第6話 side セグシュ



 セシリアはとても可愛い。とにかく可愛い!以上。



 ……そうだね、歳の割に賢くて、とても変わってる。


 所作も、マナーの講師をつけたわけでもないのに、不思議と身についているものがあった。

 本人も意識してるわけでは無さそうなので無意識だろう。



 ──セシーは僕が12歳になって、少ししてから産まれた。

 それまでは僕が5人兄弟の末っ子で、兄からも姉からもずいぶん可愛がってもらっていた。


 両親はいつも仲良しで、どの兄弟たちにも平等に愛情を注いでくれていたのだと思っていたけど、産まれる直前からセシリアが歩き始めるまでは、彼女につきっきりだったそうだ。


「そうだ」というのは、僕は側に居なかったから。

 僕は12歳で学園の校則で15歳以下の学生は、事前の申請が無いと長期の外出ができないからだ。

 出産に立ち会えた兄姉もいたようだが、僕は「無事に生まれたらしい」と連絡を受けただけだった。


 年末や季節の変わり目の休暇に、会いに行くことは出来た。

 ……出来たのだが、課題や合宿・所属学科の実習と長期帰宅の予定がつかず、両親にお祝いを伝えただけで、セシリアに至っては、寝ている顔をチラリと見せてもらってそのまま帰宅、ということが続いていた。


 僕がセシリアと関わるようになった時には、もう歩いてたし、舌っ足らずではあるが、しっかり喋るようになっていた。


 セシリアは母さん似の淡い桜色のような銀髪を肩まで伸ばして、大きめの紫の瞳をしていた。

 個人的に姉妹達の中では、一番母さんに似てると思う美人さんだ。


 そんなセシリアは、絵本以外は読む機会がない年齢であるはずなのに、ポロリと会話に高度な言葉が混ざる。

 密会やら魑魅魍魎やら……全く、どこから覚えてきたのやら。

 ただ、その突拍子も無い会話が面白くて、タイミングが合えば積極的に関わるようにしている。



 ──そして今回、両親からの依頼でセシリアの魔力測定会のエスコートをすることになった。


 同じクラスの友人達には「泣くわ、叫ぶわ、暴れるわ、散々だったよ」と哀れみや同情の眼差しをもらった。

 セシリアを見てる限りでは、そんな悲劇は想像がつかなかったから、不思議でしょうがなかったのだけどね。



 魔力測定会の当日は、早朝に学園を出発した。

 自宅に着いた時には、玄関前に馬車が準備されていたので、御者に声をかけたところで、両親とセシリアが出てくるのが見えた。


 セシリアはふんわりとした淡い水色の膝丈のドレスを着けていて、光の加減で淡い桜色のように見える銀髪との対比が可愛らしくて、本当にお人形さんのようだった。



「やあ、セシリア!すっかりお姉さんになったね。今日は僕がエスコートさせてもらうよ!よろしくね」


「せぐーにいしゃま、よろしくおねがいしましゅ」



 噛んでる。相変わらずの舌っ足らずで、可愛すぎる。

 サとスとソが、喋れない。

 喋れないのに、しっかりとした言葉遣いをするギャップが、また良い。



「あぁもう!なにこの可愛い生物は!セシーはずっとこのままでいいよ!」


「やめっ!にしゃま!めーーー」



 セシーが全力で嫌がってたけど、気にしない!

 全力で抱きしめて、くるくると振り回す。



『……今日はセシリアの王子様になってあげてね』



 これが母さんとの約束なので、頑張…ろうと思ったけど、それは馬車を降りてからで……良いよね?

 父さんからも『社交の立ち居振る舞いは場数を踏んで慣れるしかない』との事なので、女性陣に好印象になるなら、今回は特にお叱りはないようだし、思いっきりセシリアの王子様になってあげる。


 ……今回の主役は3歳児。うん、なんとかなるはずだ。







 ******







 ──セシーは可愛いだけじゃない、良い子だ。再確認した!


 入場すら怖がり、ドアの前で嫌だと泣きわめき、母親と思われる女性に引き摺られながら入場する子。

 ほんの少しを待つことができずに、お菓子を片手に控え室から飛び出して、奇声を発しながら走り回る子。


 貴族控え室の廊下ですら、この惨事だ。


 この扉の向こう、魔力測定会が行われる会場は…どんな大惨事となっているのだろうか?



