第27話 晩御飯。



 ──どうやら街道に出たらしい。


 吹き抜ける風が肌に冷たく、もう日没も近いようで、かなり低い位置に赤い夕日が見える。

 王都へと続くこの街道は、国内の主要な街へと続く大事な生命線であり、レンガ敷きでとてもきれいに整えられている。どの方向へ向かっているのかが一目でわかるように、一定距離ごとに色の違うレンガで方角が描かれている。


 煉瓦沿いに街道を行けば王都に着くなんて、おとぎ話のようで可愛らしい。



「やっと街道についたね。街道沿いは野営できる場所がいくつか作られていて、そこは水場もあるから……ひとまずそこまで歩こう」

「うん」



 あー、うん、着替えたとはいえ、血がこびりついてる部分もあるし、あまり綺麗じゃないもんね。



(それにしても、お昼ご飯抜きは久しぶりだね)



 前前世むかしであれば研究中なら日常茶飯事だったけどね。研究所に住み着いているかのような状態が当たり前だったし、寝食を忘れる…と言うより、面倒くさく思うほどに集中してしまったりが当たり前だったから。

 あの頃は、お昼どころか数日ほど…倒れるまで忘れてることも多々あったから、不健康極まりなかったな。


 ま、親心としては、自分の子がそういう生活してるのは、絶対にアウトなので。

 食べれる時は食べるようにしないとね。


 大人なってからならともかく、子供のうちはダメなのですよ。成長期だし。


 街道沿いにはぽつりぽつりとだが、魔石で灯されている街灯があって、それを目印に進んで行く。

 辺りは随分と暗くなって、完全な日没までも、もう少しというところだろう。



「ユージアもちゃんと、きゅうけいしてるかな?」

「むしろもう到着してるはずだけど?アレの足はとても速いから」


「えっ?」



 いや、ちょっと待って「大人の足で5時間」だよね?

 ユージアは大人というよりはまだ小柄だったし、飲まず食わず、休まずでダッシュさせての計算だろうか?

 流石にそれは、無理させすぎだと思うの。


 むーっと考え込む私に対し、にこりと笑うレイ。

 きっと…理由は、聞いても教えてくれないんだろうなぁ。



「やみあがりだから、きびしいとおもうの」

「えっと…そうだね、まぁ手紙の受け渡してつづきさえ済めば、もう、こちらへ向かってる最中だと思うよ。もしかしたら……もう戻ってきてたりしてね」



 ……説明になってないし。ていうか、もっと予測が早まってるし。

 ユージアは無事なんだろうか、無理させられてないだろうか、少し不安になってきた。



 レイと手を繋ぎ、煉瓦敷きの街道を王都へ向かって歩き続けていると、街道が大きく膨らんで広場のようになっている場所があった。



「よし、着いたね!今日はここで一晩休んで、朝になったらまた出発しよう」

「うん」



 通常の街道の周囲よりも広めに木々が伐採されており、視界の確保がしやすそうになっている感じだった。

 広場の中央付近には井戸があり、周囲は魔石を使った街灯によって、うっすらとではあるが周囲を照らし出していた。


 きっとここが「野営のできる場所」で、あってるはず。


 先客がいるようで、商隊だろうか?大きな木製の箱のような形の荷馬車と、幌がつくタイプの荷馬車、トラックの荷台のような荷馬車が数台並べられて、その前方に焚き火があり、それを囲むようにして、護衛とみられる人たちが談笑しているのが見えた。



「セシリア、行こう」

「はぁい」



 レイに手を引かれ、井戸のそばへと向かう。

 井戸の水で喉を潤し、洋服のポケットに入れてあったハンカチを濡らして、顔や体を拭く。

 まぁ、私の体の汚れの原因って、ほとんどがユージアの血(!)だから、腕とか足あたりをごしごしすればいいだけだし。


 数週間レベルで、お風呂に入ってないわけでもないし、これくらいなら余裕余裕……。



「終わったら、おいで」



 いつのまにか、井戸から離れていたレイに呼ばれて振り返ると、そこには簡単ではあるけど、待ちに待った晩御飯が!

 ……って、どこから出てきたんだろう?


