第22話 謎のバチバチ。



 ふぅ、と一息つきながら、ゼンがこちらへ向き直る。

 死戦期呼吸か?と焦っていた呼吸の浅さ、速さが少し落ち着くのを感じた。あの浅い呼吸と、喘ぐような動きは首が、ずっと締まったままで苦しいのもあったのかな?



「首輪は外したよ。……セシリア、面白いことしてるね?」

「ん、しけつっていうの」



「し、ぇ、つ」ってなりかけたけど、区切って喋ったら今回は、噛まずに言えた!

 鼻をヒクヒクさせながら、私が止血した辺りを調べてる。匂いだけでわかるのかな?



「ほんとうは、おかしゃまみたいに、なおしたいんだけど…ね、むずかしいから、きれたとこをみじゅで、つなげたの」



 涙か汗だかよくわからないものを服の袖で拭って、ゼンに説明する。



「みじゅ…!っと、それなら、そこの精霊に手伝ってもらうといいよ。さっきのばちばちさせてたヤツ、水の精霊だよ」

「おてつだい、おねがいしたけど…みえないし、きこえないよ?」



「どこにいるの?」ときょろきょろするけどやっぱり見つからない。

 ていうか、ゼン…君まで私の発音に笑うんだね…立派なヒゲがぴくぴくしていて、笑ってるのがバレバレですよ!……落ち着いたらモフり倒してやるっ!



「弱りきってるからね。ただ、主人の危機に必死になれるくらいには、感情のある水の乙女オンディーヌだし、少しは役に立つんじゃないかな」



「感情のある精霊」っていうのは高位なんだ。ここでの感情ってのは、人間で言う「相手を思いやる」という事ね。長く生きているからこその感情の理解や、経験から…今のように仲間を助けようとしたり、空気を読んでの行動が上手になるんだ。


 逆に低位の精霊ほど、わがままというか気まぐれというか、赤ん坊のように無邪気で思ったままに行動するから、ひどく残酷だったり意味のわからない行動をしたりして、その性質は妖精に近い感じになる。



「と、いうより、さっきから手伝ってるみたいだけど…まぁ弱ってる上に契約外の相手のサポートは、難しいからなぁ……うん、僕も手伝うよ!セシリア、手を出して?」



 ゼンが目をキラキラさせてこっちを見ている。大きくて長い尻尾がぶーんぶーんと振られていて可愛い。

 早く次の作業に移りたいのと、ゼンの呑気そうな雰囲気につられて、何も考えずに手を出すと、ゼンの大きな手で、ぽんっと「おて」をされた。



「はい、契約!」



 人間の表情であれば、にこり、としてそうなほどに弾んだ声と、大きく振られる尻尾。

 私の手に特に変化はなくて、あえて言うなら、手を傷口にかざしてたはずが、いつの間にか思いっきり触ってたようで血だらけ?

 ……もしかして、単に構って欲しかっただけだったり?と無意識に半目になって見つめ返す。



「ほ…ほら!あとは足と肩の止血がまだだよ!さっさと済まして、ここから移動しようよ」

「はぁい……ぜったいに、いまのは、あそんだだけだよね…?」


「ちゃんと契約したからね?」



 なんか信用ならない気がする。ゼンは憮然とした顔になって、尻尾をばたんばたん、と叩きつけるように大きく振り出した。これは猫だと、機嫌がちょっと悪い時の反応なんだけど…同じ感情表現だと、とっていいのかな?


 ……まぁいいや、とにかくこの人の止血と、歩けるようにしてあげないと、ここから出られない。


 私が支えるなり肩を貸せたらいいんだけどね。3歳児にはどう考えても無理なのですよ…。

 歩くなり這ってもらうなり、自力で動いてもらえないと、どうしようもないんだよね。


 私の涙だか汗だか…わからないものはゼンとじゃれてる?あいだに落ち着いたのか、止まっていたので、脚の切り傷をつなぐために魔力を込めて呟く。



『おんでぃーぬしゃん、みずで、きれたところを、つなぎたいの』

「…しゃん…!」



 ……今度は皮下なかを診なくて大丈夫。契約精霊が手伝ってくれているのなら、私が診るより彼女オンディーヌの方が正確に把握できてるから。

 そう思って手をかざすと、その手に変な感触があった。

 妙な熱と、かざしている手を押し返されるような反発のような風圧のような…?


 うーん、水の魔法は手を介して使う時は、水流を手に感じるような感覚があるんだけど、今回の反発のような熱のようなのは…風?光かな?


 視界の脇で、ゼンがぷるぷるしながら悶えてるのが見えるわけだが…あとで覚えてなさいよ…!これでも毎日発音の練習して、それでも、どうしても発音できないんだから!



「やっぱりセシリアは光属性も使えるんだね。くっつけるだけじゃなくて癒えてる」

「うん……しょうみたい」



 ゼンが「そうじゃないかと思ってたんだよな~」と言うふうに自慢げに、ふんっと鼻を鳴らす。

 ……確かに使える。以前も使えてたし、母様が大聖女ってのもあって、適性も上がってるのではないかと思ってた。


 でもね、光の魔法は怖いから使いたくないの。


 とにかく身体に作用する魔法だから、魔法を使う事によって起こる、作用の方向性をしっかりと固定できずに使うと大惨事になってしまうから。


 治癒の魔法は特に、自然の治癒力を強めて一気に回復するわけだけど、つまりは自然の治癒の促進だから、変な姿勢や、折れた骨がずれたままで治癒をかけてしまった場合、そのままの形で治癒してしまう事があるんだ。


 自然での治癒でも良くある事だから、その効果を強化される魔法であるなら、なおのこと起こりやすい事なんだけど。


 治癒魔法が上手な人というのは、体の構造を熟知しているのが前提だった。

 ただ実際のところ、この世界の身体の構造への理解度が…まぁ、低すぎるんだよね。


 写真やネットなんていう、お便利グッズがないから、しょうがないんだけど、情報自体の共有が本当に難しい。前前世むかし所属していた魔導学院の研究施設ですら、前世地球の医療技術との差には酷い開きがあった。一応、当時の学問の中枢的な位置の機関だったんだけどね。


 そんな状況から魔導学院は不老不死の魔法やマジックアイテム、秘薬を作り出そうとしてたんだから、魔法の力は本当に未知数なんだ、と再認識させられてしまう。



(そういえば、前前世むかしに使ってた私の自宅兼研究施設って、どうなってるんだろう?魔導学院も。機会があれば見に行きたいなぁ)



 ……自宅はマジックアイテムで秘匿された、地下3階地上1階…というか地上の1階部分は、一般的な木造家屋だから…朽ちてるだろうなぁ。

 大事なのはその地下室たち。


 あの時代と比べて、悲惨なほどに魔法や魔術がかなり衰退してしまっているから、きっとポーションやマジックアイテムに必要なハーブ等の資材や、そもそも作り方なんかも失われていそうだし、勉強し直しも兼ねて、コレクションとして収蔵していた資材の回収もしたい。



「でさ、考え込むのはいいけど、そろそろ脱出の方向で動き出したいんだけど、起きないね?あとは治癒魔法で治したほうが早いかもよ?」



 うーん、と前前世むかしの記憶を掘り返してると言われたが…やっぱ記憶に欠けがあるのか、所々、知識も記憶も部分的にモザイクがかかってる感じになって、考えだすと無意識に行動が停止してしまってたようだった。



「まだ、もうちょっと…てつだってね」

「もう、くっつける傷はないけど?」



 普通なら治癒光の魔法を使うべきなんだろうなぁ。

 水だけど精霊と、ゼン謎生物のフォローもあるし、外科的処置下準備もしっかりできてるから、大丈夫だと思うんだけど、もう少しだけ。と魔力を込めて囁く。



『からだのなかに、たまった、よごれた、ちをすてて…』


(そういえば、手術の後って、減った血の代わりに生理食塩水の点滴打ってたよなぁ、あれの塩分濃度ってどれくらいだっけ…9%だっけ?それとも0,9%?えーっと…忘れた!)


『わたしの、このなみだとおなじ、しょっぱさのおみずを、しゅこしずつ、ゆっくりと、からだにいれてあげて』



 ……確か、サバイバルで輸血が必要なほどの大怪我をした時に、生理食塩水を使うってのと、その塩分濃度が数値として測れない状態で作る時は、その食塩水を目に入れて、刺激がないのが生理食塩水に近い塩分濃度だってテレビでやってた気がするから、多分これで大丈夫…のはず。(良い子は真似してはいけません)



(……やるだけやったし、あとは治癒光の魔法頼み!)



 ……そういえば、ゼンは光の魔法と相性が良い生き物なのかな?


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