4 ばえる カメラ”は”止めるな!
酒楽取締官は腕に抱いたミキへ、噛ませたゾンビの顔を近づける。
ゾンビの荒い鼻息がミキにかかり、酒楽はそれを茶化す。
「こりゃ、
「いやぁぁぁあああ!!?」
「こんな彼氏なら捨てちゃえば?」
あの人はいったい何をやっているんだ?
さすがに彼の暴挙を、これ以上見過ごすわけにはいかない。
「酒楽さん、止めて下さい!」
「黙れ、員! お前は見学中だろ? 口出しするな!」
ピンク髪の男は、こちらへ罵声を浴びせるが、ゾンビに噛みつかれている苦痛から、表情が歪む。
それでも、不敵な笑みを浮かべて女の相手をする。
「ミキちゃんだっけ? 施設で更正プログラムを受ければ、彼氏みたいにならなくて済むが、どうする?」
女の声が消えかける灯火のように、返事が気迫なので、酒楽は怒鳴り声を上げ煽った。
「オラァ! ドラッグやるか? 人間辞めるか? どっちだぁ!?」
「やりません! もう、クスリはやりません!!」
その答えを聞くと酒楽はミキを開放し、ゾンビの腹を勢いよく蹴る。
無理に引き剥がされたゾンビは、歯が弾け飛びベッドへぶつかる。
酒楽取締官は立ち上がると、おもむろに自分のとこへ寄って来た。
いや、何故こっちに来るんだ? 巻き添え食らうだろ。
恐怖で腕の力が抜け、カメラを持つ手を下げていると、酒楽はこちらの手首を掴み、撮影を続けろと言わんばかりに、ゾンビへレンズを向けさせた後、カメラを覗き込む。
ピンク髪の男の顔がドアップで映った。
近くで見ると、彼の目付きは獰猛な虎のようで、尚かつ瞳は蛇のように醜悪だ。
人差し指をレンズに突き立て、念を押す。
「いいか!? ここに記録される映像は、法定で重要な証拠となる。何があっても、カメラは止めない!」
カメ止め指示を受けてしまった以上、否応でもゾンビと向き合わなければならない。
いや、麻薬取締員を拝命した時から腹は据えている。
腕の震えを止める為に、両手でカメラを構えた。
違法薬物の現場から逃れことは出来ない。
出来ることはしなければ。
酒楽取締官は経過をカメラに伝える。
「
ゾンビが起き上がり、報復相手を探すように室内を見回す。
酒楽はカメラではなく、自分に問うてきた。
「おい、員!
「はい? 八つ目?」
麻向法。
正式には《麻薬及び向精神薬取締法》
その第五十四条第五項は八つの項目からなる。
八つ目は一番最後の段だ。
イメージで八段からなる棚の引き出しを、一つずつ開けるように、記憶を列挙して行く。
八段目に辿りつくと答えを述べた。
「ま、"麻薬取締官及び麻薬取締員の武器の使用については、警察官職務執行法第七条の規定を準用する"、です」
「じゃぁ、警察官職務執行法第七条の概要は? 簡素に説明しろ」
そんなの、すぐに出るわけないだろ?
別の棚を思い浮べて引き出しを開けるように記憶をたどる。
「えーと、"自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる"」
「なら、現状をどう判断し、該当する刑法はなんだ?」
現状? ゾンビは人的被害になるのか?
「それは、噛まれたので……自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為。"刑法第三十七条の緊急避難"」
いつの間にか、酒楽の後ろでうずくまるミキに目を移し、思慮。
違法薬物の所持使用で法に触れたとはいえ、権利は保障されている。
権利を脅かされることが予期できる者を、行政に殉ずる者が、放って置くわけにはいかない。
「
「おし! 刑法のテストは七○点だ。 これより、"お清めの儀式"だ」
七〇点かよ?
完璧に答えたはずなのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます