第36話 王城。




『ほら、いらっしゃったわよ!頑張りなさい』


「ありがとう」



 ぱし!と俺の背を軽く叩き、お礼を言い終える前に、強い風が吹き、風の乙女シルヴェストルの姿が消えてしまった。



 近づいてくる人の群れに向き直り、膝をついて頭を下げる。

 ……王族や貴族への対応だよ。

 相手が話しかけてくるまで、こちらからは頭をあげちゃダメだし、声をかけてもいけない。


 まぁ急ぎの時は、守らなくても良いんだけどね~。

 風の乙女シルヴェストルを使って呼び寄せるくらいだから、ここは素直に声を待つことにした。



「君がユージアだね、ゼンからお話を聞いてるよ。ちょっと難しいお話があるから、場所を移そうね」



 そう、声をかけられて顔を上げると、そこには随分若い、髪の青い男性がいた。

 外見で言えばこれと同じくらいか?

 王族ではなさそうだけれど、何かの関係者なのかな?


 その背後にずらりと、この国の王、宰相、大聖女が並ぶ。



「この度の襲撃、大変申し訳ございませんでした!」



 移動を始める前に、まずは謝る。「隷属の首輪」で命令されてたとは言え、襲ったのは俺だ。

 本来であれば貴族や王族に向けられた危害、状況は何であれその場で切り捨てられても文句は言えない。



「御子息に刃を向けてしまったこと、そして御息女を攫ってしまったこと、まことに申し訳ございませんでした…」


「──事情は聞いてるわ。正直、すぐ許すというのは心情的に難しいのだけど…。あなたも被害者なのよね?」



「被害者」初めて言われた言葉だった。いつも「加害者」だったはずだ。

 襲ったり、さらったりしたのは俺だから。


 頭を下げたままの視界に、ドレスの裾が入り込む。白銀のようなセシリアと同じような蛋白石オパールのような優しい色の髪も見えた。



「隷属の首輪で思考を制御されていました。それでも襲撃を行ったのは私です」


「私は…うちの子もだけど、あなたのような子が二度と被害にあわないようにしたいの」



 顔を上げると、目の前にしゃがみ込んだ大聖女の顔があってびっくり。

 凄い美人…でもセシリアの大人版って感じかな?親子なだけあって雰囲気が似てる。

 目が腫れて少しやつれているのがありありとわかって…本当に申し訳ない気持ちになる。



「報告に帰ってきたゼンにも、伝えてあるんだが、そのために君にもいくつか協力を頼みたい」



 赤髪の宰相が頭を下げてきた。確か、この宰相がセシリアの父親だったな。

 ゼンはどこまで話したんだかわからないけど…ていうかこれどういう話になってるんだろ?

 協力は当たり前だよね。というか、教会の暗部の中枢にいたから、かなり協力できると思いたい。


 ……個人的にも、前の主人あるじにはしっかり、これまでの責任を取ってもらいたいし~。

 あ、今までの俺のお礼参りも兼ねたいところでもあるな。うん、多いにある。ありまくる。



「……命に代えましても」


「命に代えるなんて言わないで。せっかく助かったのだから。しっかり生きて頂戴」



 ぎゅっと手を握られて顔を見つめられる。

 あ~、うん、美女のうるうるはすごい迫力ですね。

 大聖女様、セシリアの母親だよね!?美魔女っていうの?年齢不詳すぎませんかね?

 心労がたたって多少やつれている様がさらに色気につながるとか、もう人外に近い美貌でしかないと思う。



「いえ、もう、死を待つだけだった私の命を、御息女につなげてもらっただけですので、いずれは御息女に、お返しいたします」


「ならなおさら、返すなんて言わないで。こんな小さな子に命の話をさせなきゃいけない、この状況を繰り返さないためにもお願い」



 あ、涙腺が決壊した。大聖女の瞳から涙が。文字通りどばーっと。


 とりあえず何か言い返そうと口を開いた瞬間、ぐいっと後頭部に柔らかい感触と力を感じ、視界がブラックアウトした。


 頭を抱き寄せられたらしい。ちょっと苦しい。ちょっとどころじゃないな、窒息しそう~。

 セシリアにつないでもらった命が、彼女の母親に刈り取られそうな感じになってるんですけど。

 あぁ、温かくて心地良いな。ずっと昔に忘れてしまったけれども、これが「お母さん」ってものなのかなぁ。親とか家族って、こういうものだったのかなぁ。

 あ、でも大聖女だからこそ、なのかな。


 聖女は「差別することなく誰にでも慈悲深いもの」だから。


 ……教会の聖女は、でも、命の心配をしてくれた事はなかったと思う。ぬくもりも。吐き気のするようなことは、たくさんあったけど~。


 頭にぽたぽたと温かい水滴が落ちてきていた。さっき、涙腺が大決壊してたし、涙なのかな。



 ──僕のために泣いてくれた人って、教会でいままで誰かいたかな?

 そういえば最期を覚悟したときに、同じような感覚があったな。

 あの時、セシリアも泣いてくれていたのかな。



 とりあえず、この状況はとても心地は良いのだけれど、窒息しそうなのと、どう対応していいのかわからないので固まっていると、背後から他の大人たちの声が聞こえてくる。



「では、セシリア嬢は光属性持ちか!」


「しかし、3歳児の魔法なんてタカが知れている」



 光の属性持ちは貴重だもんね~。教会が相手が公爵家だろうが攫いたくなっちゃう位に欲しがるくらいなんだから。

 王家だろうが貴族だろうが、引っ張りだこだよね~。


 どう育てたんだか知らないけど、セシリアは魔術に造詣が深かったようだし、まだ文字の勉強すら始めてるかどうかわからない位の年齢なのに、古代文字が読めるとかどんだけ英才教育なんですかね?というお話だよね~。


 あの監獄からの脱出の時、魔法陣の発動条件については、俺もゼンも読んでいないし、喋ってもいない。それでもわかった、と言うのなら、読めてるとしか思えないのよねぇ。


 大聖女の母性の暴力(?)に襲われたまま、いろいろ考える。いや、考えてないとやってられない。



「まだこんな子供なのに……!」



 周囲の会話をよそに、セシリアの母親でもある大聖女は大号泣中である。

 この優しさからくる、ぬくもりは良いんだけどね。良いんだけどね…泣けば泣くほどに、抱きつく力が強くなって…そろそろ本当に窒息しちゃうよ。


 大聖女にがっちりホールドされてる後頭部と背中から、どうにか手を離してもらいたくて、もがこうとしていると…ていうか、下手に体を押し返そうとすると、胸やらいろいろ触りかねないので、拘束から免れた腕を「降参」と言わんばかりに、挙げるくらいしかできなかったんだけどね。



「クロウディア、ユージア君が困ってる…と思う。あと、顔がすごいことになっちゃってるから…」


「あら、ごめんなさいねぇ…」



 やっと解放されて、見上げた大聖女の顔は、涙や鼻水で本当に見られたものではない状況になっていた。……ポーズではなくて、本心から泣いてた?

 大聖女は俺から離れると、そばに控えていたメイドからハンカチ等を受け取って、それでもまだ後ろでずびずびしていた。


 その様子を見ながら、少しあきれ顔の赤毛の宰相が声をかけてくる。



「すまないね…それでなんだけど、本当にセシー…セシリアが君を助けたのか?」


「証拠になるかどうか…御前失礼いたします」



 肩がけのカバンに入れていた、血塗れの衣類を取り出す。


 今、着ている服より、ずっと上等な生地で仕立てられた、真っ白なブラウスだったもの。

 それは肩口より胸に向かって大きく切り裂かれ、腹に当たる部分にも大きく切れ込みが入り、もはや服としての機能を有していない、真っ赤な血で染め上げられた布切れ。



「この状態だった私を、御息女に助けていただきました。出血がひどく、意識もほぼ無かった状態から、御息女を抱えて、教会から脱出できるほどまでに回復していただきました」



「ひっ…」と周りから驚きの声が上がる。やっぱりご貴族様には刺激が強かったかなぁ。

 でもこれが一番説得力のある、証拠になるよね?


 真っ赤な布切れ然となってしまったモノに視線を戻す。

 我ながら、痛々しいんだけどね。

 ていうか、身体からこんだけ血が出てたら、普通は死んでるからね?


 ふわりと、強い風が吹いて、目の前の重鎮たちの視界を遮るように、青い髪の男性が立つ。



「……とりあえず、移動しよう?ユージア君、それ城内だと物凄く物騒だからしまってね」


「はい、失礼いたしました」



 ですよね~。中庭だもん。

 こんな血生臭いの、見せちゃダメだよね☆


 とにかく謝らなくちゃ!と思って焦りすぎました。



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