5 マトリが銃を抜いたら必ず撃つ

 酒楽しゅら取締官は腰のホルスターから小型の銃を取り出す。


「模範解答を教えてやる――――迷ったら撃て」


 ————麻薬取締官マ ト リが銃を抜いたら必ず撃つ―———


 裏社会で、まことしやかに囁かれる都市伝説。

 酒楽は磨きがかった黒い光沢を放つ拳銃を両手で持ち、ゆっくり銃口をまとへ向ける。


 マトリに割り当てられた携帯用の銃、「ベレッタM八五」

 イタリアの銃器メーカー、ベレッタ社のベレッタM八四の派生型だ。

「チーター」という馴染みやすい愛称が付き、銃としてのベレッタは第一次世界大戦から頭角を現した、歴史ある拳銃。


 回転リボルバー式や銃身バレルが露出した銃と違い、上部のスライドをカットし、そのスライド部分にバレルが収まり、スライドを引くと同時に撃鉄ハンマーが起き上がるダブル・アクションという仕組みは、当時としては斬新な構造だった。


 制服警察官が携帯する銃をよりも小さく、銃口から撃鉄までの全長は一七二mm。

トリガーガードから銃口マズルにかけてのボディラインは、やや斜めに上がり猫科動物チーターの顎のように見える。

 むしろM八五のフォルムは、チーターの横顔と呼べるような形だ。


 重さ六二〇g、近代ではボディにアルミニウム合金が使われ、一世代に比べてやや軽量。

 銃把グリップに収納される弾倉マガジンの装弾数は、一列詰めシングル・カラムにより八発。


 弾丸の九ミリ・ブローニング・ショートは別名「三八〇ACP」と言い、やや直径が短い物を使用し、世界の警察や軍はもちろんのこと、日本の治安を守備する一部の機関にも配備され、その機関の一つに麻薬取締部が含まれている。


 ベレッタのシリーズでは、かなり小型の銃で何より使いやすさで言えば、そのシンプルさ。

 トリガーを引いた時の反動の少なさから安定した狙い撃ちターゲッティングを可能としている。


 初めて銃を扱う人間でも、すぐに馴染むことが出来き、それゆえ「女が使う銃」など言われるが、小型で持ちやすい面では納得するものの、凹凸や出っ張りの多さを考えれば、いささか女の細い手には余る気がする。


 海外で使われる拳銃と比べれば、威力は劣るだろうが兵器である以上、その殺傷能力は折り紙付き。


 あくまでも、相手が生者であればの話だが。


 酒楽は親指で側面にある安全装置セーフティを外し、銃のボディに添えていた人差し指をトリガーに当てる。

 先手必勝。ゾンビと目が合うと硬い引金トリガーを指先で引いた。


 内部に仕掛けられた撃針ファイアリングピンが貯蔵される弾丸、八〇ミリACP・ショート雷管プライマーへ、ケツを叩くように勢いよく刺す。


 九ミリ・ショートの雷管で起爆薬が圧縮され、膨張しようとする働きで引火。

 伝火孔フラッシュホールという小さな穴を通り、内部のブリーチブロックという堺を越えて火薬パウダーへ飛び火し、発生した燃焼ガスにより内部圧力が高まり破裂バーストすると、薬莢ケースに収まる九ミリの弾頭を押し出す。


 一方で銃全体では発火した火薬の衝撃で遊底スライドは後ろへ移動、尾筒ブリーチが拳の位置からズレて、後退ブローバックしながら金属が擦れる。


 燃焼ガスで押し出された金属の弾は、筒の中で回転し始め、その身にタトゥーを刻むように螺旋の線条痕をまとう。

 銃口から炎を吹き出しながら射出シュートされると、弾丸はジャイロ効果を受け、ドリルのように回転しながら空気を掘り進み、定規で線を引くように一直線ストレートに的へ飛んで行った。


 同時に遊低スライドに内包していた銃身バレルは剥き出しになり、使い終わった薬莢ケースを蹴り飛ばすように外へ排出。

 弾倉マガジン止めリップに溜めていた弾丸がバネに押し上げられ、スライドが戻る際、背中に手を添えて誘導するように弾丸を押して、バレルの中へ押しやる。

 スライドが元に戻り羽衣をかけるようにバレルが覆われると、再装填リロードは完了。


 作用反作用に従い、銃全体は後方へ跳ね上がも、引き金を引いた人物のグリップを掴む握力で押さえつけられ、腕力で反動により働く力を逃しながらコントロール。

 照準サイトを的の位置に留める。


 激しい金属の音は弾けた火花でかき消され、銃口から広がる銃声が大気を振動させ、波紋のように広がる。

 拡散した音は部屋の壁に当たると跳ね返り、また戻ってきた為、外で発砲するよりも大きな銃声となり鼓膜をつんざく。


 当の弾丸は、音速に遅れを取ったが、目標へ到達。

 的の脳天へ到達すると回転する力で皮膚をおし広げ、骨に張り付く筋肉をえぐり、ガラスを割るのと変わらない頻度で頭蓋骨を砕き、脳ミソへたどり着く。


 脂肪で出来た脳をトンネルが掘るように弾丸が進み、血管を引裂き血液を飛散させると同時に、摩擦で、わずかながらに液体を蒸発させ、神経を千切っり伝達物質の伝播を断ち切っていく。


 頭蓋を粉砕する音と、肉と脂肪を潰す音が同時に聞こえ、不快な物音を立てた。

 脳を通り過ぎると、再び頭蓋骨を内側から砕き、微細な筋肉と皮膚を頭部の外へ飛び散らす。


 外界へ出た弾丸の進行は止まらず、付着した脂肪と血液を回転させる力で、撒き散らしながら飛ぶ。

 そのまま部屋の壁へ到達すると、壁紙と断熱材を貫き穴を開け、中のモルタルへ捻り込ませて入る。

 モルタルが粘性の働きを持ち、これ以上の銃弾の進行を阻むことで、弾丸はようやく失速し死ぬ。


 額を撃たれたことで、ゾンビは身体をのけぞらすも、斥力により立ち位置へ引き寄せられ転倒を免れたが、命中した弾丸のダメージにより意識ブラック喪失・アウト

 膝をくの字に折り曲げ仰向けに倒れた。

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