第24話 ユージア。



「ちょっと休ませてねぇ~、流石に疲れちゃった!」

「いたい?ちゅらい?」



 ユージアは再びごろりと草原に寝転んで、ぐーっと背伸びをする。

 私としては回復光の魔法を使った事に対しての……その結果がとても気になっていたのだけれど、よくよく考えれば、私を抱えて走って逃げれるくらいには回復している、となれば十分な回復量だったのかな。



「……まぁ、死にかけてた身としては、ちょっとねぇ。あの猫ゼンもすぐ戻るって言ってたし、下手に動かずにゆっくりしとこう~?」

「かいふくまほう、しゅる?」



 ……うん、安定の噛み噛みだ。もう気にしない。


 ただ私の心配をよそに、ユージアは自分を抱きしめるかのように身を丸くして、悲鳴のような声で反応してきた。



「え、遠慮しとくよ!……セシリアの魔法は飛び上がるくらい激痛だったから。あ~思い出しただけで変な汗がっ!」

「ごめんなしゃ…」



 どうやら、がんばりすぎたらしい。今回私が使った回復光の魔法は、回復力を上げるものだったので、治療受ける側としては、怪我をした部分の回復力を無理やり高めている状態になるので、治療中は傷口がムズムズしたり痒かったりという、なんともいえない不快感がある。

 ただ、それでも長く痛みを我慢するのに比べれば、全然我慢できるようなものではあるのだけれどもね。


 ちなみにこれをちょっと張り切って頑張ってしまうと……むず痒いどころか、激痛となる。

 ……初めての回復光の魔法だったし加減がわからなかったから、フルパワーで頑張ってしまったのでは?と思う。

 意識を取り戻した上に、飛び上がるくらいの痛さって、トラウマレベルだったのでは…。



「ま、おかげで助かったんだけどね~。あぁ~ほんと、セシリアってふにふにで可愛いね。──契約期間、たったの2年だったけど本当に良かった?もうちょっと長くても。むしろ長い方が僕はのんびり生活できそうで、安泰なんだけどな~。流浪するよりセシリアの家公爵家に引き篭りた~い!」

「わたしは、おとなになったら、いえをでるから、ひきこもれないよ?ゆーじあは、おうちかえらないの?」



 ユージアは、寝転がったまま、隣に座る私を持ち上げて、引き寄せるようにギュッと抱きしめる。

 今は時間としては昼下がりぐらいなんだろうか?暖かい日差しと心地よい風が吹いている。


 ここはユージアのいい香り!とか言いたいとこなんだけど、うん、汗臭いというか生臭い?

 まぁ、2人とも血だらけだからなぁ。まだ乾ききってない部分もあって、ぬるぬるしてるし。


 ユージアは服の大部分が自らの血染めになってる。

 その服も、大怪我の痕そのままに大きく斬られていて、原型をとどめていなくて、服としての機能はほぼしていないのではないんだろうか?上半身はほぼ半裸のような状態になっていた。


 でも、耳に当たるユージアの胸からは、しっかりとした鼓動が聞こえてきて、安心する。つい先ほどまでは、それもとても弱々しく、静かだったから。

 ふわふわと風に揺れるユージアのエメラルドの髪も、半分が斑ら模様に血がついて黒くなってしまっていた。



「んん~、ずっと帰ってないからなぁ。多分もう家というか、住んでた街が無い気がする」

「ないって?」


「それだけ帰ってないって事だよ~。教会住まい、長かったもんなぁ」

「それじゃ…」



「いちど帰ってみたらいいと思うよ」と言いかけたところで、草原をかき分けてこちらへ向かってくる足音が聞こえた。

 先ほどまで思いっきり伸びていたユージアが、病み上がりとは思えないような身のこなしで立ち上がり、音のした方向を見据えて、構える。


 私?またもや小脇に抱えられたままですよ?

 まぁ、武器になるようなものも何もないしね、どう考えたって本調子では無いのだから、とにかく逃げるしかないだろうし。


 近づいてくる足音に耳を澄まし、凝視する。



「まもの?」

「ここに魔物は近づけないよ~。まぁ、本調子では無いから強いやつなら余裕で来ちゃうけど。そこの倒木、わかる?それ聖樹だから~。あの監獄の出口を守るために植えてあったんじゃないかなぁ~」



「聖樹」エルフの里には必ずあって、御神木のように大事にされている木だ。その身に大量の魔素を含んでいる事はもちろんのことだけど、珍しい性質として、高濃度の聖気も宿している。


 この聖気が、魔物が嫌がるものであり、アンデッド系に対しては特に有効である事。

 性質上、邪気を払い、呪いや毒素の自浄、無効の効果などが期待できることもあって、さまざまな道具の素材として、とても優秀で…とても貴重なもので、そして絶対数がありえないほどに少なくて、人手にわたる事はまずない。


「そんな貴重なものが!」と近くでよく見てみたい衝動に駆られながらも、徐々に近づいてくる草のガサガサという音と、足音の主を探す。



 栗毛に近い、麦の穂のような金髪が動いているのが見えた。

 小さな男の子が1人、こちらへ向かって一直線に走ってくる。その姿を認めるとユージアが物凄く嫌そうな顔をした。



「あ~、お迎えが来たみたいだよ。休憩終了かなぁ」



 ……知り合いなのかしら?

 距離が近づいてきたところで、布の包みを投げ渡してくる。

 私を地面におろし、受け取った荷物を開くと、手紙と着替え、少しの荷物があった。



「げ…シュ…「ユージア、それを使って急いでガレット公爵家へ行くんだ。中に手紙が入ってるから、それを公爵に渡すんだ。教会側に緊急手配されてる。とにかく急げ」」

「お、おぅ、わかったぁ」



 荷物にあった着替えを出すと、即座に着替え始める。そのままは……さすがにだめか。

 血塗れだし、ほぼ半裸だし、怪しさ満載で即、衛兵に止められる自信がある。



「セシリアの着替えもあるから、これに着替えて」



 あ、はい、私もですね。

 同じく血まみれでしたから。

 もらった着替えは麻の少しごわつく感じの、ワンピースのように丈の長めのシャツと、ズボンだった。


 子供の男装と言うよりは、旅装束で、前世の暮らしに慣れてしまった今となっては、とても動きやすいし好感の持てる姿だった。

 貴族の女子としては、スカート至上主義なのでお忍びでも、まず選ばない衣装ではあるんだけどね。



「……ユージア、手紙と手続きが終わり次第こちらへ合流、ガレット公爵家まで影に潜んで護衛を頼む。程度としてはセシリアが怪我をしなければいい。それ以上になりそうなら、助けに入れ」


「了解。じゃ、ひとっ走り行ってくるねぇ~。また後でね!」



 さっと着替えたユージアは、旅装束…ではなくて、町によくいるようなこざっぱりとした若者の姿になっていた。

 中学生くらいの見た感じのからしても、冒険者になれそうな年齢でもないしなぁ。


 にへらっと笑うと、こちらへ軽く手を振り、颯爽と森の中へ消えていった。

 ……無事にたどり着けますように。



 さて、と、男の子がこちらを振り返り、楽しそうに微笑みかけながら手を差し出してきた。



「──レイだ。ゼンの代わりに迎えにきたよ。これから歩き移動で、王都までは少しかかるけど…一緒に来てくれる?」

「セシリアです。おねがいしましゅ」



 私の顔を覗くようにして、にこりと笑いながら、ユージアが消えた森を指差して説明を始めた。




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