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 その週の土曜日、昼過ぎに起きた僕は都心に自転車を走らせた。古本屋めぐりをしようと思ったのだ。


 日本一長いという商店街の中にある本屋をうろうろしていると、若い男女で固まった一群が店に入ってきた。その数五人、男女比は三対二で、男の一人はそれ以外の面子よりも一回り年上に見えた。三十代後半あたりだろうか。その男がこの前、この店でハードカバー版の『翼ある闇』を見つけたことを話しながら、若者たちを引き連れこちらに近づいてくる。


 まさかと思ったけど、年嵩の男が別の男を聞き覚えのあるハンドルネームで呼んだことから僕はすぐに確信した。Twitterで見たオフ会の連中だ。僕は参加の意を表明していたフォロワーのアイコンを頭に浮かべて、いま目にしている顔を結び付けようとしてみようとした。


 彼らは散り散りになって店内を物色していた。僕のすぐ隣で文庫本を漁っている男女は日常の謎というテーマについて話していた。彼らに、同僚たちがどういうわけか自分の住所を知っているということを話したらどんなリアクションをするだろう。そんなことを思いながら、本棚の物色を続けると、蘇部健一の『六枚のとんかつ』を見つけた。僕が手を伸ばしたのはほとんど反射と言っていい。横から伸びる手に気づかなかったのだから。


「すみません」


 手がぶつかりそうになった直前で、相手の女性が言った。一群の中の一人だ。


「いえ」


 僕は言って、手を引っ込めた。


「買わないんですか?」


「ちょっと気になっただけですから」それから余計な一言を付け加える。「ノベルスで持ってますし」


 それだけ言うと、その場を立ち去った。すでに抱えていた本を何冊かレジに出し会計をすませる。その間ずっと、脇に冷たい汗が伝うのを感じていた。


 店を出たとき、僕はふといまの出来事をTwitterで報告したいという衝動にかられた。僕は出先で自分の居所をつぶやくことはまずない。なのにどうしたことだろう。自分でもその原因が分からないまま、自転車に跨り次の店を目指した。


 家に帰ると、その日の収穫で重くなった鞄を下ろし、布団に寝転がった。PCのスリープモードを解除し、Twitterのクライアントを開いたのはその五分後だ。タイムラインには案の定、オフ会参加者の投稿が流れてきている。すでに彼らはどこかの飲食店に入ったらしく、ビールが注がれたグラスや料理の写真がアップされていた。タイムラインをさかのぼると、フォロワーの一人が古本屋で若い男性と手が触れそうになったことを報告していた。一見ドラマのような話だが、最後にはその本が『六枚のとんかつ』というお下劣な小説だったというオチがつく。その投稿はすでに八人にお気に入り登録されていた。その男性は僕ですよと報告したらおそらくもっと盛り上がるだろう。そんなことを考える。


 僕は改めて、古本屋で出くわした面々の顔を思い出した。あの輪の中に入って談笑する自分というのはどうしても想像がつかなかった。面識のない相手とわきあいあいできるとは思えない。無言でいれば気を使わせるだろう。そんなことは分かっているのにもしもということを考えてしまう。それを人恋しさと呼ぶのかどうかは分からない。そんなことを考える一方で「明日、テレビを買いに行くのに付き合ってくれない?」という宮下からのメールをめんどくさく思っているのも事実なのだ。

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