13

 次の日は朝から姉一家と万博公園に行くことになっていた。僕は義兄が運転するカローラの後部座席に未来と並んで座り、公園につくまでの間ずっとしりとりの相手をした。この時期はまだ肌寒いのではないかと懸念したが、その日は朝から雲ひとつない晴天で、日が高くなるにつれ僕はカットソーの上にシャツとパーカーを重ね着してきたことを後悔しはじた。


 僕の役割はもっぱらカメラマンだった。太陽の塔をバックに、まず一枚。蕾をつけた桜をバックに一枚。シートの上で、持参したサンドイッチを食べる未来を一枚。ジュースを買って帰ってきた姉夫婦を一枚。


「やっち君も写りなよ」


 何度か義兄の誘いを受けたがやんわりと断った。宮崎勤はテニス選手のパンチラ写真を撮りながら、「ざまあみろ」と思いながらシャッターを切ったという。もちろん、これは悪意ある隠し撮りとは違う。平和な家族写真だ。アルバムに閉じられアーカイブ化される幸せな思い出。けれど、僕は自分が被写体に回るとき、自分に向かってフラッシュがたかれるときいつもその言葉が聞こえる気がする。「はい、チーズ」という言葉が「ざまあみろ」と聞こえる。


「もっと撮ればいいのに。メモリなんていくらでもあまってるんだからさ」


 姉が僕の撮った写真を確認しながら言った。


「4ギガくらいでも相当入るもんね」


「そうなんだよね。限界がないからついつい撮りすぎちゃう。後で見返したらほとんどコマ送りみたいになってたりするし」姉は笑った。「ほら、うちにも一応アルバムらしきものが合ったじゃない。あれってきっと撮った写真を全部現像してるのね。昔のカメラだったらきっとこれだっていうシーンに対して一枚の写真しか残さなかったと思うの。それが、いまはひとつのシーンの中でも特にいい一枚を選びたいって気持ちが働いちゃう。撮る前に悩んでたのが、撮る後に悩むようになった」


 それはなんだか僕がTwitterに張り付く理由と似ているような気がした。特定の個人の行動を網羅しアーカイブ化しようというあの欲望に。


 義兄は小川のほとりでしゃがみこみ手や足を出したり引っ込めたりしてる未来に付き合っている。心地よい静けさを、スマートフォンのバイブ音が切り裂いた。宮下からのメールだ。彼とは頻繁にメールのやり取りをしていた。送ってくるのはいつも向こうからで、ほぼ例外なくアニメ、漫画の話だ。きっと、他にそういう話ができる相手がいないのだろう。そのくらいなら僕も適当に相手ができるのだけれど、唐突に相原が好きなのだと相談してきたりするのだから手に負えない。宮下には僕がプレイボーイかはたまた恋のキューピッドにでも見えているのだろうか。それとも気負いなく悩みを吐露できる親友だとでも? 


 宮下だけでなく立花や相原も僕との距離感が狂いしつつあるように思えた。立花はたまに意図を測りかねるメール(たいていは何らかの画像が添付されている)を送ってくるし、相原は以前にも増して頻繁に食堂で話しかけてくる。僕を取り込んでいったい何の特になるのだろう。自分が置かれた状況を鑑みるたび「食べてもおいしくないよ」と叫びたくなる。テレビの買い替えなんて一人で行ってほしい。


「どうしたの」


「同僚が買い物に付き合えって」


「行けば?」


「でも」


「今日はもう十分に未来の相手をしてもらったし」


 姉はなんだか僕の姉のような顔をしていた。それはそれで間違いではないけれど、やはりこの姉がそんな顔をするのは間違っている気がする。姉は僕に同僚との付き合いができたことを喜んでいるらしい。まさか、そのきっかけが住所やメールアドレスがどこからか漏れたせいだとは考えもしないのだろう。当然だ。僕だって話しても信じてもらえる気がしない。「恥ずかしがっちゃって」とか「素直じゃないんだから」と姉のような顔で言われるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る