にも思わないだろう。そういう意味では魔法使いの天敵ともいえる。
「まあとにかくありがとうございます。さすがお師匠ですね! 僕にもこんな風に魔法を使える日が来るなんて!」
「ふふふ、でしょう! 私は偉大なお師匠さまだからね」
当人たちには全くその認識がないみたいだが――
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