第23話 助ける、魔法。



 本当なら、回復光の魔法もいくつかあってさ、熟練の人なら「回復力を増加させることでの治癒」の他に「本来の姿に戻す事による回復」という魔法があるんだ。

 母様なら使えそうな気がするんだけど、どうもこの時代に後者の魔法を使えそうな人間は少ないみたい。


 前前世むかしは結構使える人がいたんだけどね…廃れてしまったのか、使えるほどの魔力濃度の保持者がいないのか。

 その当時の大聖女とか呼ばれてた人は、腕がポロリしちゃったのをつなぐどころか、魔物に腕を喰われて失くしてしまった!という者や、生まれつき欠損していた者まで、にょっきりと生やさせてたはず。あれこそまさに奇跡だよね。


 ──さて、私はどこまでの回復光の魔法が使えるのかな?

 鍛錬が必要だとは思うけど、育ったら母様程度までは伸びるんだろうか?

 そう思いつつ、だいぶ呼吸が安定してきた感じのある胸の…心臓の上あたりに手をかざして、魔力を込めて呟く。



『ゼン、おてつだいおねがいね…いたいの、いたいの、とんでけー』

「飛んでけーって…ちょっと!…ぶっ…ぐぐぐ…」



 視界の端で、腹抱えて転がる大きな猫ゼンは…もう、気にしないっ!

 ……どんどん欲望に忠実になっていくなぁ…あの猫。


 手に集中した魔力は、白い光とほのかな熱を持って注がれていく。

 母様の回復光の魔法と同じ感じ。

 ただ、やたら消耗が激しい気がするんだよね、これは魔力の使い方に無駄が多いのか、精霊や霊獣のようなもののサポートがあっても、私に適正が無い、もしくは低いか…うーん。


 ……一度休憩を取らないと、ちょっときついかなと思ってきたところで、身体がピクリと反応した。



「あ、起きたかな?」


「……うっ…!…がああああっ!」



 叫びとともに、身体がビクンと跳ね上がった。


 あー、やっぱ生理食塩水の濃度を間違ったんだろうか?

 それとも、傷の縫合で、繋げるとこ間違えたかな?

 回復魔法が上手く効いてなかったか…ううーん?


 回復の手を引いて、様子を確認しようとした瞬間、肩に強い衝撃を受けて視界がブラックアウトした。


 ──って、またかっ!




 ******




「──あっ!起きたところ悪いんだけど、動かないでね?」

「ぴゃー!」



 頭に風を強く感じている。視界は…石畳しか見えない。腰に手が回されて、抱えられて走ってる…と思う。

 お姫様抱っこでは無いのが残念!


 ──文字通り小脇に抱えられて、猛スピードで移動中の模様。



「ど…どういう、じょうきょうなの?これ?」


「えっと~、逃げてるって感じ?アンデッドどばどば~って!あと~騎士団の足音が消えたから、早めに脱出しないと逃げれなくなりそうな?」

「ぎゅ…ぁ、騎士団の捜索が終わったみたいなんだ!あと、ここ広すぎて出口が見つからない!」



 とりあえず、空腹と激しく揺られて、気持ち悪いです。

 背後から、べチャリベタベタ…っと嫌な音が聞こえているのがきっとアンデッドだろうか。


 あ、でもそもそも、私達もさっきの治療やら何やらで血まみれだから、見た目的には大して変わらないかも?


 しっかし、これがメアリローサ国の国教と見紛うほどに肥大化した、フォーレス教の教団本部の真下にあるとか、業が深すぎると思います!



「普通の出口なら~…無いよ~って、マジックアイテムがないと、出入りできないんだ~ってさ!僕を捨てたやつが自慢げに語ってた~」

「で、緊急脱出用の出入り口を探してるとこ!」


『……ありましたわ、右側3つ目の部屋です』



 場違いなほどに落ち着いた女性の声に、1人と1匹はスピードを上げて、部屋へ転がり込む。

 この声は水の精霊さんかな?元気になれたのかな?姿を見たいなぁ…


 部屋の中心部、床に大きく描かれた魔法陣を2人はじっと見つめる。



「うん、読めない~♡」

「僕も…難しいな…片言しか」


「…みしぇて」

「あ、ごめんね~!それと、助けてくれてありがとう~!」



 私を抱える力が緩み始めたので、降ろしてもらえるかと思ったら、そのままギュウウっと抱きしめられた。頬擦りをむにむにぐりぐり…そろそろ離して欲しいんですけど!



「あぁ~この感触!最高だね!こんな子が僕の新しいご主人様とか、幸せすぎるんだけど、どうしよう~」

「それは良いから…なんとかこの魔法陣を解読しないと、詳細がわからないことには使いようがないよ?ほら、セシリアを解放してっ!」



 私が意識飛ばしてる間に何があったのか、やたら仲良くなってるように見える。

 長い尻尾をバシバシと石畳に不機嫌に叩きつけてるゼンを見つつ、名残惜しそうに私を下におろしてくれた。


 ……はい、読めました。

 これは私が魔道学院で勉強してたのと、ほとんど変わらないから、同じか少し古いくらいの時代のものなんだろうか?


 法師試験の問題によく出てた形式だなぁ。と思いつつ読み上げていく。



「これは、てんいのまほうじん」


「お~やったね!」

「急ごう、なんか色々こっちに迫ってきてる!ゾンビとかゾンビとかスケルトンとか…」


「ゼン、はつどうは、ひかりともう1つぞくせいが、あればいいみたいで…」



「転移場所は…」と説明しようと口を開いたところで、足元の魔法陣が発動し、紅い光が舞い、景色が歪んでいった。

 2人が発動させたのかな?




 ******




 大きく景色が歪み、次の瞬間には、大きな木に囲まれた草原の真ん中に2人と1匹は佇んでいた。

 ──陽の光が眩しい。



「……どこ、ここ?」

「で、出れたー!」

「あ~っ!脱出できたあぁぁぁぁ~!」



 嬉しさの表現なのか、流石に治療直後に無理をしたからなのか?パタリ、男は草原へと倒れ込んだ。

 私はその隣に座り込んで、襲撃者?誘拐犯だったはずの男のなりを改めて観察する。


 さっきまで救命に必死、脱出に必死、で、必死すぎてまともに顔も見てなければ、名前も知らない。

 そもそも、セグシュ兄様を襲って大怪我をさせたらしい、重要人物だ。


 濃い緑色の長めの髪型に、抜けるような白さの肌に金色の目。改めて見ると、綺麗な…子?人?

 セグシュ兄様と同じくらいに見える。こんなのが、公爵家うちに襲撃をしかけた犯人なのだろうか?



「セシリア、僕は一度報告に戻るから、コイツなんとかしといて」

「コイツとか…酷いっ!君には、ちゃんと自己紹介、したよ~?」


「セシリアには、してない…それと契約の更新もしといて」

「おなまえ、おしえて?あと、けいやくって?」



 やっぱり、仲が良い。私が気を失ってる間に、本当に何があったんだろう…。



「じゃあ改めて、僕はユージアだよ~。拾ってくれて、助けてくれて、ありがとう!これからよろしくね~」

「セシリアです…いまはからだ、いたいとこない?」


「ないない~完治ではないけど、走れるくらいには治ったよ!腕良いね~!そ、れ、と~、契約ってのは、隷属の契約ね~」

「れいぞく…くびわ、はずしたのに、またけいやくするの?」



 ……あの首輪のせいで、犯罪行為をさせられたり、あんな大怪我させられたりしたのだと思うと、せっかく外したのにまた付けなければいけない事態に、少し悲しくなった。


 まぁ、私とその家族が再度危険に晒されないため、そしてそれを家族にも理解してもらうためにも保険として必要だという事はわかる。

 私に襲撃時の記憶はないけど、大怪我をしているセグシュ兄様や父様母様にしたら、そう簡単に許せる相手でもなさそうだし。



「セシリアなら良いよ~!君は、違法な命令はしないでしょ?」

「この契約は『隷属の首輪』のように非人道的なものではないから、期限を決めて、お互いに同意しないと契約できないから、大丈夫」


「そうそう!内容もしっかり指定できるしね。もし理不尽な事や、法に触れそうな命令を強制する事があれば、逆に契約者が罰を受けたりもするくらいだからね」



「この契約は、国で管理されている正規の奴隷商が使ってるのと同じもので、コイツの再犯の予防も兼ねて契約を交わしておいたんだ。これから、契約者を僕からセシリアに書き換える。内容は、期限が2年間…セシリアが5歳になって魔法学校に通い始めるまで。内容は護衛。これで良い?」

「わかっ「男娼でも良いよ~?」……!?」


「良くないっ!」


「なんなら一生でも良いし~?」


 即座に怒鳴り返すゼン。

 3歳児幼児に何する気だ!と、呆れて半目になる私に、にこりと笑いかけて「お安い御用だよ~?」とか言ってる。本当に何する気なんだ……。


 瞳孔をまん丸にして耳を下げ、ぎゅう!っと鼻を鳴らして、尻尾をバタンバタンと地面に叩きつける。

 ……猫の最大級の怒りに見えた。



「とにかくっ!契約者の更新をするから、2人とも手を合わせて!」



 ユージアは上体を起こして、向かい合うように手を差し出す。私も手を出し、合わせる。

 その手の上に、ゼンは「おて」をして、魔力の込められた声を発する。



『汝、ユージアよ、セシリア・ハノン・ガレットに魂からの服従を』



 手と手の間に熱を感じる。

 熱が引く頃には、ゼンの手が離れて、魔法陣がユージアの胸へ吸い込まれていく。



「はい、これで契約の更新完了!……じゃ、すぐ戻るから、護衛任せた!」

「セシリア、これからもよろしくねぇ~♡」



 ぶわり、と風が舞ったかと思うと、ゼンの背から白い大きな羽が生えた。

 少しの助走とともに飛び上がりると、空中で一度大きく旋回してから、滑空するかのようにスピードをあげて…一直線に移動して行った。



「……猫が飛ぶとか、ないわぁ~」

「ないよね…」



 それでも、純白の大きな翼は力強くてとても優雅で、ゼンの飛び立つ姿が見えなくなるまで2人で見惚れてしまっていた。


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