 それに比べて、応接のソファーにちょこんと座り、静かに紅茶を……熱くて飲めなくて一生懸命にふーふーと息を吹きかけているセシリア。

 可愛すぎるよね。


 ここまでくると自慢したくなるくらいの良い子だと、帰ったら褒めちぎりたい!




 ──入場準備の声がかかった。



 さて、エスコート……初めてなんだよね。

 あ、自分のデビュタントでも一応すぐ上のフィリー姉さんをエスコートした、にはしたのだけど……緊張しすぎて、姉さんに引きずられるように入場したという記憶くらいしか覚えていないんだ。


 しかも、姉さんの立ち居振る舞いが完璧すぎて、主役であるはずの僕の方こそ見事に引き立て役になってしまっていた。

 ま、社交界なんて女性が主役なのは当たり前のことだから、むしろ良い事なのかもしれないのだけど、帰りの馬車でフィリー姉さんに駄目出しの嵐だった。

 あれもダメこれもダメ、こういう時はこう動かなければダメ……。


 それもあって……来月、この王城で開かれる事になってる、僕の婚約者のデビュタントの予行練習も兼ねてのエスコートだったのだけど、セシーは大人しくエスコートさせて……いや、僕がしっかりエスコートしてあげられるのだろうか?


 不安になってセシリアに視線を向けると、少し緊張させてしまった様で歩が止まり、固い表情でこちらを見上げていたので、安心させる様ににっこりと笑顔で返す。

 ……大丈夫だよ。



「さぁセシー、最高の笑顔で入場しよう!」


「はい、にいしゃま」



 セシリアが、少し硬い表情でにこりと笑う。


 僕の歩に合わせるように、会場のドアが開き始める。



『ガレット公爵家、セグシュ・フォン・ガレット、セシリア・ハノン・ガレット、入場!』



 入場の声にびくり、とセシリアが眼前に広がった風景に、固まる。

 少し手を強めに引いてみたが、歩調がおぼつかない。


 建物の豪華さと、人の多さに圧倒されちゃったみたいだった。



「うわぁ…」


「うん、セシー大丈夫だよ」



 僕であれば挨拶の位置まで、あと数歩。その数歩がセシリアには遠い。

 ……惚けているセシリアをドレスがふわりと広がる様に抱き上げて、そのまま進む。


 合図の代わりに、おでこに軽く口づけをし、セシリアを降ろして礼をする。

 続いて、セシリアがカーテシーをする。



「ぇええ…」


「セシー完璧だね!最高の可愛さだよ!」



 やっぱり、セシーは可愛い。緊張もあるのだろうが、ほんのりと紅潮した顔が可愛らしい。


 ゆっくりと顔を上げると、正面のずっと奥に満面の笑みを浮かべる、母さんと目があった。

『セシリアの王子様になってあげてね』と言う母さんの課題はクリアできたと思う。


 誤算としては、保護者達の母親…と言うか若い女性率が高かった事。

 ……じりじりと逃げ場を封じられるかの様に、人集りができ始めた事。


 正直、怖い。


 香水の香りがキツイし、視線が痛い。野外訓練で対峙したゴブリンの群と良い勝負だと思う。

 あれもきつい…というか臭いし、隙あらば襲いかかろうと、こちらを凝視してくるのと似てる、と思う。

 あ、でも思う存分攻撃も反撃もできるだけ、ゴブリンの方が可愛いかもしれない。


 どう逃げようかと視線を下げると、セシーがお菓子に向かって離れようとしていたので、便乗させてもらう。



「セシー、まずは王家の皆様にご挨拶するよ?その後は、呼ばれるまで自由にしてていいみたいだから、行こう」


「はぁい」



 やっぱり、社交は面倒臭い。


 まぁ、挨拶さえ終わってしまえば、3歳児は初めての社交ってほどではないが、お茶もお菓子もあるし、お友達作りの場と化すから、セシリアは解放でいいかな。


 視界の端から、じりじりと距離を縮めてくる群れた女性が恐ろしいので、僕はさっさと母さん達のいる測定の水晶玉の近くに行きたい。



「これはこれは!ガレット公爵家のセグシュ殿と……セシリア殿」


「えっと……フォーレス教会の「司教をしております、ガレウスです。セシリア殿はお母上のクロウディア様にそっくりでございますね!」



