第15話 巫女さんその2。
「こ、こんばんは?」
「作法は気にしなくて良いよ。無作法しているのは私の方だから」
アナステシアスと名乗った青い髪の美丈夫……というより美少年だね。やっぱり、セグシュ兄様より年下に見える。中学生くらいかな?縮んだのかしら?
「今日の目的はね、そこの、きゅうちゃん……の命名のお手伝いと、セシリア嬢に龍の巫女としての説明をしに来たんだ」
「おなまえ、ぜんなーしゅたとで、おねがい」
「セシリア嬢が決めて良いんだよ。ゼンナーシュタットというのは元々この子の母親と考えてた名前ではあるのだけどね、つける前に逃げてしまったから」
「うん、ぜんなーしゅたと、かっこいい!」
本当に良いの?と首を傾げて、こちらを覗き込む。
そして少し意地の悪そうな笑顔を浮かべながら、きゅうちゃんとセグシュ兄様に向き直る。
それにしても、セグシュ兄様は…いつまできゅうちゃんとくっついてるんだろう……。
「君も、良いのかい?私としてはきゅうちゃんでも……っふふ。なかなか斬新で良いと思うよ」
「ゼンナーシュタットで!」
必死なきゅうちゃんの声が響いた。
『きゅうちゃん』も可愛いのに。でも、お母さんが考えてくれた名前なら、断然、つけるべき名前だもんね!
お名前は両親からの初めて贈られる、大事なプレゼントだからねっ!
「わかった、今日からお前はゼンナーシュタットだ、精進しなさい」
『魂に刻み、歩み進めゼンナーシュタット』
歌うように唱えるように、アナステシアスがゼンナーシュタット、と名前を呼んで頭に触れると、きゅうちゃんの長くてふわふわの毛がぶわっと逆立ち、一瞬、光を帯びた気がした。
「さぁこれで、ゼンナーシュタットは1つ親離れしたね!おめでとう」
「ぜんなーしゅたと!おめでとう?」
「ゼンって呼んで。セシリア、よろしく」
「ぜん!よろしくね」
ぴゃーぴゃー言ってるきゅうちゃん……改め、ゼンも可愛いんだけど、喋れるとか!
楽しみすぎるね!
……人語を理解する知能があるなら、やっぱりこの子は霊獣や精霊の類なのかしら。
サイズや見た目の変化もして見せてくれていたから、相当賢いはず。
きっと高度な魔法も使えるようになる子なんだろう。
高ランクの霊獣や精霊は得てして長命だから、逆に考えれば、名付け前の出生直後や幼生を目にすることができるのは、とても珍しい。
とても興味深いことなんだ。
アナステシアスは慈しむような笑みを浮かべてこちらを見ていたが、他の要件を思い出したのか、腰に手を当てて父様母様に向き直り、会話を再開させる。
「……さて、と。龍の巫女についてなんだけどね……教会も王家もセシリア嬢に興味津々みたいなところで悪いんだけど、セシリア嬢が龍の巫女になるのは決定事項で拒否権はないからね。大聖女と同じで、生まれる前から決まっていた事だから」
一気にそう言うと、こちらに歩み寄り手をとり、私ににっこりと微笑みかける。
なぜかうっとりするように、見つめられている。
「セシリア嬢の魂に契約がかけられているんだ」
「……解除が可能なものなのでしょうか?」
「契約の内容を調べる術はありますか?」
即座に父様と母様が質問を返していた。
巫女の契約って何だろうねぇ?隷属とかだったら、嫌過ぎるんですけど。
解除は出来ないよ、と言うように首を横に振る。父様と母様が心配そうな面持ちで考え込むのを見て、優しい笑みを浮かべながら説明を続けていく。
「あぁ、心配するようなものでは無いよ!そもそも契約っていうから怖いんだよね、ごめんごめん。これは龍の祝福だよ。ただ、一般的な血筋への祝福ではなくて……セシリアの魂そのものへの祝福だから、生まれ変わっても続いていくほどに強いものなんだ」
──だから解除はできない。
そう言われても、だ。今まで真っ当な暮らし?をしてきたので、龍と関わったり、ましてや祝福を受けるなんて状況になった記憶はないんだよね。
うっかり毒殺される程度には、有名になったりはしていたが。
そもそも人語を理解できるような高ランクの龍って……転生を繰り返し始めた頃の魔導学園都市の守護龍しか知らなかったし、その守護龍すら、会話を交わすことはおろか姿すらまともに見る機会すらほとんど無かったのよね。
祝福なんて、欲しいと思ってたのなら、夢のまた夢という環境だったはず。
むうぅ……と考え込んでいたのが伝わってしまったのか、アナステシアスがセシリアの顔を覗き込むようにして、くすりと笑った。
「セシリア嬢、そんなに眉間しわしわにしなくても大丈夫だから。あ、そろそろ寝る時間かな?……という事で、準備しておくから、明日から巫女修行開始ね。王城に宰相と一緒に毎日通ってきてね」
ぽんぽんと、頭を撫でられてしまった。
眠いわけではないんだけどなぁ。
「宰相殿、大聖女殿には後日、改めて説明の場を設けますので、詳細はその時にでも……セシリア嬢も遅くまでごめんね?……では」
アナステシアスが、父様と母様に視線を向けて、すっと姿勢を正して礼をする。
彼の頭が上がる頃には、白昼夢でも見たかのように姿が消えていた。
その様子に呆気にとられつつ、セグシュ兄様が首をかしげる。
「守護龍様って、随分若く見えたんだけど、実際いくつくらいなんだろう?外見は僕より年下に見えたんだけど…」
「あのお方は少なくとも300歳は超えてるよ。個体差があるそうだけど、長命の種族は一定の年齢で外見の成長が止まるそうだ」
エルフや精霊もそうだよね、成人あたりで見た目の成長が止まって、寿命が近くなると一気に老け込むとか。
魔力の高い生き物はこの傾向が強いそうだから、父様と母様が若々しいのも、もしかしたら…!
ハッとなって顔を上げたら、母様と目があった。困ったように肩をすくませながら、微笑む。
「……龍の巫女について、判ったような解らないようなままなのだけれど…まぁいいわ。ひとまず教会対応は私に任せてね。貴方も王家の対応と、明日からの龍の離宮への対応もお願いしますね」
「離宮へは、僕も同行していいかな?初日くらいは同行して様子を見たいんだけど。まだ休暇も残ってるし」
セグシュ兄様も明日は同行してくれるらしい。これは心強い……。
「じゃあ、明日は早く出ることになるだろうから……」
「あっ…!(セシーが寝ちゃいそう…)」
これは父様の声と…兄様の声と…。
……ふわりと浮遊感がして、ゆらゆらと揺れて。
「頑張ったね、セシー……」
どんどん重くなる瞼に抵抗が難しくなってきたところで、父様の、甘く優しい声が耳元から聞こえた気がした。
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