第5話 王妃様と王子様。



 いつの間にやら昼寝モードになってた私は、抱きかかえられたまま熟睡し、気づけばセグシュ兄様と2人で会場への入場待ちをしていた。


 今いるのは、控え室のようなところ。

 ホテルのエントランスのような所ね。ウェルカムドリンクがいただける感じ。

 ……紅茶だけどね。


 会場への入場は基本的には到着順だけど、ある程度混雑してくると、爵位の低い順に案内されるんだ。

 なので平民であれば持ち物検査が終われば、そのまま入場できる。

 ちょっと羨ましい。


 貴族はいくつかある控えのスペースに案内されて、お茶とおやつで一服しながら案内されるのを待つことになるよ。

 ガレット家は『公爵』と言って王家の次に位が高い貴族なので、ほぼ最後になる。

 王家以外では大体トリを務める感じ?

 今回は王家が主催なので入場済みだから、最後確定だね。



 ──目の前に楽しげに微笑んでいるセグシュ兄様の大きな手が、差し伸べられる。



「さぁセシー、最高の笑顔で入場しよう!」


「はい、にいしゃま」



『ガレット公爵家、セグシュ・フォン・ガレット、セシリア・ハノン・ガレット、入場!』



 入場の声が響く。

 とても大きく通る声でビクッとした瞬間、会場の大きなドアが開く。

 ドアの向こうに急に広がった、きらきらの視界に圧倒されて思わず足が竦む。



「うわぁ…」


「うん、セシー大丈夫だよ」



 兄様の手に添えるように置いていた手を強く引かれる。

 歩き始めた途端に、また、ふわりと花の香りと浮遊感。



「ぇええ…」


「セシー完璧だね!最高の可愛さだよ!」



 入場直後に私は、セグシュ兄様にその場でくるりと回転するかのように抱き上げられ、お姫様抱っこにされる。

 視界をセグシュ兄様の肩口で結わかれて纏められている赤い髪で塞がれて、不意におでこに柔らかくて温かいものが触れる。


 直後、セグシュ兄様に向けられたと思われる嬌声が聞こえる。


 そのまま流れるような所作で降ろされて、セグシュ兄様の礼に続いてカーテシーをする。


 ……なにこのミュージカルチックなご挨拶は。

 挨拶が終わって辺りを見回すと、会場の最奥に満面の笑みを浮かべた母様。


 ここが自宅ならば確実に「セシリアちゃん!」と叫びながら突進してきそうな笑顔だった。



「セシー、まずは王家の皆様にご挨拶するよ?その後は、呼ばれるまで自由にしてていいみたいだから、行こう」


「はぁい」



 優しい声、そして甘くとろけそうな笑みで私の手をとる。


 入場直後からセグシュ兄様は、綺麗なお姉さまにじりじりと囲まれ始めていたのだけど、上手くかわして移動を始める。

 爽やかで優しげなセグシュ兄様のモテっぷりを盾に、隠密行動のように気配を消して、美味しいお菓子のテーブルに移動しようとしていたのだけど……バレバレだったようだ。


 そういえば、セグシュ兄様の周囲に集まっていた、頰を赤く染めた若いお姉さま方って、3歳児健診……もとい、魔力測定会の参加者の保護者だよね?

 ……人妻に、セグシュ兄様は渡しませんよ?






 ******







「ソフィア妃、レオンハルト王子、お久しぶりでございます。セグシュ・フォン・ガレットにございます。こちらが今回の測定会に参加致します、末の妹のセシリア・ハノン・ガレットと申します」



 あ、セグシュ兄様が紹介してくれたから、私の言うことがない。



「はじめましゅて」



 ……あ、噛んだ。

 というか、サシスセソがまだ上手く喋れないんだよね。

 とりあえず頑張ってカーテシーをする。


 顔を上げた先には、ふにゃり、となんともいえない優しい笑顔のソフィア妃。

 柔らかそうな淡い金の髪に、細めた眼が青く潤んでる。すごく綺麗……。

 ソフィア妃になら笑われても良いかも!


 とても儚げな『守ってあげたい』と私でも思ってしまうような線の細いソフィア妃。



 レオンハルト王子は肩がふるふると震えてる。

 こちらを見る深緑の瞳は潤んでいて、口元がむずむずしてる。

 ……笑いをこらえるなら、もうちょっと気づかれないようにできないかな。


 一見して素敵な王子様に、こんな反応をされるとは…と、ちょっと悲しくなりかけたときに王子と目があって…「ぐっ」と、くぐもった声が聞こえたと同時に両手で顔を覆うと、俯かれてしまった。


 笑うなら素直に笑え!……我慢されるほうが余計に心が痛いんだからね?!



「初めまして、ソフィアよ。この子はレオンハルト。一緒に測定会に参加するから、よろしくね」


「……レオンハルトだ、よろしく」



 レオンハルト王子、母親であるソフィア妃よりははっきりとした金髪で…そうだなぁ、きっと大きくなったら『素敵な白馬の王子様』を地で行くんだろうなという、期待値大の綺麗な顔立ちをしている。

 でもね、笑いを我慢しすぎて、顔赤いし、涙目になってるよ……。

 そこまでおかしなことはしてないはずなのに。


 せめてポーカーフェイスか、もしくは素直に……爽やかに笑えてたら好感の持てる王子様だね!とか内心で勝手に採点していたら、またもやうっかり目が合った。


 合ったら、今度は堪えきれなかったのか、ぶふっ……って吹き出された。


 ……しょうがないじゃないか、喋れないんだからああああ!


 レオンハルト王子は、セグシュ兄様を見るときは、目をきらきらと輝かせていたのに、なぜ私で笑うっ!?

 ひどいわ……。



(ま、挨拶終わったし、測定で呼ばれるまでは自由だ!)



 お菓子食べ放題だっ!

 むかつきを全て食欲に変換してくれるっ!

 王家主催ってことは、ハイレベルなお菓子が集まってるんだろうし、楽しみすぎるっ!



「じゃ、セシー、僕はまだご挨拶があるから。あんまり離れないでね?」



 あはは、今回の主役は3歳児の私なんだけど、セグシュ兄様が社交を一手に引き受けてくれるらしい。ありがたい。

 あ……流石に3歳児の挨拶回りとか、無理か。


 本来は父様母様のお仕事だけど、まぁ保護者だもんね!代理だもんね!


 頑張れ!セグシュ兄様っ!



「これはこれは!ガレット公爵家のセグシュ殿と…セシリア殿」


「えっと……フォーレス教会の「司教をしております、ガレウスです。セシリア殿はお母上のクロウディア様にそっくりでございますね!」



 早速、神官っぽいオジサンに捕まって会話が……というか随分、前のめりに襲いかからんばかりに勢い込んで話す人が来た。

 やたらこっちを凝視して気持ち悪い。

 舐めるような視線ってやつ?なにこれ、幼女趣味か何かの人なんだろうか。

 セグシュ兄様も警戒しているのか、私を隠すようにさっと間に立つように移動してきた。


 オジサンに凝視されるのも嫌だし、さっさとお菓子が食べたいしで、どのお菓子から手に取ろうかと、きょろきょろ始めていると、セグシュ兄様がパッと手を離してくれたので、お役御免と言わんばかりに移動を開始する。



「セシー、素敵なお友達ができるといいね!楽しんでおいで」


「はぁい、おにいしゃま、ありがとう」


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