第28話 野営。



 ……それにしても、便利な世の中になったもんだなぁ。


 辺境と呼ばれるこのメアリローサ王国の街道でさえ、ここまで環境が整備されているのだから、他の国々ではどうなっているのだろうか?

 気になることがどんどん増えていく。


 便利と言ってしまえばそれまでなんだけど、薪などが自由に使える状況でこの広場は衛兵の見張り等のない無人。

 つまり、薪がそこに残っていると言うだけで、かなり治安が良いと言うことになる。この状況で治安が悪ければ、この薪を盗んで生活の足しにすればいいかもしれないし、この野営のできる広場を巡回するように、盗賊たちが待ち構えていてもおかしくないからね。



 スープをお代わりして、パンにポテトサラダを塗りつけて齧り付く。


 上品な食べ方じゃなくて、ごめん。でもこれ予想通りフランスパンで、きれいにスライスしてあるわけでもないからとても硬くて、本当は薄く切ってサンドイッチにでもできたら最高だったんだけど、そもそも硬すぎて噛み切れないから、頑張って、もちゅもちゅと食べる。

 サイズ的にはコッペパンみたいなものだから、大人なら余裕なんだろうけど。



(このポテトサラダ絶品だわ…!小さく刻まれたベーコンがもう!)



 噛めば噛むほど味が出るから、バケットとかフランスパンと呼ばれるパンは好き。


 ……好きだけど、3歳児こどもの歯には歯ごたえがあり過ぎたようで、少し顎が痛い。

 明日は顎の筋肉痛かな?あ、でもこれで鍛えられて、もう少し滑舌が良くなったりして?

 しないかな?



 お腹いっぱいになってきたので、まだ手をつけていないフランスパンをポケットに一つ忍ばせた。──明日の移動中のおやつにしようっと。


 ふぅ、と一息ついていると、一通り薪を運び終えたのか、レイがこちらへ走ってくる。



「セシリア、おまたせ!薪は組んだから、こっちを片付けて移動しよう!」

「はぁい、ごちそうさまでした」



 ご飯を食べていた場所から、少し離れた所に、大きな岩を壁にするように、木材を立て掛けるように屋根が取り付けられた場所があった。突然の雨宿りなんかに使うものなんだろうか。

 その前に薪が組まれて置かれており、後は火をつけるだけと言う状況にしてあった。


 ……レイ、手際良いな。



「そのラグをそのまま、屋根の下あたりに敷けるかな?」

「はぁい」



 食事の時に下に敷いていたラグを、そのまま野営に使うらしい。

 これ、なんか暖かかったんだよね。地面からの熱を通さないようになってるやつだったりするのかな?


 私がラグを運んでる間に、井戸へ行くと、使った食器類を布でさっと清め、肩掛けのカバンにしまっていく。


 小さいのに本当に手際がいい。すごくしっかりしてるし。

 きっと家でも、良いお兄ちゃんなんだろうなぁ。どこの子なんだろう?


 ま、外見で言えば私はもっと小さいけど、私の場合は中身がアレだから良いのですよ。



「セシリア、ラグ、上手に敷けたね。じゃあ、こっちにおいで。これに包まって…」

「ありがとう」



 暖かそうなふわふわの毛布を渡されて、それを肩からかけて、何かあったときすぐ立ち上がれるように、前でまとめる。

 レイはこのまま薪の前に戻ると、暖をとるために火をつけてくれている。



(ふわふわであったかい…そしてやばいです。)



 3歳児わたしの体力が限界のようで、途端に瞼が重くなる。

 遊んでたはずなのに、気づいたらいつの間にか寝てるとかっていう、幼児あるあるのアレです。


 あぁもう、ほんと電源が落ちるかのように、一気に眠くなるから困る。

 大人で言えば、睡眠薬でも盛られましたか?と言うくらいに一気に眠くなる。



(も、だめだぁ……)


「あ!……おやすみ…。セシリア」



 一瞬笑っているようなレイと目があったような気がしたのだけれど、どうにも睡魔には抗えずに、そのまま夢の中へと落ちてしまった。


 ごめん、これは野営なんだから、周囲を警戒しなくちゃいけないし、本当は熟睡しちゃいけないのに。




 ******




 頭を優しく撫でられている感覚に目を覚ましてみれば、金髪の天使のような少年の膝枕!


 5歳か6歳くらいかな?小麦のような栗毛に近い淡くて少し癖のある金髪が、背後で纏められている。肩近くまで伸びた後れ毛が、ふわふわと光を孕んで揺れている。


 ……ていうか、君はレイだね。うん、完全寝ぼけてる。眠りが足らないのか、寝過ぎたのか。

 あたりはまだ暗いから……寝たのは数時間?

 ちゃんと短時間で起られたのかな?



「セシリア、おはよう」

「おはよう…」



 観察でもするかのように、じーっと見つめられていたのだったら、恥ずかしいな…と思ってたら、間髪入れずに満面の笑みで反応された。



「あっよだれ」

「……っ!?」


「冗談だけど…でもちょーっと、たれてたかな?」

「……」



 咄嗟に腕で口を拭おうとするのを見て笑い出す。

 よだれは垂れてなかったと思いたい!



「──そろそろ起きる?」

「うーん、なんか、ごめなしゃい?」

「大丈夫」



 これがあの王城内のバラが咲き乱れていた、庭園の東屋とか、木漏れ日の芝の上とかが舞台であればどんなに幸せだろうか。


 起きた場所は、昨日寝た野営の広場ではなく、何か薄暗くやたらと揺れる、部屋…というか木の箱?の中だった。

 ぼーっとしながら辺りを見回す。


 ……めまぐるしい状況の変化に、情報の処理が追いつかない。



 ここは薄暗い部屋の中。そして臭い。いろいろ臭い。

 3畳ほどの広さの檻の側面を外側から木で囲ってあり、天井はぼろぼろの布をかぶせて、申し訳なさ程度に陽よけと屋根の代わりになっている。

 ちなみに床面は、檻というよりは少し目が細かいだけの鉄格子なので、色々と垂れ流しになる構造である。


 ここは、勿論の事だけどガレット公爵家うちではない。


 ガタガタうるさいし、常に揺れてる。

 部屋の端に大きな桶に水が少し張ってあり、その反対側には藁を布で包んだものがいくつか見えた。


 ……どう考えても、移動中の馬車の中である。

 しかも乗り合い馬車とかの普通の人間が使うようなものではない馬車。



(えっと、どうしてこうなったんだっけ?)



 たしか、ゼンが私の無事を報告しに飛び立って、ユージアの術後の経過を見せてもらおうとして……あれ?ユージアはどこへ行ったんだ?


 あぁそうそう、服がね…私もだけどユージアも血塗れちまみれのボロボロだったんだけど…そういえば着替えたんだった!


 あ、着替えをレイに貰ったんだから…そうだ、脱出後にゼンが報告へ消えて、ユージアと休憩してたらレイが現れて。


 着替えを貰って。──ユージアと別れて、レイと2人で街道を目指して。



(ユージアは無事にガレット公爵家うちに辿り着けたのだろうか?……また、教会に捕まったりしてないだろうか。)



 あ、いや、その前に、この状況は何なんだろう?


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