 小振りなフランスパンのようなパン、そしてポテトサラダ。

 極め付けは、湯気の上がる肉の欠片が浮いてるスープ!



(いつ料理したのか……パンとポテトサラダはわかる。でも、スープは今作ったものだよね?ホカホカなんですけど!いつ作ったの!?)



 レイが、にこにこしながら「おいでおいで」と手を振っている。

 あぁ、いろいろ聞きたい、いろいろ突っ込みたい……多分教えてはくれないのだろうけれど。



(ま、絶食よりは良いかな。かなり冷えてきたし、このタイミングでの温かい飲み物は貴重だし)



 疑問はともかくとして、久しぶりの食事にうきうきとレイの近くへ戻る。位置としては、中央にある井戸を挟んで、向かい側に商隊が見える位置になった。

 商隊の前では護衛や商人とみられる大人達が、相変わらず焚き火を囲んで盛り上がっている。


 対してこちらは、魔石の街灯の仄かな明かりの下で、まずは食事。


 本当なら先に焚き木を拾って、暖をとる準備をしておくべきだったんだろうけど…せっかくレイが準備してくれたからね、まずは食べてしまおう。



「ありがとう、いただきます」

「苦手なもの、無いといいけど。大丈夫?」


「うん…スープあたたかいね…どうやったの?」

「秘密……って言いたいけど、秘密ばっかりだと嫌だよね。これは魔法を使ったんだ」



 そう言いながら、レイは指先に光の玉のようなものを作り出す。キラキラ光ってるビー玉のような球体。



「これをね、スープに落とすんだ。そうするとすぐに温かくなるから」


(おおおお、そんな便利魔法が存在したとは!これが使えちゃったら、インスタント麺がさらにインスタント化するじゃないか!)



 ……なんて私が感動していると、その様子に気づいたのか、少し得意げな顔になりながら、少し小さくした球体を私のスープの中に入れる。



「ちょっと冷めちゃってたし、ちょうどいいね」



 スープに落とされた球体を、スプーンでかき混ぜていくと、まるでコップに入れた氷を溶かすかのように、球体の姿が消えて行くと同時に、ほかほかと湯気が立ち始める。



「はい、召し上がれ」

「ありがと!」



 にこりと笑顔でスープを渡してくる。



(これすごく優秀な魔法だよね?お湯を足すわけでもなく、煮詰めるわけでもないから、作りたての味をそのままに、温められるってものすごく優秀だと思うんだけど…)


「レイ、しゅごいね!わたしにもつかえる?」

(ていうか、ぜひ使いたいです教えてください!)


「練習すれば使えるようになるんじゃないかな?でも、セシリアが使ってた魔法とは、種類が違うものになるから、ちょっと難しいかも?」

「…がんばる」



 今のご時世、魔法と言えば攻撃魔法だけしかないので、レイのような生活に直結するような魔法の使い方は、珍しいんじゃないかと思う。


 まぁ、魔力持ち自体の減少から、比例するように実用レベルでの魔法を使える人間が……激減と言うほどに減ってしまったこの時代に、特化するならば何に魔法を使いたいかと考えると攻撃魔法になってしまうみたいで。

 ……攻撃魔法が使えれば、騎士団内の魔術師団に所属できるから…。これって、ものすごく名誉なことだから。なにより、給料も身分も良くなるからね。


 それに、生活に直結するようなものであれば、過去の遺産ではあるけれども、魔石を燃料がわりに使ってのマジックアイテムで、いくらでもフォローできるものだから、自分たちの生活の質を上げようと考えるのならば、どうしても攻撃魔法特化になってしまうのは、しょうがない。



「スープおいしい……」

「いっぱい食べてね!僕は、もうお腹いっぱいだし、野営の…火の準備をしてくるね」


「たきぎ、ひろいにいくの?」

「違うよ、貰いに行くの。そこの棚、見える?薪は自由に使っていいんだよ。すぐ終わるからちょっと待っててね」



 レイの指差した、広場の一番奥の所に、田舎のバス停を彷彿とさせるような、木材の骨組みに屋根のついた棚ようなものがあり、そこに大量の木の枝や薪と言うにはかなり細い枝が大量に積み上げられていた。


 そこから枝や薪を取っている様子を眺めながら、パンと格闘する。


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