第42話 籠。



ユージアは「こっちだ」と言うと、レイとエルネストを連れて、先程フィアやユージアの出てきたドアへと向かって歩き出す。この先にユージアのいたという『籠』があるんだろうか?


フィアとすれ違い、ユージアがトアのノブに手をかけようとした時に、機械的な焦点の合わないぼんやりとした呟きが聞こえてきた。



「でもね、嫌なの。やっぱり、嫌。そのゴミは今ここで処分して?雛が私以外を見てるなんて、嫌」


「……今はご対応致しかねます。武器を持ち合わせておりません」



ユージアがくるりと振り向くと返事をする。


そう言えばだけど、ゴミって私のことだよね…。ユージアやセグシュ兄様の事で頭がいっぱいだったわ。


すると、フィアのぽつぽつと呟く口調に憎悪感がにじみだす。



「そう。なら…あなたも要らないわ。お父様の仰った通り壊れてしまってるのね?すぐに動けないなんて。私、この雛だけで我慢するわ。あなたを捨てたら、セグシュ様を貰えるのですって。だから、あなたの首を頂戴…」



瞳を潤ませて、心ここに在らずの様な視線で、顔も完全に上気し、呼吸も荒い。

何かに陶酔しきった様な状態でふらふらと、フィアは隠し持っていた護身用のナイフをユージアに向かって構えて口角を上げて笑う。


ユージアは私の身体をローブで包む様に構え、レイとエルネストの前に立つ。



「まだ動けてるから、ちょっと勿体無いけど。セグシュ様もそろそろ貰ってあげないといけないの」


「にいしゃまもゆーじあも、あなたのモノなんかじゃないっ!」


「……うるさいっ!」



フィアの声に反応するかの様に、軽く振られた短剣から氷柱と見紛う氷の矢が数本放たれる。

しかし、ユージアに触れる直前に、いつの間に張られたのか、障壁に阻まれて霧散していく。


その様子に気づくとフィアの勝ち誇った笑顔が固まり、一瞬、軽く目を見開くと、幼な子の地団駄を踏むかの様にヒステリックに叫び始め…短剣を振り回し始める。


短剣の振りに合わせ、無数の氷の矢が降り注ぎ、そのいくつかは防ぎきれなかったのか、私を抱えるユージアに着弾の衝撃が伝わってくる。



「要らない!要らない!要らないのよっ!」


「っ!痛いなぁ…。流石に属性が違うと少し貫通しちゃうね…」


「ゆーじあ!」


「ちょっと痛いけど、セシリアがいてくれるから大丈夫、と言いたいところだけど…さ、ねぇ?!なんで僕だけ障壁張ってくれないの?」



ユージアは少し涙目になりながら、くるりと振り向いてレイに言う。

レイも頑張ってたんだね。



「魔力足んない。セシリアと僕とエルの分で限界なの。そのローブで防げてるし。頑張って」



何故かちょっと不機嫌そうな、つまらなそうな表情だったのが、私を見てにこりと笑顔を浮かべ「頑張れ」と言わんばかりに手を振る。


……そのローブも、無数に降り注いでくる氷の矢に、ところどころ切れたり穴が空き始めてるんだけどね。

ユージアは私を抱えたまま、器用に氷の矢を避けてなんとか反撃の隙を伺おうとしているのがわかるのだけど、フィアがただただ、短剣を感情のままにがむしゃらに振り回している状態なのが尚更に動きが読みにくい、と言った感じでなかなか近づけない。



「ゆーじあ、しょうへき、しゅるよ」


「出来るの!?一応、高等魔法だからね?」


「わかんないけど、がんばる」


(障壁…確か魔力だけで構成するとものすごく燃費が悪いから、属性を付けることによって強度の補完をするんだよね?氷だと…あ!火かな?でも貫通したら嫌だし、氷の矢が一瞬で溶けるくらいの高温の炎がいいね!)



前前世むかしは研究施設にいる以上、実験やら検証で当たり前の様に常に使ってたから、魔力の加減さえ間違わなければ出来るはず!

