まだ冒険は早いと思うのです。

第16話 新生活。



 いつの間にかに寝てしまったらしい。


 顔に陽があたり、眩しくて目を覚ますと、懐かしい感じのベッドに寝かされていた。

 セシリア今世の私は使ったことのないであろう、綿麻の少しごわつく硬めのシーツ。


 ……つまりここはセシリアの自室公爵令嬢のへやでは、ない。


 確か、自室で就寝したはずだったんだけど、と思い自分の服を見ると、いつもの寝間着だった。

 まだ寝ぼけてるのかも?と、寝なおすために毛布をかぶり直そうとした時に、目に飛び込む赤い染み。



(これは……血だ)



 よく見ると、肩口にも袖口にもついてる。



「………」



 ヤバイヤバイヤバイ、これはヤバイ。


 背中に冷気が通ったかのように、急激な寒気と震えが始まる。

 少し考える時間が必要だと思い、毛布を深くかぶり直し、寝たふりをする。



(怖い…どうしよう)



 ……体の痛みがないってことは、とりあえず私に怪我はない。


 血の染みはまだ黒くなってないから新しいものだろう。そしてこの見知らぬ部屋。…と考えると…私は攫われた?

 誰の血だろう…。私を守ってくれた人の血だろうか。


 私が攫われたとするなら、家が襲撃を受けたことになる。父様、母様は無事だろうか?セグシュ兄様は?メイドや家にいた人たちは…?きゅう…ゼンは?



(私はどれくらい寝てたんだろう?)



 とにかく、状況を整理しなければと、毛布から顔だけ出して、辺りを見回す。

 部屋には小さなクローゼットとソファーセット、ベッドが2つ。


 脱出経路になりそうなのは、木枠の小さな窓が1つと、ドアが1つ。

 トイレとお風呂は共同使用の宿なのだろうか?



(逃げるならドアかな)



 ドアの鍵は内側からかけれるタイプに見えるけど、廊下に見張りがいるんだろうか?気配を探ろうにも、たくさんの声が聞こえていて判別がつかない。



(小窓は出た後の着地が難しそうだし、ただ、現在地の確認はしたい)



 小さな窓にはソファーセットの机が横付けされているので、私でも登れそうだ。


 あとは今の状況でできる護身術は…魔法しかないだろうな。この体では使ったことないけど、いけるはずだ。

 問題は、魔法にこの3歳児からだが耐えれるのか。それと、魔力の調整が上手くできるのかどうか。


 魔力は魂に繋がるものだから、昔のままに使えるはずだ。

 ただその魔力は、体を巡らせてから発するものなので…調整ができないと危ない。



(杖か魔力媒体が…欲しいな…もしくは精霊の…まぁ、なるようになるかな)



 そっと、ベッドから起き上がって、ソファーから机へ、机の上から窓へ移動して、外を見る。

 王城がかなり近くに見えたので、王都からは出ていないようだったが、視界が高い。



(あ、窓からは逃げられない)



 3階か4階層にあたる部屋のようで、窓から飛び出す、という策は無謀そうだった。


 3歳児の身体このからだでは、隙をついてドアから全力疾走するにしても、すぐ捕まってしまうだろう。

 それなら目立つような騒ぎを起こして、私を捜索をしてくれているであろう両親に、現在地を知らせる動きの方が良いのだろうか?


 どう動くかを考えつつ、静かにベッドに戻る。


 この建物は石造りだった、木造であれば火をつければ目立っただろうに、と考えているところで、かすかな金属音が耳に届く。

 固唾を飲んで音のした方向を見ると、扉からカートに乗せた食事を運ぶ、女性が入ってきた。


 女性は白くて長い、縁を金糸で刺繍されたローブを着ており、にこりと微笑みかける。



「お目覚めでしょうか?聖女さま」


「……はい?」



「本日より、ここが聖女さまの自室となります。お食事が終わりましたら、本日から説教と手習い事が始まりますので、その頃に、またお迎えにあがります」


「………はい?」



 私の前に跪き、一方的に言葉を発した後、退室していった。

 あの白いローブは聖職者だ。縁の刺繍の色で役職が変わるんだったと「記憶」している。


 ……は…はい?

 ……………はぁああああ?



(聖職者いたし、私を聖女さまって呼ぶって事はつまり、ここは教会かっ!)



 父様母様の話では、教会は「強力な聖女が欲しい」から、私を必要としていたはず。それなら…と、テーブルに置かれた食事を食べ始める。

 バターの良い香りのする温かい胡桃のパンに、コーンの甘いスープ。生野菜のサラダにフルーツまで添えてある。



(教会なのに貴族と遜色ない食事レベル、ね…私の知ってる前前世むかしより贅沢思考になったのか腐敗しくさったのか)



 一先ずひとまず私に関しての、命の危険は無さそうなので、もう少しだけ周囲を観察してみる事にした。


 部屋の中にはペンや紙になりそうなものはない。本もない。……ていうか着替えもない。

 武器にも、助けを呼ぶための道具になりそうなものも見当たらない。

 ……さてどうしたものかなぁ。


 窓は開けられる。ドアも内側から施錠できるタイプなので、出ようと思えば部屋からは出られる。


「うーん」と唸りながら、スープを口に運ぶ。甘くて美味しい。しっかり裏ごしして、たっぷりのバターを使ってある贅沢な味だ。

 食器やカトラリーはご丁寧に木製。飾り彫が持ち手部分に丁寧に施された華奢な作りで、とてもじゃないが武器にも、脱出に何かを加工する道具にすら使える気がしない。



(ご飯が終わったら、勉強だっけ。従うフリして逃げるためのルートを探してみようかな…)



 室内に使えそうなものはない。窓から見える景色からの情報では、この教会の位置は貴族街と城下町との境界線のように建っているということはわかったが、困ったことにセシリアの自宅がどこにあるのかがわからない。


 ……そもそも初めての外出が昨日だったわけで、自宅の位置を高台からとはいえ、目視で確認するには無理があるよね。自宅の形状や全体像すら知らないし。



(非常事態だし、王城に逃げ込むってのも手かもしれないけど…3歳児の足では、そこまで辿り着ける気がしない)



 堂々巡りに近くなりつつある考えに、ため息をついているとドア越しに、カートとそれを押して近づいてくる大人の足音が近づいてくる。



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