第44話 雛。
「ゆーじあっ!!」
「あぁ、またセシリアが泣いてる…君は泣き虫さんだねぇ。僕は大丈夫だから」
そう言うと苦痛に顔を歪めつつ、笑顔を作ろうとする。
相当我慢してたのかなと思うと次から次へと涙が止まらなくなってしまった。
「ごめん…なしゃ、い。でも、さっきのはダメ、だから」
「うん…ありがとうね。でもね、あんまりセシリアを泣かせちゃうと、僕がゼンに怒られちゃう。それに…僕、頑張ったでしょ?」
「けが、がまんしゅるほど、がんばらなくていいの。つらいのダメ、ムリしないでね」
「うん、ありがとう…そんなに辛そうだった?」
こくりと頷き返すと、やっぱり我慢の限界だったのか、ユージアは痛みに引き攣った顔でため息を吐く。
……一目瞭然だったよ?助けた後は、ずっと笑ってたじゃない。
別れた途端にどうしてあんな表情になっちゃったの?
少しだけ思い出してしまって、また涙が滲み始める。
「ゆーじあ、なおすからおなかみせて?」
「うん…ねぇセシリア、ひとつお願いがあるんだけど。先にあの奥の部屋にいる子達を助けてくれないかな?……僕はまだ大丈夫だから」
「子達」…私達のように攫われてきた子なのだろうか?
助けるって、大きな怪我をしているんだろうか?
理解が追いつかなくて、どういうことなのかを聞き返そうとしていると、レイとエルネストがこちらへ向かって近づいてくるのが目に入った。
「フィアに『雛』と呼ばれてた子が…あと3人、ここにくる前の部屋で倒れてたから」
倒れてるって一体どういうことだろう。
何かを、少し言いにくそうに、言葉を選ぶようにユージアが話しだす。
「君らが来る直前まで、かなり御無体されてたみたいで…ね」
(御無体ってなにさ…)
きっとあの扉の先が「籠」と呼ばれていた場所なのだろうけど、一体何の部屋なのか、私には全く想像がつかなくなってしまった。
そもそも、ユージアだってその「籠」の中にずっといたのだから…とユージアを見て考えて…嫌な予感に辿り着いてしまう。
「雛」と呼ばれたレイもエルネストも、そしてユージアも一般的な美醜で言うなら、無意識に目で追ってしまうような美しさがある、一般的には美少年にカテゴライズされると思う。
ただね、ユージアだってそろそろ成長期かな?といった年齢に見えるし、レイもエルネストに至っては10代にすら達していない。
そう思うと、とにかく嫌な予感、そしてユージアが言いにくそうに、伝える言葉を選んでいたことも前提に色々と邪推してしまいそうになった。
レイの背後から、心配そうに覗き込むエルネストに気づいたユージアが小さく手招きをしている。
「先に大聖女様たちも到着してるし、伝えておいたから、大丈夫だとは思うんだけど…助けてあげて」
「わかった」
「僕も行く!」
レイは同行しようと走り出したけど、エルネストはユージアに着いていることにしたようだった。
どうも『籠』と呼ばれていた部屋の臭いが駄目らしい。
フィアからも臭ってたらしいんだけど…臭いの元っぽいんだよね。
「おい、ポーション貰ってきたから、ひとまず止血するぞ」
駆け出す私と入れ違いに、魔術師団の団員さんがユージアの応急処置をしようと来てくれたのが見えた。
ドアを開けて入る。
室内は薄暗く強い香のようなものが利いた、とても蒸れた部屋だった。
「やっぱり、臭いな…」
レイが鼻に手を当てて顔を顰めている。
これが、エルネストの嫌がっていた『臭い』だろうね。
さっきまでいた部屋と違って、こっちは石造りの部屋にしては随分気密性の高い構造になってるみたいだった。
だって、こっちの部屋は…入った途端に沢山の大人の叫び声が聞こえているから。
それにこの臭い、私でもわかるすごい臭さを完全に閉じ込めることができてたという事だよね。
魔術師団の団員さんが私たちに気づいたのだってきっと、ユージアを追いかけていたという理由と、火の壁の爆発の衝撃があったからだと思うんだよね。
……部屋には柔らかい布が大量に、そして乱雑に重ねられて、所々に散乱している。
部分部分には天蓋としてだろうか、軽く薄めのシフォンのような布が吊るされていて、間仕切りも兼ねていたのか、本来であればドアから部屋の全てを覗くことができない配置となっているのだろう。
今は、強くうねるように吹く風に翻弄されてバタバタと激しい音を立てている。
素材としては全て高級品のように見受けられるが、淫靡で酷く自堕落な…それこそフィアの態度や視線に感じていた『ねっとりとした』あの気味の悪さを、そのまま形容をしたような部屋になっていた。
部屋の中央に1つだけ、ベッドの側に置くようなサイドテーブルがあって、その上には水浸しになった香箱のようなものが見えた。
(えーと、この部屋ってさ、
「セシー!あぁ、来ちゃダメだ!」
部屋の構造や雰囲気に合う唖然とし、ドアの前で立ちすくむ私に気づき、部屋に父様の声が響き渡る。
父様は部屋の少し奥に立ち、杖を片手に持ちもう片方の手を挙げ風を操っているのだろう、切れ長の意志の強そうな翠の双眸が、ずっと天井を凝視し続けている。
(うん、わかる。幼い娘にこんな部屋は見せたくない。絶対に。でも、非常時だから)
「……おいっ!返事しろ!息をするんだ!」
そう思ってる間にも、怒声のような強い大きな声で、意識の確認が行われている。
この部屋には先ほどの黒と赤のローブの団員ではなく、白と黒を基調にしたローブの人間が多くいた。
母様の大聖女のローブと似ているから、多分この人たちが治療院の人間なのだろうね。
彼らの人だかりの隙間から青白い足が見えた。
周囲には無数の血痕も見える。
邪魔にならないようにそっと近づこうとすると、後ろへ引っ張られるような感覚があり、いつの間にかにレイに強く手を引かれていた。
振り向くと、いつもの優しげな顔を強張らせ、哀しそうに伏せ、小さく首を横に振っている。
……ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
(ここは小さな子供に見せちゃ駄目なんだから、レイだって駄目じゃないか。精神的なダメージが大きくなる前に、早く隔離しなきゃ…!)
「れい、こわいね、ごめん。ゆーじあのとこにいて?」
「セシリアも、戻ろう」
さらにぐっと手を引かれる。
そのままドアの外まで引きずっていかれそうになって、必死に抵抗する。
「れい、だめ。れいも、えるも、ああなってたかもしれないんだよ?はなして」
「……助からないかもしれないよ?」
「そうならないように、がんばるの。あのこたちも、だれかのだいじ、なんだよ。まもるの」
「……わかった。じゃあ僕はこの臭いのをなんとかするから、何かあったらすぐに呼ぶんだよ」
そういうと、レイは父様に向かって走り出していった。
うん、と返事をしつつ私も周囲を見渡し歩き出す。
遠目に首にみんなお揃いの金色のチョーカーをつけた、半裸の状態の…というか布一枚を腰に巻き付けただけの、ほぼ全裸みたいな男の子が3人見えた。
2人は治療院の人たちから
もう1人はさらに重症なのか、母様が必死に治療中のようだったが、その誰もぴくりとも動く気配がない。
ただ、父様が換気のために起こしているのであろう、部屋の中央に向かうほど強く吹き上げる風に、彼らの髪だけが翻弄されていた。
(フィアはどんな性癖してるんだか…というか、ユージアも「御無体」とか言ってたし、本当に何をしてたの?考えるだけでゾッとするんですけど!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます