第35話 高速移動。




 荷物を渡されて、着替えた後、セシリア達と別れて、森を駆ける。

 まぁ、1人であれば気楽なもので、森を街道に沿って王都へ向かう。

 時刻は昼下がり、もしくは夕方が始まるぐらいといったところだった。


 森の中では魔物の気配をいくつか感じ取ったが、こちらを狙ってるという風ではなく、どちらかと言えば、すごい勢いでここから離れていくような感じだった。



(やっぱ怖いよねあの殺気~)



 確実に、セシリアを抱えていた俺に向けられていたものだと思うのだけど。

 魔物を追い払うほどとは、なかなかの副次効果だと思う。



(というか、魔物がビビるほどの殺気をこちらに向けるって……信用ないのはわかるけど、そこまで嫌わないでほしいなぁ)



 ゼンの魔力においを纏う子供に渡された肩がけのカバンの中には、護身用の短剣と…あ、ガレット公爵家の家名入りだ、それとパンと水。

 小銭と、ガレット公爵家宛ての手紙の束。



(小間使いの体を取れば良い感じにはなってるけど…この状況だと真っ直ぐの王都入場は無理なんだよね…)



 衛兵は教会の息がかかってる。絶対ではないけど、息がかかってるヤツが上層部にいるから、それのおかげで今まで簡単に動けていた仕事、というのも多かったんだよなぁ。

 例えば、閉門された王都の入り口を、こっそり開けさせるからこそ出来る襲撃、とかね~。


 さて、今回からは真逆だ。一般人より入場が難しくなってると考えないと。

 どうやって入るかだな~。


 ……そう思っているうちに、城塞都市となっている王都の外郭が見えてきた。

 ひとまず息を整えようと、街道に設置されている野営地に入り…かけて、ふらりと森へ引き返す。


 王城の手前の野営地だからか、警備兵が2人、馬に乗って野営地をぐるりと見て帰って行った。


 公爵家の襲撃に、教会の強制捜査の後だもんなぁ。単純に警備強化なだけかもしれないけど…教会側の見回りだったらやばいし。



(これは、街道すら迂闊に歩けないな)



 ……とりあえず、腹ごしらえしつつ考えようと思い、カバンからパンを出して食べてると、頭上から声がした。



『ねぇ、あなた!あなたユージアでしょう?お城に連れていくように言われてるんだけど!来てくれるわよね?』



 人間の声ではない。というか、今俺がいるのが木の上で、さらに頭上から人間の声がするわけがない。

 パンをくわえたまま、ちらりと声のした辺りを見上げると、そこには白いドレスの風の乙女シルヴェストルの…ハッキリ見えてしまった。



「え~っとごめん。誰に頼まれたの?それと、もうちょっと下に降りてくれないかな~?俺には君の脚しか見えないんだけど」



 うん、見えなかった、ということにしておいてあげる。


「ぎゃあ!」という声とともに、ぬっと目の前に顔が現れた。

 そんな間近でいきなり凝視とか、こっちのが「ぎゃあ!」って言いたい。うっかり木から落ちるとこだったよ~?



『全く、失礼な子ね!あなたがユージアね?水の乙女オンディーヌを返してくれてありがとう。それと、今からお城へ連れていくのだけど、良いかしら?』


「ん~良くないかも?俺は急ぎでガレット公爵家の当主に会わないといけないんだ、それが終わってからでよければ、いくよ」



 それにしても随分強引な精霊だなぁ。

 まぁ城まで連れていってくれるのはありがたいけれど。

 街から貴族街に入るにはさらに城門があるからね。そこを、フリーパスで行けるのはありがたい。

 城からなら、目の前が貴族街だし。城から出る人間は検査されないからね~。



『あら、知らないの?ガレット公爵様ならお城に居るわよ?…とりあえず急いでるから、来て頂戴…!』



 その言葉と共に、目の前の風の乙女シルヴェストルの姿が消えた。

 両脇の下から手が通される感じがした瞬間、ふわりと浮遊感を感じた。

 感じるどころか、急激にかなり高いところまで上がると、突如、急降下が始まって……!



 ──飛んだ。



「うっわああああぁ~!ちょっ!まあああっ~うっぅぅぅぅ!」


『ちょっと!煩いわよ!黙らないと舌噛むわよ?』



 急降下中、二度三度羽ばたいた感じがあった後、地面に突撃する直前に同じく二度三度羽ばたいて着地した。


 頑張った…頑張った俺!…腰抜けたかと思ったけど、ちゃんと着地後、立ってられたよ!

 着地したのは、どうやら王城内の中庭の一つのようだった。

 着地すると、俺の状態を覗き込むようにしながら、翼をたたむように消しつつ、にこりと笑う。



『ほら、着いたわよ!さっさとガレット公爵様に会うことね!終わったらさっきの森に戻してあげるわ!』


「お、おぅ。ありがとぅ…」



 激しく内臓をひっくり返された感触に、思わず声が裏返っちゃった。

 ひとまず、呼吸を整えて顔を上げると、近くの東屋から何人か近づいてくるのが見える。



「ありがとう、公爵様に会った後になるけど、君の用事は良いの?」


『あら、いいのよ。公爵様に会わせるために、迎えに来たんだもの』



 うふふ、と笑う風の乙女シルヴェストル

 さっきの羽根はその背のどこについていたのだろうか、わからないほどに、とても華奢な女性の姿をしていた。



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