第38話 帰りたい。
思案しつつ、話が途切れたようなので、俺が一番聞きたかった事を口にする。
「それと、その…すみません、御子息の容態は…」
「大丈夫よ。かなり落ち着いてきたの。まだ意識は戻らないけど…」
大聖女の瞳が揺れる。
微笑もうと頑張ったのだろうけど、ハンカチで口を押さえるように俯いてしまった。
セシリアによく似た、この人を泣かせたくはない。
「本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。
「一つお願いが。罰や事情聴取は後でいくらでも受けますので…急ぎ御息女の元へ護衛のために戻らせていただきたく」
「ゼンが一緒にいるだろう?あの子がいれば…」
「ゼンが一緒なら大丈夫」と言いたげな青髪の青年。それはわかってる。金属はおろか、マジックアイテムを食ってしまう霊獣とか、聞いたことがないし。
しっかり人語を操れてるということは相当な格のある霊獣ということになるし。
でもね、合流したのはゼンじゃないんだ。
見た目だけでも、幼児2人の外歩きとかあり得ないから。
「いませんよ?『ゼンに頼まれて来た』っていう5歳か6歳くらいの男の子なら、一緒でしたが」
「「「えっ?」」」
「えっと、淡い金髪で…青い瞳…でしたので王家か、その血縁に連なる家系のご子息かと思ったのですが、それでも流石に幼児2人だけでの移動では心配で」
金髪は王家以外ではすごく珍しいからね。
あれ、あの子への依頼はゼンの単独だったのだろうか?
「誰だ」という言葉とともに、一瞬にして、周囲が緊迫の空気に飲まれていった。
すると、今まで静かに会話の成り行きを見守っていたようだった王様が、すっと部屋の壁にある絵を指差す。
「それはあの子ではないだろうか?」
それは王家の家族を描かれた大きな絵画だった。
一番小さな…セシリアと同じ位の幼い男の子に、ゼンの
「いえ、シュトレイユ王子ではありませんでした…が、すごくよく似てます。彼を成長させたような…」
……春風のような優しい暖かい風がふわりと舞う。
風の起きたと思われる方向を向くと、王様の前に真っ白なレースのワンピースを着た
そして、青い髪の男性の前に膝をつき話し始める。
『ご同行はゼン様でしたわ。間違いありません。ただし…シュトレイユ様の姿をとっているようです』
「ありがとう
そうお礼を言うと「呆れた」と言わんばかりに眉間に指を当てて黙ってしまった。
「あの…そちらの
「あぁ、私だよ。今、ちょっと様子を見てもらって来たところだったんだ」
あの
「では、私を守ってくれていた
「違う…と思うよ。それについては説明が長くなりそうだから…また後でって事でいいかな?」
こくりと、うなづく。
長くなると言われてしまったら、今聞いている場合ではない。
とりあえずわかったのは、あの殺気バリバリの子供は、ゼンで間違いないだろうという事。
ひとまず確認はしないといけないけれども、少しは安心してもいいのかな。
「あの子供は、ゼンで間違いないんですね?」
「あぁ、城の外では獣の姿ではなく、人化するようにと教えてあったからね。大急ぎで戻っていったし、咄嗟に人化しようとして、いつも見てるシュトレイユ王子の形をとってしまったのでしょう」
「申し訳ない」と王様に青い髪の男性が謝罪している。
あれ、ゼンはガレット公爵家の霊獣じゃなかったのだろうか?
俺はあの青い髪の男性を知らない。
王家や国の重要人物、王城に出入りする人間はほぼ網羅してあると言っていい、教会の情報網には見なかった人物だ。
……この人も、ナニモノなんだろう。
「ユージア君。うちの子のために心配してくれて嬉しいよ。でもまずは君の身を守る
そう言いながら、赤髪の宰相がいくつかの書類にサインしろと差し出してくる。
内容としては、前が契約の時に話したままを書面にしてある紙の契約書で、これと、奴隷契約を受けた者の胸の上にある、契約印とをリンクさせて提出。国が保管する。
リンクさせた時点で、契約内容がそのまま紙に浮かび上がるようになっているので、違法なものや、奴隷に大きく不利益になるようなものは、国によって却下されるようになっている。
つまり、保管が決定した時点で受理されたということになる。
サインとともに紙が淡い光を発して、胸の魔法陣と同じ紋を浮かび上がらせる。
紙に定着するかのように、紋と契約内容が紙に焼き付けば完了。
「次は…その外見だね。
「ずっと今の姿に違和感があったのですが、戻す
一様に悲しそうな顔をされてしまった。
なんか、この人たち、俺以上に俺の事を知っているように見えるのはなんでだろうか?
もしかして、最初に言われた「あなたも被害者なのよね?」って言葉、他にも何か含みがあったのかな?
「じゃあちょっと姿を戻してみても良いかい?」
「いえ、とにかく今は急ぎ御息女の元へ、合流させてください!今すぐの信用…は難しいと思いますが…どうかお願いします!」
元の姿なんて、どうでもいい。隠さなきゃいけないような姿なんて、きっと碌でも無いんだろうし、そんなことより早く、一刻も早く、セシリア達の元へ──帰りたい。
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