ユージアの小脇に抱えられたまま、両手を前に広げる。…ちゃんと大事な人たちを守るんだ!



『あっつい、かーべ!』



また、やってしまった。文字通り、壁を作った。

2m四方のマグマの塊の様な高温のブロック塀のイメージで、貫通が怖かったから、文字通りの、壁ができた。

まぁ、壁を吹き飛ばした前回よりはマシだよね!壁、ちゃんと立ってるし!

なんて考えてる間にも、壁が出現してむしろ狙いが定めやすくなったのか、追撃の様に大量の降り注いできた氷の矢。

でも、これなら怖く無いもんね!と思った瞬間、壁に氷の矢が着弾した。



「へっ?それ障へ…き?──うわっ」



瞬間、どん!という重低音のきいた轟音とともに真っ白な高温の風に煽られて、私を抱えたユージアごと、後方に吹き飛ばされた。


しっかりと抱えていてくれたユージアのおかげで私の気絶は免れ、というか、凄く反射神経が…身のこなしが良いよこの子!

普通なら吹き飛ばされた後は受け身を取って転がる程度のことしかできないと思うんだけど、くるりと猫みたいに身体を捻って、優雅に着地とかしちゃってたよ!?


自分が起こした状況にびっくりしていると、頭上から呆れた様子のユージアの声が聞こえてくる。



「……セシリアの障壁はすごいね~。なんか爆発したんだけど?ローブの障壁がなかったら僕ら、火傷じゃ済まなかった気がするんだけど?」


「ごめんなしゃい…」



頑張ったのになぁ…。頑張りすぎたらしい。

ていうかあれだよね、魔法を知ってても試し打ちすらしたことないんだから、一発で全て完璧とか無理な話だよねっ!

自分で作り出したにも関わらず目の前に広がる惨事に唖然とする私の表情に気づいたのか、小脇に抱えていた私を「たかいたかい」するように持ち上げて、対面するように抱き直すと、満足そうに顔を綻ばせる。



「ここは謝るところじゃないよ~?まぁちょっとだけ…派手にやらかしちゃったけど、攻撃止んだし、結果としては上出来なんじゃないかな?」


「がんばった?」


「うん!偉い偉い!」



今までの暗い表情はなんだったのかと思うくらいに、霧が晴れるように明るいユージアの声とともに、ぎゅうっと抱きしめられる。



「……上出来、ではないよね。この壁どうすんの?すぐに消える気はしないんだけど」



少し不機嫌そうな声とともに、蒸気の霧を強風で吹き飛ばしながら、レイとエルネストが現れる。

私の作った高温の壁は所々で青い火を噴き出しながら周囲に陽炎の如く熱気を放っている。



「まぁ石造りだし、火事にはならないでしょう~?暖房くらいに思っておけば良いんじゃないかな!」


「すげーなぁ…今のは火の魔法だろ?セシリアは火と相性が良いのな!」



レイの後ろからひょこりとエルネストが顔を出し、目を白黒させながら、しかし期待も混ぜこんだキラキラの瞳で見つめてくる。



「おーい!すごい音がしたけど、そっちは大丈夫かー?」



背後のドアが少し開き、ユージアのローブと似ているが少し色合いがはっきりとした物を纏った男性が顔を覗かせる。

私たちの背後にある炎の壁を見て一瞬ギョッとするがすぐに表情を戻し、そのさらに奥に壁にもたれかかりぐったりと座り込み、視線も定まらないままにぶつぶつと呟き続けるフィアに気づく。



「──全ては聖女の物なのに!…聖女である私の物なのに!」


「あ、ユージア君!やっと追いついた…っと、フィア司祭?あなたは、聖女じゃないでしょ?──司祭なんだから聖女なわけ無いじゃないですか…お前みたいなのが聖女であってたまるかよ」



後半に至るに連れてボソリと呟くように発せられた声は、先程私たちにかけられた安否確認の声とは打って変わり、暗く低く…怒りを無理やり抑え込んでいるかの様に少し震えていた。



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