3 ウォーキング・デッド

 酒楽取締官がミキの目線を追跡する。

 酒楽が顎をしゃくりミキに目をやるように仕向けると、声を潜めて指示する。


「女をよく観察しろ」


 不機嫌な顔でベッドに座るミキは両手でシーツを掴み、腕を突っ張り棒のように伸ばす。

 身体が強張っている?

 何かストレスを感じて身構えてる様子だ。


 酒楽取締官に目線を移すと彼は、ベッドの脇に歩み寄る。

 ミキは睨みつけながら、目でピンク髪の男を追う。

 こちらに目を合わせ、示し合わせるように二人して腰を下ろし、ベッドの底を覗きこむ。


 ――――――――何も無い。


 ピンク髪の取締官は、目線を上に上げたので、自分もその後を追う。


 天井は白と黒のパネルが、チェスの盤面のように並べられ、丁度ベッドの真上に黒いパネルがあり、隅に金具が取り付けられている。

 業者が天井裏の空調を確認する為、取り外しやすいような作り。


 ピンク髪の男がベッドの上に立ち上がり、天井のパネルに手を伸ばした。

 ————————が、手を止める。

 酒楽は手を止めさせた原因へ、目を落とした。


 バスローブを着たミキが、酒楽の太ももにしがみつく。

 女の表情は不安で、今にも泣き出しそうだ。

 酒楽は眉間にシワを寄せ、叱りつけるように睨むと、構うことなく天井に手を伸ばす。


 刹那、物音と共に白黒の天井が、あられのように落下。

 パネルに紛れて、大きな影が降って来た。


 酒楽取締官は驚き、ベッドから転げ落ちる。

 ミキはもちろん、自分も驚き思わずベッドから勇み足で逃げた。


 天井に隠れていたモノは、ベッドの上で呻き、しばらくすると手をつき、下敷きにしたパネルを手で砕く。

 ゆっくりと間を持たせて、その場で立ち上がった。


 実物は何度か見たが、ここまで近い距離で視認するのは初めてだ。


 黒のタンクトップに細身のジーンズを履いた男は、髪がタワシのように乱れ、顔色は血の気が引き真っ青。

 目線は定まらず、ほとんど白目を向いている。

 腕は痙攣し、バグを起こしたCGのように、いびつな動きを見せた。

 肌は灰色に変わり、人肌の温度が見るからに感じられない。



 その姿は数々の娯楽作品で、怪物として扱われる"怪物ゾンビ"そのものだった。



 亡者となった男は身体を、メトロノームのようにユラユラとさせ、目が見えづらいのか、こちらに焦点を合わせず、顔を左右に降ってゆっくり歩き始める。

 足元が捉えられない怪物は、ベッドから足を踏み外し、頭から転げた。

 ゾンビは喉を野獣のように鳴らしながら、再び立ち上がる。


 推測するに、違法薬物アルカナを使い快楽トリップを得るつもりだったのだらうが、突然踏み込んで来た自分達「麻薬取締部」に驚き、アルカナの隠し場所に困った売人は、全ての薬物を体内に取り込み、天井裏へ隠れることで、やり過ごそうとしたのだろう。


 浅はかな考えも然ることながら、交際相手を囮に使い、目を欺こうとは、なんとも卑劣。


 その結果、異型のモノへと変貌。

 救いようがない。


 と、思いつつも、自分は尻もちを突き、少しでもゾンビから離れようと、後退。

 だが壁に当たり、どん詰まりで動けなくなってしまった。

 この日の為に鍛錬を積んだはずが、いざ現場にでると腰が引けてしまった。

 情けないことだ。


 どう対処すればわからず、酒楽取締官へ顔を向けると、ピンク髪の男は起き上がり腰を低くして身構える。

 そして人差し指を口に当てて、静寂を維持するように焚きつけた。


 膠着した四角関係。

 そこへ、


「タクちゃん! 逃げて!」


 同じく床に尻もちをついたミキは、ヒステリックに叫ぶ。


 その声、というより中毒者ゾンビは音に反応して、先程まで忙しなく動かしてた顔を、女の方へ向けピタリと止めた。


 酒楽取締官は声を潜めつつも、慌てて女を静止する。


(黙れ!)


 しばらくすると白目が黒目へと変わり、傍から見てても、ゾンビが目標を視認したことが読み取れた。


 ゾンビはヨダレをたらしながら、口を大きく開き、交際相手の元へ猟犬のように迫って来た。

 唾液をまき散らしながら口を大きく開き、女へ噛みつこうとする。


「きゃぁぁああ!?」 


 恋仲の男が襲ってくるなど、想像していなかったのか、ミキは悲鳴を上げた。


 凄惨な現場へと変わり果てるかと覚悟した————————しかし。


 ゾンビが噛みついたのは、か細い女の腕ではなく、太い男の腕。

 勇ましいことに、酒楽取締官はミキと襲い来るゾンビの間に割って入り、腕を差し出して袖の上から噛ませたのだ。


 噛みつくゾンビと酒楽取締官の鋭い目つきが、気迫だけで角逐する。


「い、痛えなぁ。このヤロウ……」


 恐怖でミキが泣き叫び、床を這いながら逃げようとするも、酒楽が女の腕を掴んで逃がそうとしない。

 ジタバタと暴れるミキは、バスローブがはだけて胸や太ももが顕になる。

 ピンク髪の男が、強引に女を抱き寄せて、首に腕を回して動きを封じると、ゾンビを近くまで見せた。


「いや、いやぁあ!」


「ハハハッ! 見ろよ? 君の彼氏、薬物ヤクのやりすぎで歯がボロボロだから、噛みちぎれねぇ」


 この人、正気か? ゾンビに噛まれて笑ってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る