第45話 大聖女。




 母様に近づこうと歩き出すと、部屋の中央付近に水浸しになっている香箱が目に入る。

 その香箱は、香を焚く香炉と一体化したものだった。

 未使用の物まで水をかけて駄目にする、そして急ぎの換気が必要なくらい。と考えると有毒性の香でも使っていたんだろうか?


 ちょっと気になって中を覗き込むと、虫のような欠片と木の屑を混ぜて焚き上げていたように見えるってことは、ここら辺が主成分かなぁ?



(匂い…と形状、うーん、前前世むかしの私の専門ではなかったみたいだけどこれは、

 同僚が大事そうに使ってた素材に似てるから…毒薬の類だなぁ)



 この乾燥させてる虫っぽいやつが神経中枢を麻痺させる効果のある毒虫に似てる気がするんだ。

 その毒虫の成分を薄めて使えば、興奮や催淫薬のようなものとして使える。

 多用すると中毒を起こして死に至る。まぁそもそもが毒だからさ、普通に毒として効くってだけなんだけど。


 どんっ!という音と衝撃、強風が吹き、部屋が一気に明るくなる。

 父様のいた辺りに目をやると、豪華な天窓があった付近の天井と壁の上部に大きな穴が空き、一気に新鮮な空気が入り始める。




「なんで…どうしてこんなっ…!」


「まだ…こんなに…若いのに…」



 絞り出すように震える声が、耳に届き始める。

 母様が、完全に脱力して腕をだらりと垂らした意識のない少年の頭を抱き込んで癒しの手ヒールをしながらぼろぼろと泣いている。



「お願い、お願い…息をしてっ…!頑張って…」


「おかしゃま!」


「セシー…あなたも…手伝ってくれる?この子を死なせたくないの…でも…」



 私を見つめる母様のアクアマリンのような瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ続けている。



(私の前世は、一般人だったので医学に関しては一般レベルなんだけど…)



 ぱっと見ただけでもわかるほどにとても整った容姿の少年の頰に、ぺたりと触れる。体温は冷たく感じるほどに、とても低くい。

 呼吸も浅くて少なくて、ふうっと息を吐いてから少しの間をおいて、思い出したかのように息を吸い込むレベル。少ない、見ているだけでも苦しい。


 ぺたりと胸の辺りを触ってみる。ぶっちゃけ脈拍測れば?とは思うんだけど、今は正確に測る手段がない。時計もないし、自分の脈を基準に比べようにも、3歳児わたしと体格や年齢が違いすぎるから…体温も脈もね、子供の方が高いんだよ。

 同じであれば、比較出来るんだけど。


 まぁそもそも、今の私が平常心なわけがないだろうから、脈拍なんてパニックになって踊り狂ってるだろうし、比べる基準以前の問題なんだけどさ。



(心音が遠い…)



 私の知ってる同じような体格の人物で言えば、セグシュ兄様やユージアだけど、抱っこされた服の上からでも心地よい心音が聞こえてたけど、この人は胸を直接触ってもわからない。

 胸に耳を当てると、トクンと小さくやっと聞くことができた。


 全身は脱力していて、傷はあったのだろうけど、母様によって治療済みだ。

 あれだけ必死にフルパワーで癒しの手ヒールをしてたんだから、治らないわけがない。


 それに、半裸どころかほぼ全裸のような彼らには、怪我や出血は見当たらないけど、部屋中にかなり新しい血痕がたくさんあるからね…。

 実際、彼らの腰に巻かれている布も、母様のローブも鮮やかな血で染め上げられている。


 傷を治し切っても、呼吸や心音に異常があるなら、さっきの香に使われてた虫が、あの毒虫だと確定していいのかもしれない。



『──痛覚を軽く刺激するとくすぐったく感じるように、神経だって部分で麻痺させることによって感覚を誤魔化したり錯覚させて、強く興奮させたりの本来とは違ういろいろな作用を引き出すことが出来るんだ!』と、同僚が熱く語ってたのを思い出していた。

 ……かの同僚は、それを利用しての、前世の世界地球で言う、依存性を完全に無くした、精神の安定剤や、麻酔薬、痛み止めを研究していた。



(ま、何にせよ、摂り過ぎたら毒ってね。…彼らは強制的に摂らされてたのだけど)



 母様の癒しの手ヒールがこれ以上の効果を出せないでいるのは、傷ではないから。

 毒からくる麻痺という状態異常だと思う。主に身体ではなく、心臓や腎臓あたりの臓器の。



(そう考えるとやっぱり、あの毒虫っぽいんだけど…)



 確認のためにちらりと腰の辺りに目をやると、股間のあたりでナニカが存在を主張するかのように布が盛り上がっている。

 ……あの毒虫の毒を薄く使うと、催淫薬や興奮剤として使えるから、まぁそうなるよね。

 前前世むかしの世界でも、同じ用途として使われてたと記憶しているし。


 考え込みながら、布の膨らみを凝視してしまう。

 もう、確認は完了しているんだけど、邪まな気持ちは無いつもりなのだけど、なぜか目を反らせず…。


(こんな瀕死の状況で生理現象ではない…はず、だから)



「……どう?」


「っわああっ!?」



 いきなり横からレイの声が聞こえて、文字通り、びくりと飛び上がってしまった。

 私のすぐ隣から、私の顔を覗き込んで怪訝な顔をしている。



「セシリア…?どうしたの?僕に手伝えること、ある?」


「ぁああ!れい、な、なんでもないっ!ねぇ、あの…みんなのくびの、はずしたい!」



 あまりの動揺に、声すら裏返るとかね…

 母様は大聖女然として頑張ってるのに、なんかごめんなさい。

 本当に他意はないんです。




「…それなら僕にでも出来るから、向こうの子達も外してくるねっ!」



 にこりと笑顔を浮かべると、早速と言わんばかりにチョーカーを外して、治療院の人達から治療を受け続けている子達へと向かって走っていった。



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