第7話-2 とあるジャーナリストのレポート (追記)
(追記)
「ったくもう、本当にもうって言うかさ」
「正直、何しに行ったんだかって」
彼らにとって「守るべき子どもたち」である女子高生たちは、コーヒーショップでスマホを見ながらコーヒーをすすっていた。オッサンがノートパソコンを開いて原稿をまとめる中、彼女たちはその独り相撲を話のネタにしていた。
「なんでわざわざ私バカでーすなんて言うかなー」
「ちょっと声が大きいって」
「いいのいいの、だって私の本音なんだし」
公共の場において無遠慮とか無責任とか言う単語を連想させるようなふるまいだが、それがおおむねの世論だったようだ。実際各報道機関が行ったアンケートにおいて今回のデモを支持する人間は、多くても2割に満たなかった。
おそらく今回の事件をきっかけに、教師も保護者もいよいよ口を閉じてしまうだろう。日本版同時多発テロ事件と言う大仰な名前を使わないにせよ、このある意味での喜劇かつ悲劇はネタとしては絶好の素材であり、と言うより私も含め当初からマスコミが主催者にかなりの関心をもって接していたためなおさら取り上げやすかった。
もちろん意図的に避けたり無理くり好意的に取り上げようとしたりした社もあったが、その狂乱を生で見ていた人間や警察発表と言う一次情報が入って来ている以上、デモ隊と言う名の暴徒集団に対して好意的な印象を持つのは相当に難しかっただろう。
(追記2)
なおこの原稿をアップロードした後、編集長に誘われて私はいわゆるおかまバーで酒をあおる事になった。そしてそこでも、あの狂乱が話の中心になっていた。
「何て言うかさ、実に可哀想な人たちだって言うかねー」
「詰まる所怖いんだよね、ほんの一年前までまったく存在してなかったのがいきなりポーンと出て来たんだから」
その従業員の明るい口に釣られるかのように、編集長の酒量も増えて行く。セールストークと呼ぶには自然であり、店が繁盛している事を証明するかのように口が回っている。まさしく天職を見つけたかのようである。
「でもな、あんまり飲みすぎると奥さんに怒られるからなー」
「いいよな、俺のカミさんは逃げたよ」
「あらそうなの、大変ねえ。ヤケ酒もいいけどほどほどにしなさい。子供の養育費とか家とか大変でしょ」
「いいや、何にも取らないで文字通り身一つで逃げたんだよ」
「もしかしてだけど、あのデモに加わってたとか」
「そうかと思ったけどさ、少なくともテレビや新聞で出てる逮捕者の中にはなかったんだよ。未練がましくデモの参加者の名前を探したりもしたけどな、まあそんな気力すらなくなっていたみたいでな。おふくろから聞いたんだけど、存在を消すためなら目玉を取ってもいいって言ったらしくてさ」
同業者(匿名)からその話を聞かされた時は急にお酒がまずくなった気がした。夫婦生活にどんなに不満があったとしても、そうなった理由の一つや二つはひねり出してそれなりに得られる物はあったはずなのに、それすらせずにただ逃げたと言う。玉を取れるのは自分たちだけで十分とか言う軽口を叩く余裕すら、彼女はまったく無自覚に奪っていたようだ。
「悪いな、そんな事愚痴っちまって。つー訳でおわびとしてもう一本」
「ただでいいわよ、ほら持って来て」
ママが湿っぽい笑顔でウイスキーのボトルをテーブルに置くと同時に、バーの真ん中の壁にたたずむ、ママ以外の誰よりこの店の古参であった掛け時計の針の動きが突然止まったのはただの偶然なのだろう。
電池を取り替えたら、すぐに動き出したのだから。もっともすぐにその電池交換が行われた訳ではなく、翌朝にコンビニで買って来るまで針はピクリとも動かなかったと言う。もし電池がなければ、二度と動く事はなかっただろう。たったそれだけの話に過ぎないのだ。
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