 思いっきり被せて勢い込んで話しかけてきたのは、フォーレス教会の司教のガレウスさん、ね。

 セシリアをガン見してるが、セシリアを紹介したい人物では、ない。

 咄嗟にセシリアを後ろに隠すように立ってみたが、セシリア自身はすでにお菓子に釘付けになっていたので、手を離すとお菓子に向かって一目散に移動を始めた……それで良い。



「セシー、素敵なお友達ができるといいね!楽しんでおいで」


「はぁい、おにいしゃま、ありがとう」



 今にも走り出しそうな早歩きで移動していくセシリアを見送って、ガレウス司教へ向き直す。

 ……ガレット公爵家の子にとって、教会は鬼門だ。あまり仲良くしたい相手ではない。



「失礼、セシリアはまだ言葉が難しくてね、作法の講師にはまだついていないんだ。今はお菓子しか見えてないみたいだよ」


「いえいえ!十分に可愛らしくお育ちで、測定が楽しみですね」



 ガレウス司教が笑う。

 個人的な美醜の好みかもしれないが、ガレウス司教の顔を歪ませる笑顔が嫌いだ。

 神聖な職についているはずなのに、邪悪ささえ感じる気味の悪さがある。



「そうだね、今のところガレット公爵家うちの兄妹からは光持ちは出ていないからね」


「……いえ!そういう意味では!」


「まぁ、6番目だもんね。末っ子くらい光を持ってても良いかもね。母も喜んでつきっきりで教えると思いますよ!では」



 にこりと笑顔を作って、水晶玉の見える位置まで急ぐ。



 ──教会は幼少の魔力持ちを抱え込む。


 この魔力測定会で魔力持ちだと判明すると、身分に関係なく5歳から国立の魔法学園への入学が許可される。

 ……許可と言う名の強制であるのだけれどね。


 魔法学園に入学すると基本的には寮生活となり、学用品と必要最低限の生活必需品は無償で支給される。

 とはいえ、5歳になるまでの2年間の間に、必要最低限のマナーや読み書きはしておきたいところだが、王都以外の街の子供達の識字率はかなり低く……。


 ここで教会が、魔法学園の入学が許可された子を引き取る事によって、このマナーや読み書き等を無償で教え、その間の子の生活も保証する。

 日々の生活でいっぱいいっぱいの平民であれば、教会の申し出はすごくありがたいものだろう。


 ……ただ、実際の教会の目的は、5歳になる前に属性検査を受けさせて、光属性の魔力持ちを見つけ出し、洗脳に近い教育を施した上で教会所属としてから学園に入学させることを目的としているので、そこで光属性を見出されたものは、教会所属の聖女・聖職者ヒーラー以外の進路はない。


 ちなみに母さんは教会に未所属で「大聖女」という称号を国王より賜っている。

 つまり未所属ノラの聖女もいるにはいるのだが、これはとても珍しい。


 母さんの場合に至っては、王族であり『王家と教会との直接の結びつきがあってはならない』と、教会への所属を断ったから、と聞いている。


 聖女・聖職者ヒーラーは貴族としても騎士団を所有する関係上、一家に一台!救急箱的に欲しい人材ではあるが、絶対数が少ないため、結局は安くはない寄付を教会へ行い、派遣してもらうこととなる。



 余談、というほどでもないが『大聖女』の娘である僕の2人の姉は、この測定会直後に教会とひどく揉めた。

 教会側の犯罪行為ぎりぎりの対応で連れ去り行為にまで発展したと聞いてる。

 魔力の有る無しが分かっただけなのに、だ。


 結局、姉達は光属性を持っていなかったために解放されたそうだが。

 もし、光属性を持っていたらどうなっていたのかと思うと、ゾッとする。



 ……どうかセシリアは、狙われませんように。


 テーブルに可愛らしく盛り付けられているお菓子やケーキたちに目を輝かせて、きょろきょろとしているセシリアを見て、願うように思う。

 今日が、無事に終わりますように。

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