第41話 到着。
到着した先は、えぇ、どう見ても教会でした。
(レイの機転で髪や瞳の色を変えておいてもらってよかったぁ)
違法奴隷商は私達を奴隷運搬用の荷馬車から降ろし、教会のホールまで引っ張っていくと、何も言わずにいなくなった。
するとそれを見計らったかのように、ドアの向こうから聖職者の格好をした女性が姿を現し、私達に気づくと、びっくりしたような顔で駆け寄ってきた。
縁を金糸で刺繍された…つまり高位のローブ姿の……フィアさん?だっけ?
教会の一室で目覚めた私に、お世話の担当になったとかで自己紹介してきた人だった。
「あなた達、痛いところはない?お腹は空いてない?大変だったわね……」
私を一切見ずというか、視界に入れずに、ねっとりとした視線でレイとエルネストを品定めでもするかのように凝視して会話を続けていく。
まぁ、一度会ってる人だから、正体ばれたくないし良いんだけど、なんか今のこの人、気持ち悪いのよね。
私と会話した時は、ひどく怯えた表情だったから子供が苦手なのかと思ってたんだけど…
前世で男の子の母親だった私の稀に当たる勘が『子供が危険だ』と危険信号をガンガン鳴らしてる。
「臭せぇ…」
エルネストが一瞬、顔を後ろに向けて大きく逸らし小さく呟くと、体を強張らせると後ずらさせていた。
レイも同じように半歩下がり、私を隠すかのように私の手を引き寄せた。
フィアが臭う?私には全くわからないんだけど。エルネストは獣人っぽいから、嗅覚鋭いのかなぁ。レイも同時に警戒してるって事は私が鈍いだけなのかしら…。
一方で、こちらの様子に全く無関心のまま、物語を読み進めるかのようにすらすらと話されるフィアの説明によると、私達は人攫いによって攫ってこられて、このあと人買いにさらに売られて国外の奴隷にされるところだったらしいよ?
教会がそれに気づいて、奴隷として買われる前に買い取って保護したよ、と。
……ごめん、胡散臭過ぎる。
私には、違法奴隷商から受けた印象よりも、フィアの言葉の方が話ができ過ぎてて『消防署の方から来ました』的な嘘にしか聞こえない。
もしくは「お母さんが倒れたからお兄さんが病院に連れて行ってあげる。車に乗って」な誘拐作戦かな?
どっちにしろ不審者だわ。
それと、説明しながらレイとエルネストの顔を見つめるフィアの顔が見る間見る間に上気し赤くなっていくのがとにかく気持ち悪い。なんだろう?危険信号が鳴りまくりだ。
「あなた達を助けることができてよかった!」一方的にまくし立てるように話すフィアは、1人どんどん興奮が強くなって…というか異常な興奮状態に見えるんですけど?
(ていうか、最初からこの荷馬車は行き先が決まってたようだけどね?外からそんなルート変更的なトラブルみたいな会話も聞こえてこなかったし?)
フィアの…あの私との初対面の時の、澄ました上品さはどこへ行ってしまったのか?
レイとエルネストの手を握り、話しながらも、相手を直視することなく黒目は常に激しく動き回り、徐々に呼吸が荒くなり、瞳を潤ませ、恍惚とも言えるほどに顔を紅潮させて、2人に抱きつこうとしたのか、両手を広げたその時に、がちゃり、と先ほどフィアが通ってきたドアが開く。
「
……聞き覚えのある声がした。ただ、胸が痛くなるほどに悲しくなる、ひどく抑揚の無い、機械的な喋りで。
この声には、絶対に似合わないと思う。──二度とさせたく無い喋りだった。
「あら、籠から逃げてしまったと思ってたのに…」
「……仕事を終わらせてからと思いまして」
声とともに姿を現したのは、黒地のローブをまとった大人と言うには少し小柄な…少年だった。
ローブのフードを目深に被っているのでその顔や表情は見えないけど、あの声はユージアだと思う。
ドアから数歩進んだ場所で、膝をつくその姿を認めるとフィアが嬉しそうに駆け寄っていく。
「お父様がね、あなたが壊れたから捨ててしまったと仰ってたの!あなたは聖女である私の物なのにね」
「モノあつかいしないで…」
人を物扱いするってなんだ、言葉の綾で使う事があっても、実際にそういう使い方はしちゃダメでしょう?
ただ、私の言葉は聞こえていないのか無視してるのか、そのまま彼女の呟きのようなぼそぼそと一方的な語りが続いていく。
「あなたが私のセグシュ様を切ってしまったのも、聖女の雛がハズレだったのも、全てお父様の子達が失敗したからなのにね」
「せぐーにいしゃまだって、あなたのモノなんかじゃないよ!」
ていうか、待て!そこでどうして『私のセグシュ様』とかなるのよ?
セグシュ兄様の婚約者はフィアでは無いし、その婚約者とも良好な関係を築けてるそうだから解消の危険も何も無いはずだし、フィアの物になる予定は全く以って無いよ!?
「わたしのだいじなヒトたちを、モノあつかいしないでっ!」
「セシリア、彼女には聞こえてないみたいだよ」
そろりそろりと後退してきていたレイとエルネストの2人に隠されるように、立つ私の叫びは聞こえないのか、聞きたく無いのか…全く気づく風もなく、フィアはドアの近くで膝をついて俯き、待機しているユージアの前にかがみ、顎に手を伸ばし無理矢理、上を向かせるとぼつぽつと呟きを続ける。
「ハズレは私がゴミ箱に捨てておいたけど…ねぇ、あなたがお父様に捨てられた後に手配していた雛が今、届いたのよ。綺麗でしょう?素敵な首輪をつけて、私の籠の中に入れておいてほしいの…それとそのゴミは要らない。あなたにあげるわ。捨てておいて」
「……かしこまりました」
恭しく礼をして立ち上がるとフィアに背を向け、レイとエルネストの間を通り抜け、私の前に立ち…硬く表情の無い蝋人形のような青い顔で覗き込んでる。
私と目を合わせると、力なく微笑み、唇だけで会話するかのような本当に小さな声が聞こえた。
「ただいま、セシリア」
「ゆーじあ…だいじょうぶ?」
「……うん。君を助けに来たんだ…だから大丈夫…泣かないで?」
どうやら私は、泣いてたらしい。
『あぁ泣いていたのか』と理解した瞬間、止まることを忘れたかのようにぽろぽろと涙が吹きだす。
ユージアのさっきまでの声や顔を見て、大丈夫なわけ無いじゃない。
あんな顔を今までずっとしてたの?どんな扱いをされてきたの?
(──そうか、人ではなくて物だから、感情は必要なかったんだ)
袖で拭っても拭っても、ひとりでに零れ落ちる涙と格闘していると、またさっきと同じ感情が一切抜け落ちた顔に戻ってしまったユージアに小脇に抱え上げられる。
(そんな顔しないで…初めてあった時みたいに笑って、おどけて見せてよ)
それを見た私にはユージアが辛くて今にも泣き出しそうな顔に見えて、余計に涙が止まらなくなってしまった。
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